038 リンク、そして力の代償【とっさに剣の柄に手を添えた】
とっさに剣の柄に手を添えたジュリアンは、動けない冬威をかばうような位置をとる。視線は揺れた草影の向こう、今もガサガサとなっているその場所を睨む。
「ジュン、まさか魔物の仲間が…」
「可能性はある。でもトーイが倒した魔物より強い奴だとは思えない」
「何で」
「ここら周辺の魔物分布データから言って、あの熊型の魔物より上の魔物の個体数が少ない事と、森中心部から外れた町周辺には低ランクの魔物が多い事、それにあの時の様な殺気が感じられない」
「…殺気はよく分からないけど、そうか。でも油断は…」
「しないよ」
冬威の問いかけにちゃんと返答してあげたが、分布データなどは理解したようだが殺気などの見えない物は感じられないようだった。それも仕方ないかと思いながらも、警戒を緩めることはしない。緊張が高まる中、ピョコンと草の向こうから顔を出したのは、何度か見かけた白い犬だった。
まるで睨んでいるジュリアンに対して「どうしたの?」とでも言うかのようなきょとんとした視線を受けて、思わずフッと肩の力が抜ける。
「あ!ジュン、あの時の犬だ!」
「僕には犬の顔が見分けられないから、同じ個体かは分からないよ」
「夢のない事言うなよ。絶対同じ奴だって。だって狼って普通群れだろ?でもこいつ、2体で居るとこ見たことないし」
「そうだけど…。ワーウルフ系の魔物はここらへんにもいるし、珍しくないよ?」
「夢がない!」
「うっ、まぁ、人を襲わないのは珍しいけど…」
「やっぱあいつだよ」
冬威もホッとした様子で上体を後ろにそらし、地面に座って両手を後ろにつく形でリラックスの体制をとる。すぐさま警戒を解除した冬威に若干思うところはあるが、初めての戦闘が終わった直後なのだ。疲れているだろうし仕方ないか、と思いながらもジュリアンは武器の柄から手は離さなかった。
「もしかして、肉につられてこっち来たのかな?」
「…さっき倒した魔物の?確かに肉食の様だしそれはあり得る。…っていうか、そうだ。早く処理をしないと、血の臭いで余計な魔物まで引き寄せかねない」
犬…狼?がこちらに飛びかかる様子を見せないことで、少しだけこの場を離れるか迷う。動けない冬威を置いていくのは心配だ。しかし、魔物の死体を放置して別の敵をおびき寄せる方が脅威だろう。そう判断するとスッと足を半歩引いて、地面に座り込んでいる冬威のそばに膝をついた。
「あの魔物を片付けてくる。トーイは…まだ動けない?」
「…まだ無理っぽい。でもさっきよりは動ける…かも?」
「無理はしなくていいよ。剣は…置いていくから。自分の身は自分で守れるよね?」
「うん…あ、まって。もう剣術スキル俺の方に無いんじゃね?」
鞘ごと剣を冬威の側の地面に置いて確認すれば、冬威は慌ててスキルチェックをするためにステータスを呼び出したようだ。ジュリアンには見えない画面を操作しているのを感じて顔をそらす。と、遠巻きにしていたらしい町の人たちが戦闘場所だった門に集まってきていた。脅威が排除されたのを確認しているようだ。
「おーい、兵士様。大丈夫ですか!」
声をかけられると立ち上がってそちらに身体を向ける。とりあえず冬威のチェックが終わるまではそばに居ようと判断して、その場に立ったままこちらも声をはりあげた。
「大丈夫です!町の人で怪我人は居ますか?」
「ちらほら出たみたいですが、たいしたことはありませんよ。かすり傷程度ですわ」
「それは良かったです。こっちも重傷者は出ていないので安心してください。それで討伐した魔物なのですが、早いうちに臭い消しをしておかないと…」
「ワン!」
