033 外へ、そして戦い【一瞬お互いに顔を見合わせ】
一瞬お互いに顔を見合わせてから、声のした方へ視線を向ける。2人同時のタイミングだった。
「魔物?」
「まさかこんな昼間から現れるなんて!」
「珍しいの!?」
「人を襲うような魔物は総じて日光に弱いとされているんだ。ましてや悪意の種に惹かれるようなモンスターは闇属性が多い」
「なるほど、普通は夜行性ってわけね。ジュン、行こう!」
「あ!待ってトーイ!」
声や音のした方へと思わず走り出した冬威を追いかけてジュリアンも駆け出した。
そこは出入り口近く、2人が午前中を過ごした森側の門だった。
走って近づきながらも視線を動かして様子をうかがう。いきなり襲われたせいで負傷者が出た様子だが、強敵は排除されたという神官の言葉は正しいらしい。今のところは。
「日が高いおかげかな。スライムやスモールラット中心の低レベルモンスターだ。油断さえしなければ僕のレベルでも十分に対応できる」
「ジュンのレベルでOKってことは、俺も戦える?」
「…」
その言葉に、隣を並走する冬威を見るジュリアン。まさか戦う気でいるのだろうか。そう問いかけようとしたが、顔色で察したらしい冬威が、走りながらも器用に先ほど渡したこん棒を軽く掲げた。
「ゲームでもそう、クリアするためには、いつかは絶対にさ、初めての戦闘を経験するんだよ」
「トーイ…」
「ジュンが側について見ていてくれて、安全が確保されてる状態での初陣も良いけど、こう、誰かを助けるぜ!みたいな戦闘のほうが、勢いっていうの?そういうのがあって良い気もするんだ」
若干歯切れが悪いが、言いたいことは分かる。絶対に安全だからミスしても大丈夫という心構えよりは、やらなきゃやられる、という場面のほうが身体が動いたりするものだ。ジュリアンは黙ったままギリギリ安全ラインまで近づいて足を止めた。手を横にだして制すれば、冬威もあわせてその場に止まる。
「基本を忘れないで。1体に集中しすぎてはダメ。周りを見るんだよ。これは手合わせのときとは違って、1対多数の戦闘だから…」
「分かってる。形はバッチリ教え込まれたし、動体視力は良いんだ。それは確認しただろう?」
若干無理して強気でいるのかもしれないが、にやりと笑う冬威。最初からゴブリンのような人型タイプではないだけマシかもしれない。戦って経験値を稼ぐというのなら、生物を殺すという行動が必要になる場面もある。怖気づいているよりは、目的達成に早く手が届くだろう。
ジュリアンは1度小さく頷いてから視線を顔ごと戦闘が繰り広げられている門前に向けた。
「…躊躇うなよ。殺すという事を」
ポンと軽く冬威の背中を叩いて、足に力を籠め駆け出した。武器を交換しようかとも思ったが、手合わせをしてみて初心者の冬威は若干強引に力任せな部分があると分かっていた。この場合、量産型の剣ではすぐにダメになってしまうだろう。それならば多少手荒に扱っても問題がない鈍器、こん棒が良い相棒となってくれるはず。
ぽつりと零したジュリアンの言葉に、数秒固まった冬威。改めて戦うという事に思うところがあるようだが、すぐにジュリアンを追いかけて駆け出した。
「はっ!」
剣を鞘にいれた状態でモンスターに近づき、初弾を居合抜きで決めて小さなネズミを真っ二つにする。小さいと言っても猫程の体躯があり、その牙には麻痺毒がある厄介な相手だ。あまり混戦しているというわけでは無いが、不意を突かれたせいで出た負傷者を守っている場所に走り寄る。
「状況を教えてください!」
「兵士様!特に何かしていたわけではないのだが、森からいきなり魔物の群れが飛び出してきたんだ!」
「まだ日も高いのにどうして…」
「分からない。ただ、噛みつかれたわけじゃなくて、前を見ないで飛び出してきてぶつかった感じで」
「なんだか…こいつらも…逃げているような…」
そんな町人の言葉に向かってくる魔物を切り捨てていたジュリアンはチラリと周囲を伺う。門から町に入れないと分かった魔物は、無理に押し通そうとはせずに迂回するように壁に沿って走っていく。まさか後ろから何かが来ているのだろうか?
