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034 リンク、そして力の代償【剣は綺麗な弧を描き】

剣は綺麗な弧を描き、とっさに駆け寄ろうとした冬威の前進を止めるように彼の眼の前の地面に突き刺さった。ビクリとして思わず剣を見て足を止めている間に、ドサリとジュリアンが地面に倒れる音がする。ハッとして再び視線を前にすると、一度は勢いでなぎ倒されたジュリアンだったが、その反動を生かして再び身体を起こし、地に両足をつけて身構えていた。力も能力も圧倒的に劣っているはずなのに、鋭くにらむ、それだけでなぜか魔物の動きも止まって警戒をあらわにしている。

しかし戦闘初心者の冬威にとって、今最優先で気にするべきは敵ではなかった。


「ジュン!」

「大丈夫、不意を突かれたけど傷は浅い」

「でも血が!」


剣を握っていた右腕を左手で抑えているジュリアン。ポタリポタリと血が地面を濡らしているのが後からでもわかる。情けない程オロオロしていた冬威に、落ち着いた調子でジュリアンは声をかけた。


「それは仕方ない。僕だって人間だから肌が傷つけば血が出る。それはトーイも一緒でしょ」

「いや、でもすぐ手当を…」

「すぐに如何にかなる傷じゃない。だから今は、気にしている場合ではない。ここでこいつを抑えなければ、被害はこれだけじゃ済まなくなるよ」


ジュリアンをまっすぐに睨んでいた魔物だったが、爪を濡らした血をペロリとなめて怪訝そうに唸り声をかげると視線をジュリアンの後ろの冬威に向けた。ターゲットを負傷したジュリアンではなく、その後ろの冬威に変えたらしい。

今にも飛びかからんとする魔物の雄たけびにビクリと冬威が縮み上がった。


「こっちだ!化け物め!」


ターゲットが外れた事に気付いてジュリアンが気を引こうと口を開くが、一瞥すらしない。目の前に立っているのに、身長差で彼の頭上を通り越し、冬威を見ているようだ。

何故だ?普通野生の肉食獣であれば、負傷している個体は絶好の獲物なのに。最初に1撃を食らわせて血を流して弱っているジュリアンではなく、彼の後ろで心配そうな姿を見せるが元気に無傷な冬威に狙いを定めている。確実に狩るならジュリアンだろう。


まさか、血をなめた事でこれが死肉であるとばれたのだろうか。

だとしても、熟成させた肉はうまいんだぞ!?と心の中で叫びながら、ジュリアンはチラリと冬威を確認した。心の中で焦りながら、どうするべきかと考えを巡らせる。


彼は魔物に睨まれて足がすくんでいる。色んな世界で色々な事を経験してきた『アコン』という魂と、嫌々ながらも訓練を積んできてそれなりに出来上がっていたジュリアンの身体だったから、先ほどの一撃での致命傷は避けられた。しかしこれが冬威相手だったら一発で終わっていただろう。じりじりと後退して魔物の視線から冬威を体で隠せる場所に位置取ってから、覚悟を決める。


「トーイ、剣をとれ」

「え、うわ!」


あえて避けていた命令口調。主をジュリアンで上書きしていたために、こういう物言いだと彼は従わざるを得ない。目の前に突き刺さっていたジュリアンの剣を、震える手で冬威は握り、地面から引き抜いた。そして震える剣先を魔物に向ける。


「僕がこいつを抑えるから、急所を狙うんだ。…人体模型を見た事くらいあるだろう?この魔物の身体も、人間の心臓と大体の位置は変わらないはず」

「抑えるって…武器無いじゃん!触ったらウネウネが!」

「…コラテラルダメージだよ」

「へ?」

「おや?トーイ、きみは軍隊や戦争といった系統のゲームは、した事がないのかい?」


視線は魔物に向けたまま。緊張している空気を感じさせない明るい声色で語り続ける。その理由は恐らくビビッている冬威のため。そんなジュリアンの言葉に視線は魔物から外さないままで、聞いたことあるような…と顔をしかめるが、考える間をとらずに彼は再び先を続けた。時間を無駄にかけている暇が無かったのもある。


「目的ための犠牲、という意味さ。小を切って大を生かす。軍事目的のための、致し方ない犠牲」

「犠牲って!まさかジュン…」

「誤解しないで、簡単に死ぬ気は無いよ。それにトーイが確実に仕留めてくれるならば、絶対に大丈夫」

「俺が…」

「ここは町のすぐそばだ。幸い治療魔法が使える人も居る。生存率は、森の中で遭遇するよりもはるかに高い」


ジリジリと、しかし確実に距離を縮めにかかった魔物と一定の距離を保つため、少しずつ後退をしていたジュリアンだが、町と外を区切る石畳に足が乗るとそこで移動をやめた。これ以上は下がらないつもりらしい。


「剣を突き刺すときは、肋骨と平行になるように刃を構えるんだよ。そうしないと骨に切っ先が阻まれるからね」

「う、うん」

「奴はきっと、トーイから視線を外さないだろう。だからこそ、僕が止める役になるのがベストだと思う」


魔物は冬威をにらんだまま、しかしその前に陣取るジュリアンを最大の障害と認めたのか、チラチラと視線を移してくる。


「タイミングは、はかってあげる。最大の隙を、作らせる」

「わかった」

「狙うのは急所。首が飛ばせれば、それが一番だけど…無茶はしないで」

「首…」

「硬い骨が無い関節を狙えばその剣でも腕が落とせるかもしれない。失血を狙うならそれでもいい」

「…うぅ血みどろ…」

「そしてその時に僕が邪魔なら、巻き込むことを躊躇うな」

「え!?」

「チャンスはおそらく1度きり。それ以上は、僕がもたない」

「待ってよ、さっき大丈夫って…」

「大丈夫さ。僕は大丈夫。今回の人生が今日で終わりでも…」


声をかけながらも静かに戦闘準備に入る。こう力量に明らかな差がある場合、仕掛けるよりは受ける方が良い。自分のほうが体も小さいし、力も弱い。そのために相手の力を利用するカウンターを使うなら、相手が動いてくれないと意味がないのだ。