「うわっ!」
必要な事を口頭で告げていると、鳴き声とともに膝カックンの要領で足に衝撃を受けたジュリアン。思わずよろけて四つん這いになるように地面に両手をつくと、あの白い犬…狼?…が甘えるようにまとわりついてきた。
「え?ちょっ…何?待ってくれ!」
「あぁ!ずっりー、ジュン、俺も俺も!」
「遊んでるわけじゃないんだけど!?」
何かなつかれるようなことをしただろうか。と記憶を探って、そういえば軽く餌付けした事を思い出す。もしかして、この反応、若い個体なんだろうか。甘えるように頭をぐりぐりと押し付けてくるため、うまく立ち上がる事が出来ない。しかも顔が届く位置まで下がると舐めようとしてくるので、慌てて高さを保つ。そんなじゃれあいが羨ましかったのか、冬威がガバッと参戦してきた。
「…え?」
動けている。先ほどまで立てない様子だった冬威が普通に地面を蹴って犬を追いかけまわし始めた。あまりの変わりようにポカンとしてしまうが、固まったジュリアンを中心にして、犬は冬威から逃げるようにぐるぐると回り始めた。
「ちょ、まてまて!俺にもモフらせろ!」
「トーイ!落ち着いて、それより聞きたいことが…」
と自分もたとうとしたジュリアン。しかし、カクンと膝から力が抜けるようにして、まっすぐ足を延ばすことが出来なかった。立ち上がれない。まさに生まれたての小鹿状態。両手を地面につけて、視線を落とし、呆然とした。
「(立てない!?嘘だろ!?もしかして、クールタイムって僕にも…)」
と、ここで気づく。冬威とつながった右腕の痣が、再びほんのりと光っていたのだ。先ほどの戦闘の時と同じように、光が2人をつないでいるが、先ほどはジュリアンから冬威へ向かって流れているように見えた光の流れが、今は逆にこちらに帰ってきているように感じる。
「(気のせい?でも…いや、リンクというスキル名なんだ。おそらく、バッドステータスもお互いにやり取りできるなら、クールタイムの無防備状態も僕が受けることが出来る…みたいな?)」
後でしっかり検証しなくては。と思っていた時だった。
“カッ!”
ジュリアンを中心にグルグルと回っていた犬と冬威。その犬の足元に光る円系の陣が唐突に出現した。輝くそれは魔法陣のようで、よくわからない文字が次々と出現していくと同時に輝きを増していく。
「うわっ!」
「今度はなんだ、攻撃魔法か!?」
罠か何かだったのだろうか。急いでなるべく距離を取ろうとズリズリと手を使って後退するが、犬が近づけば円陣もこちらによって来る。犬もびっくりしているのか震える頭をジュリアンの腹に頭突きする勢いで擦り付けてくる。止まれ、離れろバカ!と心の中で怒鳴りながらも、ジュリアンはこれ以上無駄な後退より冬威を遠ざける方が良いと考え直した。しかし。
「ジュン!」
「トーイ、ダメだ、君は…」
冬威の伸ばした手がジュリアンに触れる。慌てて振り払おうとするが、それより先に魔法陣が強く光った。視界とともに意識がぼやけていく中で、冬威が肩をつかむ感触と、声だけが頭に残る。
「俺!これ見たことある!あの時と同じだ!」
「あの…時…?」
「そう、この世界に…来た時と…」
何かに引っ張られるような感覚を覚えて、冬威はその場に倒れた。
あぁ、もしかしてこれは、転送魔法か?
場違いなほど冷静にそんなことを考えていれば、町の人たちの驚いた声も耳に届く。もしもこれが移動目的の魔法陣なら、途中ではぐれるのはまずい。倒れて意識が無いように見える冬威の手を、ジュリアンはしっかりと掴んだ。
そして白い闇に包まれる。
ハッピーホワイトデー!
定番はクッキー?マシュマロ?それともキャンディー?




