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036 リンク、そして力の代償【地を蹴る】

微妙にグロ表現あり。

地を蹴る。俊足のおかげでスピード補正が付いた足。距離を詰めるのはたやすい。

最大の武器を最大限に活用しようとする魔物が腕を振るえば、見切りが正確に軌道を察知し、わずかな動作で簡単に回避。

そして隙をついてはジュリアンの剣術を活用して剣をふるい、魔物の触手を切り飛ばし、大きな身体に小さな傷を増やしていく。それは魔物の濁った目が獲物を捕らえる前に振るわれる素早い剣技だった。


「うらぁ!」


怯んだ好機に1歩を踏み出し、唸り声を上げる魔物の懐に飛び込んで、その首を狙った。

しかし気丈に振舞って仕掛けた冬威だったが、攻撃の瞬間はわずかに恐怖が勝った。思わず視線をそらしてしまえば、その攻撃が急所に正確に命中する訳もなく、放っておけば危ないが、即死ではない、という状態に。文字通り、魔物は首の皮一枚つながった状態でそこに立っていた。


“グオォ…オォオ!!”

「はぁ…はぁ…」


激しい動きで肩で息をする冬威からは乱れた呼吸音が。

気道が傷つけられたのか、魔物からは空気が漏れるヒューヒューという音が聞こえる。そしてここにきて、戦うという意志から逃走という考えに移ったようだ。それも仕方ないだろう。甘く見ていた相手から、これほどまでに手ひどくやれてしまったのだから。


その様子に驚いていたのは魔物だけでは無かった。

ジュリアンもまた、戦う冬威を茫然と見つめていた。自分の右腕に刻まれた痣の様な模様、そしてこれと冬威の首の模様をつなぐ光の紐。


ジュリアンそっちのけで戦い始めた冬威に焦って、初めは加勢しようとしていた。

だが、武器もない、冬威ほどの速度もない。言葉通り、肉の盾になるくらいしか、出来ることが思いつかない。その為にむやみに突っ込んでいかず、様子を見ていたのだ。しかし、位置取りを変えるために歩を進めた時。攻撃を読もうと目を細めた時。危ない回避で思わず力んだ時。

冬威の行動がわずかに鈍くなったのに気づいた。


何故だ?

自分が歩いたとき、冬威の速度が少し落ちた。

目を細めた時は冬威の回避が遅れ、ギリギリだった。

思わず力んだ時は冬威の剣先がブレるように震えた。


説明を受けたわけでは無かったが、これである程度の事を察することが出来た。

冬威は「リンク」といってこの術を発動させた。つまりはジュリアンと冬威はつながっているのだろう。そしておそらく、ジュリアンの能力が冬威に上乗せされているのだが、あくまでジュリアンの能力はジュリアンのもの。ジュリアンが自分で使っているときは冬威は使用できないのだろう。


危なくないタイミングを見計らって少し下がったジュリアンは、肩幅に足を開いてリラックスした状態を作った。本当は腰を下ろしたかったが、眼の前で戦闘が繰り広げられているのだ。いざという時は動けたほうが良い。


「ふぅー…」


大きく息を吸って、深呼吸。そして両手で自分の両耳をふさぎ、目をつぶる。身体で感じる空気が、状況を知らせる唯一の術。こんな場所で耳と目をふさぐなど本来ならば自殺行為なのだが、それをカバ―出来る経験がジュリアンの中、アコンにはあった。


「(落ち着くんだトーイ。今の君なら、あの魔物を倒せるかもしれない。僕の視力も、聴力も、スピードも、君より良い数値が出ているとは思えないけど、使うといい。だから頑張れ。君は初陣を勝利でかざるんだ)」


声をあげれば自分の呼吸が乱れ、それが冬威に伝わってしまうかもしれない。術の詳細を後で教えてもらうためにも、今は勝たなければならないんだ。心の中で応援しながら、ジュリアンはじっとその場で立ち尽くした。



