023 スニーク?、そしてステータス【冬威の話は単純明快】
冬威の話は単純明快。部活帰りの強制召喚、そして異世界で初めて出会った人の話を疑う事すら感じる前に、あれよあれよと状況は流れて今に至ると。
その話を聞いたジュリアンは、この世界で語られている勇者の話をしてあげた。
この部屋にちょうど飾られていたこの国の地図を使って、周りのごみのように書かれている小さな島から勇者を招待して討伐してもらっているという話だ。
「何だよそれ!まったくのデタラメじゃんか。っていうか、ちゃんとこっちのちっこい島…国?から勇者を呼んだことって今まであるのかよ?」
「本当のところはわからないよ。もしかしたら始めの方はこの国、この世界の人間だけでなんとかなっていたのかもしれないし、最初からずっと君たちのように強制的に連れてきた人たちを使っていたのかもしれない」
「真実は闇の中、ってか」
「当事者はおそらくまで存命だと思うから、頑張れば解明できるかもしれないけれど」
とりあえず今までの状況が整理出来たところでジュリアンは冬威に睡眠を進めたが、馬車の中で暇してて1日中寝てたようなもので眠くないと言われた。たぶん初めてだろう力を使って戦っていたのだが、きっと興奮が勝って落ち着けないのだろう。だったら睡眠など必要としない身体だ、思う存分付き合ってあげようじゃないか。
そんな感じで暫く話を(もちろん小声で)していた時、ふと外が騒がしくなり始めたことに気付いた。視線を窓の外に向けた冬威だったがジュリアンは耳で別の存在を捉えていた。
「…なんだ?」
「馬車の音だ。帰って来たんだ、神官様が」
「…!」
慌てて立ち上がった冬威の肩を軽くたたいて落ち着かせると人差し指を口の前で立てて「静かに」というジェスチャーを送る。それに冬威が気づいて頷いたのを確認してからジュリアンは部屋で明かり代わりにしていた蝋燭を吹き消した。
「話を聞いてくるよ。トーイはここで、静かにしていてね」
「でも、大丈夫なのかよ。ジュリアンだって見られただろ?」
「大丈夫。…勝機はあるよ。疑い深い人じゃなければ、たぶん、大丈夫」
「…まじかよ?」
心配そうな冬威だったが、いきなり明かりが消えたために出て行こうとするジュリアンを引き留めようとする行動は完全に遅れてしまった。扉が開いたことで彼が出て行こうとしていると気づいたが、時すでに遅し。
「すぐ戻る。静かにね」
穏やかに微笑んだジュリアンに何も言えず、閉まる扉をただ見つめた。
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ガラガラと音を立ててやってくる馬車には、多くの人が気づいて顔を家から覗かせていた。その中から飛び出すように馬車に近づいていったジュリアンは、遠すぎず近すぎない距離まで行くと足を止めて御者を見上げる。
「神官様!勇者様方とお休みだったのではないのですか!?」
実際ほかの兵士たちには「明日出立するから、それまで周囲の情報を集めて来い」と言って解散させたのだ。何がどうなって今来たのか知っていることを隠してそう尋ねると、馬車を操作している御者が視線をジュリアンに向ける。その兵士の服装を見て怪訝そうに眉を寄せた。
「あなたは?兵士たちには情報収集を命じていたと思うのですが」
「私はジュリアンと申します。巡回兵団の一員で、芽発生時の傷の心配をしてくださった副隊長がここで待機と…」
「あぁ、そんな話もしていたな」
御者とはいえ、地位ある人の下に着く人間もそれなりに高位な人である場合が多い。質素な服装をしてはいるが、明らかに上のモノである御者の言葉遣いにも特に気にした様子は見せずにジュリアンは頭を下げた。そして自分の事を語ると中からかけられた声に、夜の森で自分たちを引き留めた声、神官の声だと瞬時に察する。しかしそんなこと顔には出さずに、視線を少しばかり上げる。
「今まで何をしていた?」
「はっ。自分も副隊長に従うべきと思ったのですが、馬の数が足りずにここホーロウグで待機、その間は周囲警戒に努めておりました」
「なるほど。…悪意の芽は勇者様が排除された。もう警戒は不要だ」
「それは!…うれしい知らせです。して、勇者様は?」
「すでにご帰還なされた。像は明日、回収する」
「…分かりました」
「そうだ。来ないと思うが、魔物討伐中に邪魔者が出たのだ」
「邪魔者、でございますか?」
「あぁ。兵士の恰好をした男と、言葉をしゃべれない男の2人組だ。もし見かけたら早急に討伐せよ」
「…承りました」
馬車から顔を出さず、声だけ飛ばすゴールズジーザの言葉に驚いた顔をして見せれば、満足げに御者は頷いて軽く手綱を振るった。進めるという合図に頭を下げながら下がると、馬車は再び前進を初めて町の中へと入っていく。それを見送りながらホッと息を吐き出した。
「邪魔者か。捕獲ではなく、討伐ってことはもう完全に邪魔者なんだね。…やっぱり歴代勇者は、この世界の被害者なのかもしれない。そうすると、あの女性も…」
見送りながら考える。ジュリアンは馬車より先に帰ってこれれば疑われないと確信していた。
この世界には魔法やスキルといった不思議な力が存在するが、この国では飛行や転移といった日本のRPGでおなじみな力はかなり珍しいのだ。探知や探索もそれに入り、使える人はかなり重宝される。そのため馬車、ひいていえば獣より人の足が速いなんてことはあり得ない。スピードのスキルがあったとしても、夜の森を明かりもなしに突っ切るなんて不可能。
その事実を知っていて、不可能を可能にできる力があったからこその、今までの余裕でもあった。
「宿は違う建物のはずだから、ウッカリ鉢合わせはしないだろう。とりあえず魔物の増加は防がれたと報告してから…」
本来のジュリアンなら安堵で腰を抜かしていてもおかしくない状況だろう。唐突にそんなことを考えて、フッと息を吐き出してから、こちらを興味深げに見ていた人に状況を伝えつつ、人が集まっている場所を目指して駆けた。不幸な偶然なんてものが発生しないように、早く冬威のところへ戻らねば。