にらみ合いの均衡を崩すため、ジュリアンがあえて魔物から視線を外した。そして背後にいる冬威に笑いかける。


「…僕にはきっと次がある」

「ジュリアン!」

「前世の記憶を取り戻したからこそ、今は死ぬことが怖くないんだ」


いう事を聞かせようとする親の様に、愛称ではなく本名を呼んだ冬威。しかしごめん、それは僕の本当の名前ではないんだ。そんなことを思いながら苦笑いを向けた。身体が向いている方から魔物が近づいてくる気配がする。それは一撃をもらった時のような速さで同じくあの時の様に腕が振るわれようとしている。顔を戻せばもうすぐそこに、魔物の攻撃が迫っていた。しかし慌てずに受け流すべく左手を翳し…


“ギィンッ!!!”

「うわっ!」


思いっきり右腕を掴まれ、後ろに引っ張られた。そしてその爪を受け止めたのは冬威が握るジュリアンの剣。しかも片手で握っていて、あの攻撃に耐えている。


「と、トーイ!君はチャンスを待つって作戦…」

「認めない!」


思わず「剣、折れなくてよかった」なんてとっさに思ってしまったが、そんな場合ではなかった。慌ててなんてことをしてくれるんだと口を開くが、それを冬威が途中で遮る。声色に含むのは明確な怒気。先ほどまでは魔物にビビって震えていた姿は消えている。


「死にに行くなんて認めない!」

「トーイ!別に死のうと思ってるわけじゃなくて…」

「だったら!…別の方法を考えろよ!」

「ここには非戦闘員しかいないんだ!兵が民を守るのは義務、だからこそ僕がやるしか…」

「兵士だから命を懸けろ!?それが当たり前!?そんなの知んねぇよ!兵が居ないときは自分たちでなんとかやってんだろ!?」

「トーイ、我儘はやめて!」

「ジュリアンは!…この国の民じゃないのかよ!?」


次第にビリビリと空気すら振るわせていく冬威の声に魔物が1歩下がった。右手で剣を握り、視線とともに敵に切っ先は向けたまま。怪我をした事を忘れているのか、左手でジュリアンの右腕を力強くつかみ、流れた血が彼の指先を汚していた。


「民は、兵士は、捨て駒なんかじゃないんだ。民も、兵士も、地位は違うかもしれないけど同じ人間なんだよ。独りじゃ出来ない、なら、なんで助けを求めない!?町の人もコイツが何とかしてくれるって期待かけすぎだっつーの!ジュンより年上のやつらばっかなのに!」


野次馬根性でこちらをうかがう人影に気づいていたのだろう。イライラしながらも声を張り上げれば、それらがビクリと揺れたのが分かった。


「話は後にしよう、トーイ。まずは目前の脅威を払わなければ。…剣を返して」

「嫌だ」

「トーイ!」

「絶対嫌だ。ジュンは絶対無茶をする。だからダメ、絶対ダメ」


従属の縛りが冬威を痛めつけているはずなのに、彼は手に力を入れて腕を放そうとはしなかった。ってか痛い痛い。これ、重症だったら腕もげてたよ。しかしわずかに顔をしかめただけで口には出さなかった。


「いつまでもこの調子ではいられない。かといってこのまま追い返したら他の場所で被害が出る。ここで仕留めなければいけない。…だから手を放して!」


ついついジュリアンも声が荒くなってしまう。しかし、再三にわたるジュリアンの命令に、冬威は抵抗した。


「い・や・だ!…死ぬつもりなんだろ、何言ったって命を懸けるつもりなんだろ!?…捨てるくらいなら…そんなんだったら頂戴。ジュンの命、俺に頂戴!」

「はぁ?」


いったい何を言っているんだ。思わず気の抜けた声が漏れてしまう。が。


“フワリ”

「!?」


冬威を中心に、風が渦を巻いてふき始めた。最初は穏やかだったそれは、すぐに砂を巻き上げる竜巻のような大きさに成長を遂げる。魔物は巻き上げられた小石が目にヒットしたらしく痛みに小さく鳴くとグルグル唸りながらも後退した。


「と、トーイ!何かスキル使ってるの!?」


敵を確認しながらもそう声をかける。掴まれているせいで離れることも出来なければ、あいている左腕で顔をガードすることしかできない。冬威のレベルは自分と同じ、しかしレベルが上がってからジュリアンは「僕にも見せて」とは言わなかった。本来ならばステータスは秘匿されるものだからだ。彼は勇者という特殊な存在だから、戦闘に使える力を取得していたのかもしれない。そんなことを考えながら問いかけるが、彼はそれに返事を返さなかった。


「リンク!」


何かの発動の合図だろう。冬威がそう口にすると、彼が掴んでいて接触している部分が強い光を放った。


「うわっ!」

「うぉ!?」


思わず顔をそむけてしまうほどにまぶしい。戦闘中なのに!

…って冬威!君が発動したものじゃないのか!?なんで自分まで眩しがっているんだよ!?


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