032 外へ、そして戦い【来た時と同じように】
来た時と同じように、少し前を先導するように歩くジュリアン。彼の後についていきながら、その背中を見ている冬威。彼はレベル6だと言った。遠征前のデータらしいけれど、それにしてもそのレベルに追いついた自分を訓練とはいえ簡単にいなす彼が依然としてレベル6のままなのだろうか。
そんなことを考えながらフッと目を細める。
…と、その瞬間バッとジュリアンが振り返った。
「っ!?」
「…?」
「??」
いきなり振り返った彼に驚いた冬威だったが、ジュリアンは無言のまま、やや険しい顔をして周囲を見渡す。黙っていても何も言わなそうな雰囲気に、冬威は口を開いた。
「いきなりどうした?」
「…何かした?」
「え?」
「さっき何か…ゾワゾワっとした変な感覚が…」
「あ。それもしかしたら俺が鑑定したせいかも」
「今さっき?」
「そう。だって俺もうレベル6だよ?それなのに自称運動音痴のジュンに簡単に負けるとかないじゃん?」
「運動音痴…まぁ、確かにね…」
「だから、本当にレベル6のままなのかな?って思って」
「なるほど。で?結果は?」
「それが、いきなりジュンが振り返ったからびっくりして途中で切れた」
ポリポリと頬を掻きながらゴメンという冬威に、気にしてない、という意味を込めて軽く手を振ってあげた。
「でも鑑定ってバレるものなの?」
「最初にされた時はまったく気づかなかったけど、今回は変な感じがしたね」
「敏感になったの?そういう事もあるんだ」
「どうだろ?あまり経験が無いから分からないけど」
「初体験?そののち、開発された?俺に!」
「…その言い方、卑猥」
まったく。女子だったら「これだから男子は!」というセリフが飛んでくるのが想像できる。キシシと笑う冬威はとても楽しそうだ。ジュリアンはとりあえず危機を察知したわけではないと判断して、顔を前に戻し再び歩を進める。
「さっきの話だけど」
「さっき?」
「レベルが並んだのに勝てないってやつ」
「あぁ」
「一応言っておくけど、レベルが並んでからは手合わせしてないからね?」
「え?…はっ!そっか!レベル6に上がったのがきっかけで休憩になったんだもんな!」
「忘れないでよ、それくらい」
「いやぁ、すまんすまん」
ばれちゃったけど、もう一回鑑定かけてみようかな…と思ったところで、ふと疑問がわいた。
「そういえば、さっきジュンのステータス書いて見せてもらったけど、スキル剣術だけじゃなかったな」
「…え?」
「だって、神官と副隊長が来た時に「スキルは剣術のみ」みたいなこと言われてたじゃん?」
「あぁ。あれか。僕は兵士だから、純粋に戦力になるスキルだけ上に報告があがってるんだよ」
「でもさ、超聴力とかって結構大切じゃね?命令を聞き漏らさないとか、スパイ活動とか」
「諜報要員だったら活用できたかもね。でも鈍臭い人間にそんな活動できると思う?ぎりぎり兵士にしがみついてるような底辺に居る存在だよ?」
「…ジュン、俺、思うんだ」
「…何?」
「自分で言ってるほど、ジュンは鈍臭くないと思う。だってさっきの訓練でも攻撃ほぼすべて捌かれたし」
「あれはレベルが僕の方が上だったから」
「神官との騙し合いっていうか、やり取りもうまかったし」
「ずっと人の顔色伺うのが得意だったし」
「それに!俺の事、助けに来てくれた。森の中まで、誰にもバレずに」
「それは…」
冬威の言葉を控えめに否定しながら歩いていたが、ふと振り返って彼を見ると、今までのように茶化すわけでもなく真剣な顔でジュリアンを見ていた。その視線に思わず口にしかけた否定文を飲み込み苦笑いを浮かべる。その自重気味な顔にどこかムッとした表情で、冬威はジュリアンに並ぶために少し歩みを早くした。
「自信もてよ。もしかしたら、記憶が戻って変わったのかもじゃん?」
「うん…ありがとう」
確かに変わった。でも言えない。既にジュリアンという人間は死んでいて、別の存在がこの体を使っているなんて。言う必要もない事だけど、真剣に心配してくれる冬威の言葉がくすぐったい。もしもこんな彼に自分の本当の素性がばれてしまったら…嫌われるのだろうか。