「そろそろ決着、つけようぜ。今更逃げるとか言うなよ?寂しいじゃんか」


警戒している魔物がジリジリと後退する様子を見せると、挑発するように笑ってそう声をかけた冬威。ピンと張り詰めた空気の中で、魔物の動きが途中から簡単に先読みが出来るようになった。眼で、耳で、息遣いや鼓動すら感じられそうな感覚。意識を限界まで研ぎ澄ませて、魔物を睨む。

先ほどはジュリアンとしていたにらみ合いを、今は冬威と行っている。全く同じ状況に見えるが、決定的に違う点があった。それは何処か?

ジュリアンが対峙していた時はどう攻めようかと思っていた魔物が、冬威と対峙している今はどうすれば逃げられるかと考えている事だろう。


しかし、怖い。

全力で強がっているが、ここで冬威は再び恐怖を感じはじめていた。

生き物を殺す、という事が、怖い。

やらなければ、殺られてしまうと分かっていても、腕が震える。

どうせならもっと、生物っぽくない見た目であれば躊躇う事は無かっただろうに。無駄に「クマに似てる」なんて思ってしまったものだから、恐怖心が沸いてしまったのだ。


重症の魔物、ジュリアンであればとどめをさせるタイミングが何度もあったが、冬威は1歩が踏み出せない。動きが止まってある程度の時間が経過。そのどうにもできない膠着状態を感じたらしいジュリアンが目を開けば、遠くまで見渡せていた視力が通常に戻った。目の前の魔物を見ていたために、その変化には気づかなかったが。


「っ!」


ジュリアンは意識が完全に目の前の冬威に向いている魔物を見て、すぐに動いた。音もなく背後に回り、とびかかる。そして冬威が切り裂いていた喉元に片腕を突っ込んだ。


“ギュオオォオオォ!!!”

「下がれ、トーイ!」


気を付けるべきウネウネは冬威が切り落としてくれている。もう、完全にただのクマと言ってもいいかもしれない。魔物は申し訳程度に抵抗して見せるが、それでも怪力は人間の力を上回った。投げられて地面に転がったジュリアンを魔物が睨んだとき。


“ヒュン!”


風を切る音とともに、魔物の首が跳ね飛ばされた。

ジュリアンが追撃されると思った冬威が、剣を振るったのだ。


身体はどさりと地面に倒れ、わずかに遅れて首が弾み、転がっていく。

言葉もなくただ荒い呼吸を繰り返す冬威に、地面に転がったままで見上げたジュリアンが微笑んだ。


「初陣、そして初勝利おめでとう、トーイ」


最後に傷口に片手を突っ込んだせいで、返り血で真っ赤に染まったジュリアンに慌てた様子でかけよる冬威。膝をついてオロオロ、アワアワとジュリアンの怪我を確認しようとするので、大丈夫と言う代わりにゆっくりと上体を起こし、地面に座った。


「こ…怖かった…」

「…泣いてるの?」

「いや。そんなわけ…なっ…ぐすっ…」


強がりながらも、震える冬威。「敵を殺す」という、いつかぶち当たったかもしれない難関を突破した彼の頭を、汚れていないほうの腕を伸ばしてポンポンと撫でるように叩いた。


「町を守ってくれて、ありがとう」

「うん…」

「一緒に戦ってくれて、ありがとう」

「うん…」

「生きててくれて、ありがとう」

「…」

「君のおかげで、僕も生きられたよ。トーイ」

「…うん。うん」


暫くは、この勇者の涙も見ないふり。

顔を隠せるように引き寄せるが、振り払わないのはそれ程までに心が弱ってしまっているせいかもしれない。声を上げずに泣く冬威の頭を抱えるようにして、ジュリアンは彼に肩を貸した。

そして冬威が落ち着くまでずっと、安心させるように背中を優しく叩き続けた。

なんだかそれっぽいけど、BLではない!(笑)


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