031 外へ、そして戦い【カンカンと】
カンカンと、森と町の境目付近で木がぶつかる乾いた音が響いている。
「はい、上、下。構えて上…」
「よっ、ほっ、はっ!」
剣の握り方、振り方、構え方を一通り教えた後は、ジュリアンも木の棒に持ち替えて動きの確認をしていた。最初はゆっくり、そして次第にテンポを上げて、今では声より先に動きが出る時もあるが、それにもしっかりついてくる冬威にさすがは運動部、動体視力が素晴らしいと感心せざるを得ない。と、そんな時だ。
「お!来た!」
「え、また?」
「確認するから、ちょっとたんま!」
「…分かった。結構続けたし、休憩にしようか」
笑顔で動きを止めた冬威、それに合わせてジュリアンも棒を振っていた腕をおろす。
既にこの中断は5回目、いったい何かというと…
「これで、レベル6!並んだな」
そう、レベルアップの通知だ。まだ午前中の段階なのに、ポンポンとレベルが上がっていく。少しばかり悔しく思うジュリアンだったが、思えば赤子が立ったり喋ったりしただけで最初のうちはレベルが上がるのだ。きっと年相応の8レベ付近まではこの調子で上がっていくのだろうな、羨ましい…と、どこか遠い目をする。
そんな彼に気付かないまま、ジュリアンには見えないステータスウィンドウを眺める冬威は、ムフフとしまりのない顔をしていた。結果が目に見えるのが嬉しいのだろう。
「どう?剣術スキルはついた?」
「まだみたい。でもコツはつかんだから、きっとすぐゲットしちゃうよ」
「…そう。だと良いけど」
「あ。もしかしてイラッとした?ゴメンね、追い上げ凄くって」
キシシと笑う冬威。悪気はない…と思う。いや、あるのかも。
とりあえずペシンと軽く頭をたたいてやった。痛いと言いながらも嬉しそうだ。これではどちらが年上なんだか分からないな。
「さて、じゃれ合いはこの辺にして。そろそろお昼の時間帯だけど、お腹は空いてる?」
「…言われてみれば。夢中でよく分かんなかったけど、意識したらとたんに腹減ったな」
やっぱり空腹は感じていたのか。自分ではよくわからないその感覚を聞いて、いったん練習を切り上げることにした。
「昼飯、何かな?こういうところって自然素材が旨そう」
「期待しているところ水を差すようで悪いけど、今大変な時だって知ってるよね?」
「…うん」
「食事、分けてもらえたらラッキーくらいな気持ちでいたほうが良いよ?」
「まじかよ!…くっ、わかった」
ジュリアンは意趣返しもかねてやや厳しめに返事を返してみたが、疑う事を知らないのか、知らない世界だからこそ彼の言葉を鵜呑みにしたのか、反論することなく頷かれてしまって拍子抜け。いい意味でも、悪い意味でも冬威は純粋なのだろう。今後は気をつけよう。と胸の中で思った。
そして町の中に戻ろうと足を向けかけてピタリと止まる。
「あ、その前に地面に書いたステータス消していかないと」
「そういやしっかり名前まで書いてたもんな」
どこらへんに書いたっけ、と思い出しながら周囲を見渡せば、ステータスを書いたと思われるあたりで白い犬が地面に座っていた。顔を下げているので、もしかしてデータを見ているのだろうか。
「…でっけー犬。あれ犬?」
「そうだと思うよ?…でも鼻筋とかが狼っぽいんだよなぁ」
「格好いいじゃん狼。というか、そういうのってパッと見て分かんないの?兵士でフィールドワーク主だったんだろ?」
「まだ見習い段階だったからね。敷地内の訓練場で戦闘能力あげて、やっと外に出てきたとたんに巻き込まれた事件で今に至るから、あまり実践は多くないんだ」
「それでも、データとして知ってるもんじゃないの?」
「…記憶を取り戻す前は、勉強嫌いだったんだよ」
ジュリアンのこの言葉に「え?今は好きなの?変態なの?」と言いたそうな顔をしたがギンッと睨んでやれば言葉にせずに視線を犬に戻した冬威。先輩、頑張れ。
「狼は野生動物だよな?魔物…じゃないよな?」
「あれが魔法を使えば魔物になるね。火を吐くとか…」
「火!?どうやって!?」
「どうやって?って…魔物じゃない僕に聞かないでもらえる?たぶん魔法で何とかしてるんだと思うけど」
「魔法万能説だな」
「否定はしない。でも、魔法が使えない野生生物を探す方が大変だから、十中八九魔物だと思うよ」
それがたとえ自己強化といったよく分からない変化でも、大体は何かしらの力を持っている。そのため魔法が使えない個体の方が珍しいのだ。実害がない物を野生生物、と呼んでいるようなもので、同じ種族でも人を傷つければ魔物となって討伐対象。そんなことを説明していたら、白い犬は顔を上げてこちらを見た。
「お。目があった。…人懐っこいの?飼い犬?」
「どうだろう?この町の人でペットが逃げたって騒いでる人いなかったけど…」
「首輪、してないみたいだな」
「じゃあ、野生かもね」
「呼んだら来るかな?」
「可愛いのはわかるけど…飼うつもり?」
「…いや」
「じゃあ、止めといた方が良いよ」
相手は牙も爪も持っている野生生物で、動きだしたら一瞬で致命傷を受けそうなのだけど、相手が威嚇をしてこないおかげでこちらもまだ気分に余裕がある。距離は詰めずに眺めるだけで、一応ジュリアンは剣を直ぐ抜けるように柄を握っているが、冬威はかなりリラックスしているようだった。
と、ここで犬に見覚えがある気がしてジュリアンは目を細める。
「…あれ?」
「ん?何?なんかあった?」
「いや、あの犬…ちょっと前にも見た奴かも」
「前に?何してたん?」
「パン片手に巡回してたら物欲しそうな目で見つめるから、欠片をあげた」
「餌付けかよ!?先に手を出したのジュンの方じゃんか!ずっりー!」
「ちょっと何その言い方!」
ギャイギャイと言い合う2人を暫くじっと見ていた様子の犬だったが、さっと身を翻して森の方へと走っていく。ハッとしてその後姿を見送るが、あっという間に草の影に隠れて見えなくなってしまった。
「あぁ~。行っちゃった。餌でつればワシャワシャさせてくれるかと思ったのに」
「はいはい、まずは餌になりそうなものを、僕らが貰えるように町に戻ろうね」
「そうだった!…うぅ、思い出したら腹が…」
空腹を思い出してしまったのだろう。しかも無駄に体力を使ってさらに腹減り度が増した様子。良いタイミングでグーという音が鳴り、思わず噴き出したジュリアンはそれをごまかすように咳払いした。
「さぁ、行こう。きっと最低でもパンは貰えるよ」
「さっき笑っただろ」
「…よし。午後は剣術獲得に向けて、スパルタ度アップで行こうね」
「スルーするな!」
「洒落?」
「は?何が?…スルー?する?スルーだけに?…違うわ!ってか意識してなかったから自分で理解するのに時間かかったじゃないか」
「ははは」
「くっそ~。無駄に頭使わせるな!よけい腹減るだろ!?」
打てば響くとはこんな感じなのだろう。犬がいた場所に近づいて、地面に書かれたステータスをザリザリと足で消してから、冬威はボケ…いや、ツッコミ?両属性?なんて考えながら町へ向けて歩き出したジュリアンの後を、空腹のおかげで少し辛そうにしながらも冬威は追いかけて行った。