どこかモンモンとした気持ちを抱えながら町に戻った。
太陽が出ている真昼間という事もあって、チラホラと外にも人影が見える。
1泊させてもらった場所に戻ってきたが、やはり、食料は不足気味の様だ。襲撃されたわけでは無いので、備蓄が無くなったというわけでは無い。色んな場所から避難してきた人がいたせいで、全体にいきわたるだけの数が心もとない、といった具合だ。しかも、どうやら歩いている時にふざけたりしている時間が長すぎたようで、配給の時間を過ぎてしまっていたらしい。
専用の場所では既に食材が無くなっていたので、冬威を外に残してジュリアンだけで交渉につくために建物内に入っていた。
「とりあえず、パンをもらえたよ。1つだけだけど、何もないよりは良いでしょう」
暫くした後で外に出てきて近づきながらそう言い、冬威にパンを差し出すジュリアン。素直に受け取りながらも冬威はチラリと視線でジュリアンの手を確認してから首を傾げた。
「1つ?…ジュンの分は?」
「…」
僕は良いから、と言いかけてやめる。
ジュリアンはその特殊な身体のせいで食事がとれない。だがこの事実を言うのは躊躇われる。冬威とはまだわずかな時間しか交流していないけれど、少し強引で大雑把なところがあるが日本人という国民性が無いわけでは無いと分かった。おそらく「君が食べるべき」なんて言葉で遠慮したら、半分に割ってでも食べさせようとしてくれるだろう。それくらいは打ち解けたしお互いの事が分かったと思う。
さて、なんと言うべきか。と迷っている時間で冬威は「もしかして食べないつもりか?」という顔をしてジュリアンをまっすぐ見つめ始めた。そのまま何も言わずにパンを割ろうと両手で握ったところで、ジュリアンは慌てて口を開く。
「待った!」
「なんだよ、1つしかもらえなかったんだろ?じゃあ2人で…」
「違うんだ。その…言いにくいんだけど…」
「…ん?」
「僕、兵士でしょ?」
「うん」
えっとえっと。即興で理由を考えつつ、思いついた言葉を口にしていくジュリアン。
「戦うのが仕事でね…」
「だから余計に飯抜くなって話だろ?」
「いや、そうじゃなくて!」
「はぁ?何が言いたいんだよ。よく分かんねぇんだけど」
上手く考えがまとまらない。すんなりと冬威にパンを1つ食べさせる方法。ジュリアンが遠慮しては駄目、逆効果だ。ならばどうするべきか?既に自分は食べた、というていで話を進める必要がある。
そこでハッと1つの案が浮かんで、言い訳に苦戦していたしどろもどろの状態を維持しつつ更に言葉を続けた。
「実は…トーイが来る前にここら辺に来た魔物たちを少し狩っていていね」
「うん」
「さっき厨房覗いたときに、ちょうど調理していたんだよ」
「…うん?」
「で、味見って言われて…」
「食ったの!?肉!?まさか一人で!??」
「…ご、ゴメン。でも、少しだけっていうか、一人前じゃなくて」
「うわ、そういう事か!くっそ~!!!食糧難って時に抜け駆けとかずるいぞ!!」
「ごめん…」
「肉…。なら、これ俺が食っちまってもいいよな!くれって言っても、やらねぇからな!!」
「う、うん。どうぞ」
ほっ。
いささか株が落ちた気がしないでもないが、1つ丸々食べるように仕向けることはできた。プリプリとしながらもモグモグ口を動かしている様子に、物を食べなくなって久しいジュリアンは楽しそうな視線を向ける。あぁ、とても懐かしい。物の味を感じながら、腹を満たす感覚、もうあまり覚えていない。そんな様子が羨ましそうに見えたらしい。実際、羨ましかったのだが。
「…そ、そんな目で見たって、やらねぇぞ」
「え?あ、ごめん。良いんだ、僕の事は気にしないで…」
分け与える日本人の心が揺すられたらしい。食べる速度が落ちているのに気づいて、慌ててくるりと身体を反転させて視線を外した。が、ちょうどそのとき。
「きゃーーー!!」
「うわぁーー!」
「「!?」」
人々の悲鳴が聞こえ、その後で魔物の鳴き声が響き渡った。




