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029 外へ、そして戦い【暫くは他愛もない】

暫くは他愛もない会話をしていたが、ピクリと何かに反応したジュリアンはバッとベッドに座っていた冬威を押し倒した。


「え!?ちょっ…な…」

「しっ!静かに」


突然の事でワタワタと慌てている冬威に向かって人差し指を口元に立てる。そこで初めて何かが起きている可能性に思い至った冬威は、抵抗していた手をピタリと止めて耳を澄ませた。


「…で、だから…」

「部屋…そっちの…」


誰かの足音と話声が聞こえる。それはこちらに近づいているような気がする。どうする!?という顔で押し倒したまま冬威の肩に手を置いていて目をつむって耳をすませていたジュリアンを見上げる。と、いいタイミングで彼は目を開いた。


「僕の隊の副隊長のようです。彼はいい人ですよ」

「…よくわかったな、まだ全然話声聞こえないんだけど」


その質問には答えずに、ふわりと笑って誤魔化してバッと毛布を冬威に頭までかけて姿を隠させると、そのうえから軽くおさえた。


「副隊長はいい人です。でも、彼と一緒に神官様が居ます」

「うぇ!?ま、マジかよ!どうするんだ!?」

「静かに。落ち着いて?大丈夫。彼は言葉を喋れない男性が戦闘の邪魔に入ったと言っていました。もし部屋に入って来て会話になったら適当に話を振るから、短くても良い、何か反応をしたあとはふて寝しているというフリをして顔を出さないでいてください。彼は君を知っている」

「わ、分かった」


冬威の返事を聞いて、ジュリアンは手を放した。重みがなくなった毛布が少しばかり心もとない。と、ちょうどいいタイミングでドアがノックされる。


「はい」

「ジュリアン?俺だ」

「エンリケ副隊長、ご苦労様です。お戻りだったのですね」


シッカリ冬威が隠れていることを確認して、ジュリアンはドアを開けるために近づくが、手をドアノブに伸ばそうとした時ガチャリとそれは開かれた。


「邪魔する」

「神官様。…何か御用でしょうか?」

「いや、それがさ、昨晩神官様たちだけで魔物退治を完了させてしまったんだよ」

「あ、それは知ってます。僕ずっとこの場所に居て、帰ってくる馬車をお迎えしたので」


そしてその討伐の際に邪魔者が乱入し、もう少しでとらえられるというタイミングで兵士の服を着た協力者らしい人間が逃走を手助けしたらしい、という話を聞いた。こうもまぁ、都合がいいように捻じ曲げられるものだな、と感心していると、つかつかと部屋の仲へ神官が歩いていく。少しばかり慌てて、ジュリアンは後を追った。


「その邪魔者とは…」

「言わなかったか?ものを喋れぬ男だ」

「なぜ、喋れぬと?」

「私に口答えする気か?」

「いえ、そのような…ただ、純粋な疑問として…」


今までこうも食らいつく人間はいなかったのかもしれない。詳細を聞こうと食い下がるジュリアンに、イライラした様子の顔を向けた。そして吟味するかのように上から下まで視線を動かす。


「副隊長、これのステータスは?」

「これ?…ジュリアンですか?遠征前の提出データによると、レベルは6でスキルは剣技のみだったかと」

「ふっ、それで兵士を目指すとは。自殺行為も良い所だ。だが…まぁ確かに、あの時邪魔に入ったやつと比べる程ではないな」

「まさか、ジュリアンを疑っているのですか!?」

「一番近くにいて、その時間どこにいたのか証明できない兵士はコレだけだ。町にいたのだ、馬車が出る瞬間も見ていてもおかしくない。…貴様、データを偽ってはおるまいな?」


本人を目の前にして、疑っているという言葉を隠さずに告げた神官に今度はエンリケが反論を返す。彼は伯爵家という比較的高い地位の人間のため、少し失礼な物言いでも気にしないようだ。結構ふつうに考える頭は持っているんだな、と心の中では冷静に分析しながらも、ジュリアンの性格として慌てた様子を見せて口を開いた。


「そ、そんな訳ありません!本部での公開測定でのデータです、この情報が偽りなら本部の人が偽っているという事になります!」

「…もういい。昨晩誰か1人連れてきたらしいな。そいつを確認しに来ただけだ」

「え、でもまだお休み中で…」

「起こせ!私の命令だぞ」

「は、はい…」


権力に負けた弱い人間、のフリ。命令をすれば、だれでも素直に従うと思っているのだろうか。イライラというか、焦っているような雰囲気の神官をチラリとみて、冬威が寝ているベッドの方へ身体を向けた。寝たふりのために今までの会話はすべて聞こえていたはず、そっと毛布の上から冬威の肩のあたりに手を置いて、声をかけた。


「旅人の方、申し訳ありませんがお話を聞きたいと神官様がいらしています」

「…は、話?って…何?」


うっわ、演技へた!!!!

声が裏返ってますよ!?これは…ばれるんじゃなかろうか。神官とエンリケに背中を向けていることをいいことに、思わず冷や汗とともに苦笑いがこぼれてしまった。とりあえず短い返事で終わるような質問を…と考えていたら、背後で人が動く気配を感じてさっと振り返る。


「もういい。これではない」

「…話、出来てますもんね。今後どうされるんです?」

「勇者像は回収した、王都へ戻る。再び護衛としてつけ、良いな」

「ですが、魔物はすべて片付いたわけでは…」

「強力な個体は排除したのだ、もう村人だけでもなんとかなるだろう。心配なら後で討伐体でも組め。だがそれは、私の管轄ではない」

「…分りました。ジュリアン、君は…」

「これはいらない。馬も余分にいないのだ、置いていけ。…あぁ、そうだ。これを残党狩にあてればいい」

「っ!?…で、ですが、彼も隊の1人で…」


会話が出来た事で冬威ではないと判断したようだ。声が裏返っていたのも、結果的には良かったのかもしれない。自己完結しながら部屋を出て行った神官を、エンリケも追いかけて行った。必死に説得してくれているが、馬がないのは決定的。一緒に王都へ向かう事は出来ないだろう。

まぁ、今はそれは願ったりかなったりなのだけど。


「…行った?」


布団の中から心配そうな声。知らずのうちに自分も呼吸が浅くなっていたようで、ジュリアンは大きく深呼吸をしてから返事を返した。


「扉を閉めてくる。顔を出すのはもう少し待って」


毛布の下で頷く動作を確認してから、ジュリアンは手を放した。

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