030 外へ、そして戦い【王都へと帰路に就く神官御一行様】
王都へと帰路に就く神官御一行様をジュリアンは町の外まで、冬威は部屋の中の窓から見送った。
春香、もとい今回の勇者像は既に馬車の中に納められていたらしく、外からは確認することが出来なかったが冬威はその姿が見えなくなるまで睨みつけるように見つめていた。
そしてその後、冬威のこの世界の服を渡して着替えさせてから軽く食事をとらせて、町の中に勇者としての冬威の姿を知るものが居なくなってから、2人は町の外の森の淵までやってきていた。
「とりあえず、勇者様のおかげで強力な魔物は居なくなったはずだから、この森の浅い所で訓練もかねてレベルアップ目指してみようか」
「まだ素直に喜べないけどとりあえず置いておく。よっしゃ!気分上げてくぜぇ!よろしくぅ!」
「…。うん、まず武器なんだけど…ごめん、こんなのしか用意できなかったんだ」
色々とスルーしてジュリアンが差し出したのは、かろうじて人の手が加えられたと分かる木の枝。結構太い。もしかして野球のバット?一応受け取りながら、冬威はそのフォルムをマジマジと観察する。
「…これは…木の枝?」
「うん。そうだね。一応こん棒という扱いなんだけど」
「こん棒…」
「そんな目で見ないでよ。今魔物討伐の大切な時期だって何となく分かるでしょ?」
「まぁ、残党処理って言ってた?」
「聞いてたかもしれないけど、この町は比較的辺境に位置していて、大きな武器商などが近くに無いんだ。剣やナイフなどの有効な刃物は町人が持っていて…」
「あぁ、貸してもらえなかったわけね」
「そういう事。僕のは自分のロングソードがあったから、よけいに貸してもらえなかったんだよ」
「なるほど、自分の使えって言われたのね。っていうか、ジュン良い武器持ってんじゃん!ちょっと貸して?」
「見た目は良いけど、兵士用の量産型だよ?切れ味は自分で念入りに研いだから良い方だと思うけど、強度がいまいちですぐ折れ…あ、取り扱いには気を付けて?」
「分かってるって。いやぁ~マジでファンタジーって感…うおぉお!??重い!!」
「え?」
割と存在感が薄くなっていたが、ずっと腰から下げていた剣。それをシャランと綺麗な音をさせて鞘から抜いてクルリと回して持ち手を冬威の方へ向けたジュリアンだったが、両手で握ったのを確認して手を離せばガクンと落ちて剣先が地面に突き刺さる。一瞬あれ?と言う顔をしてから、ハッとして支えるために冬威の手の上から剣を持った。
「…もしかして、ステータスの関係かも」
「まじかよ!装備に関する項目があるわけ?」
「ある。…よし、実践に入る前にステータスの説明をもう少し詳しくしようか。まず僕の遠征前に調べたステータスなんだけどね…」
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名前:ジュリアン・グロウ
種族:人間
レベル:6
職業:兵士(スキル「剣術」適正付与)
物理適正:○○○(○×3)
魔力適正:○○○(○×3)
威力:○○(○×2)
耐久:○○○○(○×4)
パワー:○○○(○×3)
スピード:○○○○○(○×5)
スキル:剣術、超聴力、職人
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「…確かこんな感じだったよ。あ。先に言っておくけど、こういう個人のステータスは重要なデータだから、安易に他人に教えてはいけないよ?」
ジュリアンの説明には何となく理由も分かるため、特に反論せずに冬威は頷く。超聴力って奴のおかげで部屋に来る前から誰が来たのか気付けたのかな?なんて考えつつも、声を挟まずにジュリアンの説明に耳を傾けていた。
「威力が攻撃、耐久が防御って感じかな?ゲームの世界だと。パワーは攻撃と被っているように見えるだろうけど、これは自分の中だけで働く力で、さっきみたいに装備が重くても大丈夫、って奴だよ。あと、握力や脚力なんかには関係してくるね」
いったん剣は鞘に戻してからガリガリと地面に拾った棒で自己ステータスを書いていく。○を連ねてから、その横に分かりやすく数字も書いていき、それを覗き込むようにしていた冬威はふむふむと考え込んでいたようだが、パッと顔を上げた。
