022 スニーク?、そしてステータス【普通に道を歩いていると】
普通に道を歩いていると、前から誰かが走ってくる足音がする。ビクビクする冬威の肩を支えながら、ジュリアンは視線を上げた。すると鎧代わりなのか鍋のふたのようなものを胸の部分に括り付けているおじさんが走ってきているのを捉え、少しばかり足を速めてこちらからも距離を詰める。すると、ジュリアンに気付いたおじさんは目の前で足を止めて、肩で息をしながらも話しかけた。
「…兵士さんか!何かが来る気配がしたからあわててきたんだが、安心したよ。それにしても姿を見なかったが…どこ行ってたんだい?」
地方の町には王都にいるような騎士団なんてものはない。自警団があるところも辺境に近くなるとあまりなく、ここホーロウグの町もそういった類の組織は存在していなかった。
有事の際には町の男が総出で問題を対処する。今まではそれだけで足りていた。これからもそれで大丈夫とは言わないけれど、組織を作るにしても圧倒的に足りない人数はどうにもならない。散らばっている町が1つにまとまるなんて事もなくはないが、多くは生まれ育った町を離れがたく、今の生活が続いている。
最終的な砦として勇者の存在があるのも大きいのだけれど。
その男手の中の1人であるおじさんとはまだ1日程度しか顔をあわせていないジュリアンだったが、王都の兵士という事で知られていたようだ。まぁ、兵士の装備を身にまとっていいるしな。あえてチラリと俯く冬威を見てから申し訳なさそうな顔をした。
「なるべく魔物を早期発見できればと思って、少し森の方まで行ってしまったんです。すいません、ご心配かけまして」
「いや、無事だったなら良いんだけど。それよりそいつは?」
気付いてほしい、触れてほしいと思って視線を投げかけたわけだけど、そんな事しなくてももしかしたら疑問は口にしてくれたかもしれない。そんなことを考えながら問いかけられた質問に答えるべく口を開く。
「獣道らしき場所で座り込んでいたんです。たぶん商人か旅人か。武装してはいなかったから、冒険者ではなさそうでしたが」
「あぁ、悪意の芽の発芽から時間が経っていないものな。情報が行き届いていなかったようだ」
「保護された人はいますか?」
「何組か夕方になって駆け込んできたけど…」
「この人、連れらしい方の名前を呼んでるんです。仲間とはぐれたと言ってる人はいましたか?」
「いや。どれも調査員の奴らばかりだ。だいいち最近はこういった魔物の問題が多いから、旅人も商人もこっちの方まで出てこなくなっちまって…」
「そう、でしたね。では…彼の仲間は来ていない、かな」
「何処ではぐれたか知らないが、ここら辺は小さな町が点々としてる。別のところに逃げ込んでるさ」
「ですよね。それで、彼を休ませてあげたいのですけど」
「あぁ、それが避難用として確保した建物がいっぱいでなぁ。もうちょっと早くてまだ大体の奴らが起きてる時間帯だったら、詰めようがあったんだが」
「そうですか。アンドラの町の大部分の人がここに逃げてきましたから、仕方ないですよ。…分かりました、彼は僕らの方で休んでもらいます」
「おう。頼んだぜ」
何を言っているのか分からず、うつむいたまま不安気に緯線をさまよわせる冬威はそのままに、ジュリアンは適当に嘘をでっちあげて語っていた。避難所が満員であることも知っていて冬威が入れるかと尋ねた。そして寝ている人を起こしてまで避難所に新しい人を預けるくらいならと、自然な動作で兵団が借りている部屋で面倒を見ると宣言したのだ。まだ悪意の芽の発芽から時間が経っていないこともあり、ちらほらと全く関係ないパーティーが逃げ込んでいるのも知っていた。これで誰とも面識が無くても怪しまれることはない。出会う人には同じ会話を繰り返したりして、ジュリアンは外堀を埋めるように冬威の安全を確保していった。
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「お前、堂々とし過ぎ!隠れるっていうのはどうしたんだよ!?」
この世界に来て2度目に目覚めた場所である病院にある1室、そこに兵士たちの待機場所として小さな部屋をもらっていた。やっとの思いでジュリアン達はそこまで来ると、一応扉が閉まって誰も居ないのを確認してから冬威がひそひそ声でありながら叫ぶような勢いで話し始める。声量にかんしては襲撃を受けた村の隣の病院という事もあり、結構人が多かったのだ。うかつに大声だして日本語を聞かれても困る。
「木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中っていうでしょう?」
「でもそれにしたって目立ちすぎだろ?」
「大勢の人が居る中で、1人だけコソコソビクビクしていた方が目立ってしまうよ。とりあえずここに居ても問題ないように「旅人のみたいだ、魔物から逃げてこの町の近くまで来ていたようだ、連れが居たようだがはぐれたようだ」っていう事にしておいたよ」
「な、なに勝手に…」
「後で1人の時に怪しまれて声かけられるよりはいいでしょう?連れとはぐれたってことにしたのは、探しに行くという理由でこの町を離れやすくするためもあるし、声をかけられて返事をしなくても気落ちしてるんだ、って勘違いしてもらえるようにシリアス要素を勝手に入れたんだ。…とりあえず謝るよ。ゴメン勝手にやって」
変に誤解を与える前に真意を伝えようと言葉を紡ぐが、よくよく冷静に考えるとちょっと上から目線というか「助けてやったんだぞ」とでも言いたそうな感じがしてきた。まったくそんな事考えておらず、100%善意だったはずなのに。今更になって少し慌てて謝罪をすると、
「い、いや…その…俺もゴメン。よくわかんなくて、テンパってた」
冬威は素直な性格なのだろう。嫌な顔をするどころか、こちらもよく分かってなくて慌ててたと頭を下げた。とりあえず険悪ムードだけは避けられてお互いにホッと息をはきだして、なぜか同じタイミングで吹き出して笑った。
「フフッ」
「あは。…なんか、安心したかも。…ずっと周りは敵ばっかりな気がしてたからさ…」
誤魔化したりせずに心細かったと口にする冬威に、ジュリアンは真面目な顔を向けた。来るときの会話で把握した事の裏打ちをしなくては。彼がもし本当に日本人なのだとしたら、宇宙船変わりとなっている我らの部室がつながるまでは彼を優先させるべきだろう。
「トーイ、教えて。君がなんでここに来たのか。僕たちが持つ情報も教えるから、何が違うか僕に教えて」
ジュリアンの真剣な顔に少しばかり気圧されるが、すぐに頷いた冬威はここに至るまでの過程を出来るだけ詳しく語り始めた。




