024 スニーク?、そしてステータス【明かりが消えた室内で】
明かりが消えた室内で、傍のソファーに座って物思いにふけっていた冬威。
これまでのことをジュリアンに話したことで、今になって疑問に思えたことも出てきた。
「…姫様、やっぱ嘘ついてたのかなぁ?…そうは見えなかったんだけどなぁ…」
ソファーの上で膝を抱えてため息をついたとき、ドタドタと廊下を走る音が聞こえてきた。なんだ?と思うよりも早く体が動いてソファーから飛び降りると、その陰になるように身をひそめる。
『******!』
隠れたと同時くらいのタイミングで扉が開き、男性の声が響き渡った。当然ながら何を言っているのかわからない。焦りでビシリと身体が硬直してしまい、冷や汗がダラダラと流れるが、すぐに別の人の声がかけられたようで、こちらに顔を向けて室内に声を届けようとしていたらしい最初の男性は身を引いた気配がした。
『****』
『****』
ドアを開けたままで誰かと誰かが会話をしている。早くどこかに行ってくれと願いながらも後から来た方は聞き覚えがある声だな、と何となく思ったとき扉が閉まる音がした。
「…トーイ?大丈夫?」
少し前に部屋を出て行った命の恩人が戻ってきてドアを閉めてくれたようだ。ビクビクしていたソファーの陰からバッと顔を出して相手を確認した冬威は、安堵の息を吐き出すとまるで犬がご主人様に飛びつくかのような勢いでシュタッと彼に近づいた。
「ジュリアン!よかった、何言ってるのか分かんねぇし、どうしたらいいのかも分かんなくて」
「無事でよかった。でも寝たふりで全然大丈夫だったと思うよ、悪意があった訳じゃないし。もう強敵におびえる心配は無いって報告に回ってただけだ」
「魔物…ってあれか?あのでっかい蜘蛛。それって春香のおかげ?…あれ?でもそれって増加がなくなったってだけで、完全に敵が居なくなったって訳じゃなくね?」
「まぁね。それでも、終わりがない敵襲よりはましでしょう?頑張ればまた平和を取り戻せるんだから」
「あぁ。なるほどな」
「神官様が帰ってきて魔物の増加がなくなったと分かったから町の人が浮足立ってるんだよ」
「神官…ゴールズジーザってやつ?」
「…うん、そうだよ」
今まで自分たちと一緒に居た相手ではあるが、完全に警戒しか感じていないような顔で冬威は視線を伏せた。それに気づいて声をかけようと口を開くが、数秒固まってジュリアンは口を閉ざす。まずは心を休めてもらおう。すべてはその後が良いだろう。
「今日はもう、休んだほうが良いよ」
「え?」
「疲れたでしょう?ずっと戦闘してたわけだし。ここに居れば神官様に偶然会う事も無いと思う。まぁ、同じ町にいるわけだから絶対安全とは言えないけれど…」
「…いや、まだ眠くない。というか…眠れなそう。馬車で暇してずっと寝てたし、それに…」
怖いのか、興奮状態が覚めていないのか。でも何となく眠れない、という気持ちもわからないでもない。無理やり寝かせることも考えたが、実力行使はやめたほうが良い。だったら付き合ってあげようか。ジュリアンに睡眠は必要が無いわけだし。
「じゃあ、この世界の事で大切な常識を教えておこう。本当はすぐに言おうと思っていて、でも大切なことだから心身共に少し落ち着いてからのほうが良いと思って先延ばしにしていた事なんだけど」
「大切な常識?この世界がでっかい1つの島国って事以外に?」
「うん、気づいているかわからないけれど、ステータスについてだよ」
「…ステータス?」
「眠くなったら寝ちゃってもいいよ。そうしたらまた明日、同じことを話してあげるから」
そう前置きをしてから話し始めたのはこの世界の強さを決めるもの、ステータス。そしてレベルについて。これはRPGゲームでよくあるシステムと同じで、経験や戦闘をこなすと経験値としてその人に経験が蓄積されて、一定の値を超えるとレベルアップとして還元される。
数字が見た目を覆すのが常識で、ヒョロヒョロの人がマッチョな大男を片手で放り投げるなんてことも不可能ではない。その説明を受けた冬威は突然「ステータス!」と叫んだ。(怪しまれないくらいの大声で)
「!?!?!?」
「…それってどうやって見るの?」
「え…え?それって…ステータスの事?」