「何だか珍しいな。威力とか耐久とか。しかも数字じゃないんだ?」
「この世界はリアルだからね。数字で測れるものじゃないんだよ。レベル差が無ければ、低ステータスの人が高ステータスの人を圧倒する、なんて事も珍しくないんだ。ちなみに確認されているMAXは丸9つだったはず」
「レベルの差は、絶対なんだね。OK分かった。ってかこっちもスキルの熟練度みたいに2桁にはいかないんだね。それに、ライフとかの項目もないんだな。ゲームだとHPだったり、MPだったりってやつ」
「今まで気にしていなかったけど、言われてみると…そうだね。たぶん物理と魔力適正がそれに該当すると思うんだけど。それにたとえ数字があっても0になったからって、とたんに動けなくなったり死んじゃうなんて訳でもないからじゃないかな?催眠で気絶とか、火事場の馬鹿力とか、人間は時として不思議な力を発揮するからね」
「確かに!ちなみに平均はどれくらい?」
「一般人は4くらいかな?ただ…兵士だったら、丸5つ以上無いときつい…」
え?全然だめじゃね?という言葉はかろうじて飲み込んだ。ジュリアンの笑みが地獄を思い返しているような自重気味で暗いもの見えて笑い飛ばせるほど軽い話ではない気がしたのだ。兵士と言えば今回のように防衛線で活躍するのだろうし、かなり深刻な死活問題じゃ…
とりあえずそこらへんはさらっと流すことにした冬威は、気になる点を指摘した。
「そ、それにしても、この剣術スキルは兵士になったらゲットできるんだろ?」
「そうだけど、これ、結構頑張ったんだよ?話したでしょ?身にならない経験の話」
「あぁ」
「このスキル獲得するまで結構時間かかったからね。兵士になりました、じゃあスキルゲットです、っていう風にはいかないんだよ。適正付与ってだけだから、僕みたいに鈍くさくても頑張り続ければいつかゲットできますよ、っていうだけなんだ」
「なんだよそっか。やっぱ、努力が必要なのか…。っていうかさ、聴力と職人スキルがあって、よく兵士を選んだな。これなら逆に、サポートする側、それこそ鍛冶屋とか武器商とかになった方が適正あったんじゃね?」
まぁ、そうだよな。そう思いながら、字を書くのに使っていた枝をぽいっと投げ捨てて、手の砂を軽く払ったジュリアンは苦笑いを浮かべた。
「確かにね。職人業に行けばもっと早く大成したかもしれない」
「じゃあなんで…」
「1人でも生きていける金が安定して稼げる職業を探したら、兵士しか見つからなかったんだ」
「…ん?どういう事?」
「職人業は、見習いの段階でもらえる賃金がかなり低い。この国ではね。それこそ実家の手助けが必要になる場合もある。でも、それはしたくなかったんだよ」
「…もしかして、貧乏なの?ジュンの家」
「かなり貧乏、ってほどではないと思うけど、裕福ではないね。中層の下か、下層の上ってくらい。つまり、無駄にできるお金はない。むしろ実家を助けたくて働きに出たのに、それじゃあ元も子もないでしょう?」
「だから…兵士?」
「そういう事。命を懸けているだけあって、見習いでもそれなりの賃金が定期的に支払われるし、雇い主は国だから倒産の心配もない。日本でいう公務員ってやつだね。いやぁ、入ってしまえばこっちのモノさ。入隊試験は死にもの狂いで頑張ったんだよ?」
アハハと軽快に笑って見せたが、冬威の表情は明るくならなかった。平和な世界で生きている彼には、難しい話だっただろうか。まあ、とりあえず、と意識を切り替えるために今度は力強く手を2度叩いた。
「まずは、武器の持ち方から始めようか。頑張り続けていればトーイにも、剣術スキルが付くかもしれないよ?」
「うわぁ…」
「僕の熟練度が低いから、基礎の基礎しか教えられないけど、全く知らないよりはマシでしょ。頑張ろうね」
「ま、しゃーなし、だな」
剣が握れないんじゃ仕方ない。戦い方も分からないから基礎からやるしかない。嫌そうな呟きをこぼしながらも、その表情は期待で輝いているのが分かる。基本身体を動かすのは好きなのだ。冬威はこん棒をギュッと両手で握った。