「とりあえず、僕が戦線を守ります。負傷者を下げてください!」
「お願いします!」
非戦闘員を下げさせて、側でこん棒を振り回していた冬威をチラリとみる。彼は武器が刃物では無いせいもあり、まるでバッティングをしているかのような豪快なフルスイングで中に入ろうとするモンスターを吹き飛ばしていた。
「トーイ!もう少し下がって!」
「え??」
「僕が前で切り捨てる。うち漏らしを後ろでさばいて!」
「わ、分かった!」
もしも強敵が後ろからきているならば、彼を前に立たせたままでいるのは危険だ。初めての戦闘で状況もよく読めていないなら、魔物の動きが奇襲とは異なる事にも気づいていない。ただ、杞憂であって欲しいと思いながらもひたすら剣を振っていた。が…
「っ!?」
うなじがピリピリとする嫌な感じが走って、ジュリアンは森の奥を睨んだ。先ほど冬威に鑑定をかけられた時とはまた別の、確実に命の危険を感じる違和感。そうしながらも剣を振るい、アメーバ状のスライムとスモールラットを2体同時に切り伏せて、剣を再び構え直す。彼らが最後尾だったのか、魔物がこれ以上森から出てくる気配はない。
「…終わった?」
「いや、まだだ」
敵がいなくなったことに気を緩めかけた冬威に、顔は向けずにそう返答をしたとき。
“ギュグオォオオォオ!!”
肉食獣特有の唸り声、そして大きな雄たけびのようなものをあげながら、遠くで木が倒れるバキバキという音が聞こえる。それはまっすぐにこちらへやってきて、すぐさま森から姿を現した。ベースは熊にも似ている。発達している太い前足、鋭い爪、鋭い牙。瞳は赤く、濁っている。そして何かに寄生でもされているのか身体から延びる無数の赤黒い触手。日光に当たると蒸発するような音と煙を上げて小さくなるが、うねうねと動き、傍の木の枝に絡みつくとまるで命を吸い取るかのように枯らしていく。これはまずい、ボス一歩手前、中ボスランクのモンスターだ。
勇者では無くとも鍛え抜かれた戦士であれば勝率はある。しかし、自分では勝てない。
これほどの奴がいるならば、ここに来る前に植物に触れて森の中を探索するべきだった。正確な姿や能力は分からなくても、ここに来るまでにまっすぐ木々をなぎ倒してきたのだ。その一撃の広さから体躯、攻撃回数から強さを推測することが出来たはずなのに。剣を構えて対峙したまま、ジュリアンは心の中で舌打ちをした。
今、奴は木の影から飛び出して日の光に当たるのが嫌なのか、こちらを見たまま足を止めている。しかし戦意を喪失しているわけでは無いようで、口から涎をまき散らし、しきりに威嚇の声をあげていた。
「ジュン…こいつ…」
「手を出さないで。これは僕では…」
「…タ●リ神かよ?」
「もの●け姫!?ってかシリアス!崩さないでもらえるかな!?」
集中が途切れるじゃないか。思わず突っ込んでしまったが、いかんいかんと再び魔物に意識を集中させた。
天気は快晴…とはいいがたい。雲が日の光を遮ったら奴は前進を始めるだろう。
可能性があるとすれば、昼間という時間帯を味方につけること。
日光が奴の体力を削ってくれれば、あるいは…
「ひぃ!!魔物だ!町は終わりだ!みんな逃げろ!」
魔物とジュリアンがにらみ合ってお互いに動けない状況を作り出していたのに、様子を見に来たらしい町人がモンスターを見て悲鳴を上げて逃げ出した。それにピクリと反応し、1歩踏み出した敵。
「落ち着いて!静かにしてください!魔物が…」
注意するべく一瞬だけ背後に気を配ったジュン。そのタイミングで日光が弱まった。ハッとして顔をあげた冬威、視線の先では大きな雲が太陽を隠そうとしている。
「ジュン!」
「っ!!しまっ…」
僅かな隙をついて、先に動いたのは魔物だった。巨体に似合わない俊敏さで接近し、間髪入れずに振るわれたたくましい腕。鋭い爪がジュンを薙いで、彼の剣が鮮血とともに宙に舞った。