「そう。それ」
いきなり声あげるから吃驚した。でもよくよく考えればそうか、ふつうステータスって知りたいときに簡単に確認できるものなんだよな、ゲームとかだと。それを確認したかったのか。そう理解してジュリアンはフッ表情を緩めた。
「実は、自分じゃ分からないんだよ」
「え?どういう事?自分のステータスなんだろ?」
「うん。そうなんだけどね、教会に行かないと確認できないんだ」
「教会?え、わざわざそこに行かないといけないわけ?」
「そうだよ。しかもその方法は神に祈って自分を映すというシステムで、簡単にコピーしたり持ち運んだりできないから数を増やすのも簡単じゃなくて」
「え、それ不便じゃね?」
「うーん、僕はそれほど不便を感じたことはないな。実は人のステータスってそう簡単に変わらないんだ。レベルもなかなか上がらないし、新しいスキルを取得するのも本当に珍しい。大体が先天的な能力だから1年に1回の確認を兼ねた身分証更新のときのチェックで十分なんだよ」
「なんだそれ?」
「ゲームとかだとさ、レベルが低いうちは必要経験値も低いわけだから、結構序盤はポンポンと成長していけるでしょう?」
「そうだな、そうしないとつまんねぇし」
「でも、ここはゲームの世界じゃないから、敵もずっと低レベルでいるなんてことはないんだ。自身のレベルは低くてもそんな人向けのフィールドが近くに存在しないなんてことも珍しく無くて…」
「あぁ、レベル1なのにすでにラスボス周辺のエリアにいるとか?…ないわ」
「でしょう?だから人の成長もうまくいかない。レベルアップに時間がかかる。新しいスキルや魔法も簡単に手に入らず、成長はゆっくりである、となれば、そんな頻繁に自分のステータスを確認する必要も無いわけで」
「な、なるほど。…はぁ」
まぁ、そのおかげで兵士の姿を見られたけど探索スキルは持っていないし夜の活動に適していないと隊に知られているから、馬車より早く戻れればなんとかなると思っていたわけだけど。するとここまで真剣に時に相槌を打ちながら話を聞いていた冬威がため息をついて頭を抱えた。
何か困ったことを言っただろうか?…言ったか。
成長はなかなか難しいといった。帰るためにはもしかしたら神官の力を借りないといけないのかもしれないけれど、この時に実力が上か否かでとれる手段もかなり変わる。かなり警戒していたようだし、自分の力が分からないのは不安なのだろう。それでなくても分からないこともかなり多いし、実力がないのはマイナスにしかならないと思っているのかもしれない。
心配して声をかけられずにいると、黙っていた冬威は静かに口を開いた。
「…俺、この世界に呼ばれたんだ。勇者として」
「…うん?」
それは知っているというか、察しているというか、今更というか。何が言いたいのか分からずに首を傾げて先を促すと冬威はジュリアンと視線は合わせないまま、キッと目を細めた。
「異世界に召喚されて『勇者様、この世界を救ってください』ってなったらチートハーレムで俺TUEEEE状態になるんじゃなかったのかよ!?」
これは…。
本心?それとも許容範囲オーバーしたせいで壊れた?でもそういえば、日本にいたときによくつるんでいた部室メンバーの中にもこういう話が好きな子がいたな。漫画研究部、副部長の彼。元気にしてるかな。
突然の発狂(?)にジュリアンもどこか遠い目をして思わず反射で口を開いた。
「いいね。夢があるね。でも…それ、ラノベの読みすぎじゃないかな?」
「でも友人から借りた本だと大体こんな展開で…って、お前ラノベ知ってんの?」
「あ。…えっと…実は僕、ほら、あれだよ…」
しまった。
いつか話をした方がいいとは思っていたけれど、話し方とかタイミングを計りかねていた。後々考えればこの世界にもラノベというジャンルがあるといってもばれなかったかもしれない。ただ、この時は自分もかなり焦っていたのだろう。
「て、転生ってやつ?」
…。ラノベと聞いてついぽろっと。
あぁ、やってしまったかもしれない。考えもなしに口が動いてしまった。
キョットーンとしている冬威にただただ乾いた笑みしか沸いてこない。
でも、このタイミングはある意味かなり絶妙だった…かもしれない。




