021 スニーク?、そしてステータス【少数精鋭だったのか】
少数精鋭だったのか、神官と勇者だけだったこともあり追手の心配は限りなく無いだろうと分かっていた事は救いだったかもしれない。現にゴールズジーザはあまり追いかけようとはせずに踵を返し、途中に置いてきた馬車を目指した様子。彼から逃げる際にはホーロウグから離れるような方向へ足を向けたが、一定の距離離れてからは大きく迂回するように町へと戻る進路をとった。
木々に手を当てて魔物と神官たちの位置を確認しながら進む作業はゆっくりとした歩みではあったにも関わらず、夜に抜け出した馬車が返ってくるよりも先に町に戻ってこれたのは青年のおかげと言えるだろう。
「…ここに戻って来て大丈夫なのか?」
馬車の中からではあったが、彼に見覚えがあったのだろう街並みの明かりが遠くにあるのを視界に入れて不安そうな声でつぶやかれると、青年はまだ自己紹介もしていないという事に今更ながら思いいたった。
「もともと存在していたものが無くなるより、無かったものが増えていた方がすぐに気付かれ難いからね。逃げるために、今は様子を見たほうが良いと思う。それに今はこのホーロウグ…この町の名前なんだけど…ここの町の住人だけでは無く、避難して集まっている人が居るから。多少近所付き合いがあったとしても、見覚えが無い人物が居てもそれほど騒がれない良いタイミングだよ」
呟きに返事が返ってくると肩を貸してもらっている青年を彼は見上げる。ずっと緊張していた気持ちが人里も発見したせいかわずかに緩み、青年と会話をしてみようかと口を開かせた。知らない世界で1人になってしまったと思いたくなかったのかもしれない。
「もともとって、俺はもともとここに居たわけじゃないぜ?」
「あぁ、ごめん、それは僕の話だった。君がここから逃げようと考えてるなら、一緒に行こうと思ったから」
「そりゃ右も左も分からないから分かる人がついてきてくれるととても助かるけど…なんでまた?」
「それより自己紹介。まだだったよね。僕はジュリアン。ジュリアン・グロウ。この国の兵士で、年齢は16」
動機の説明はおそらく絶対長くなる。今は話すべきではないと考えて意図的に自己紹介を優先させると、彼は特に違和感を感じていない様子ですぐに反応を返してくれた。
「16!?俺の1こ下だったのか!?…俺は冬威で苗字は寒雨、寒雨冬威だ。…あ、こっちだと名前が前?じゃあ冬威寒雨だな」
「サザメ?漢字は笹に目玉の目?」
「いや、寒い雨って書く」
「…名前は?」
「冬の猛威、の威」
「もしかして、誕生日冬なの?」
「うん。すごい吹雪だったらしいよ。まさに猛威日和」
「出身は北の方?」
「…おばあちゃん家はね。俺は都内在住」
「トーイ・サザメ。…良い、名前だね」
寒そうで強そうな名前だ。
と心の中では思っても、口にしないくらいには配慮があるジュリアンだったが、同じようなからかいを受けたことがあるのか無いのか、何を思っているのか遠からずとも察しているような冬威はジト目をジュリアンに向けていた。
ここで確認をとったわけでは無いが、大体はっきりした事がある。
さりげなく漢字の話をして字がジュリアンの知っている日本語と同じだと確認したし、現在彼は日本語を話していることから、おそらく日本人。そして寒い雨というワードで「北の方?」と問いかけた事と、冬に吹雪というセリフで四季が(おそらく)存在して南が温暖な気候であると判明。地球ではない謎惑星だったとして南が寒ければ「逆じゃない?」とでも言ってくれると思う。北半球にある日本語を話す地域。それに「都内」とか東京都でなければ使わない言い回しも出てきた事と、地域の気候や位置的に見ても地球か、地球と近い星であるだろう。だが限りなく八月一日アコンとして生きてきた地球から来たという線が濃厚だ。この世界を知らないという事は、連れてこられたか、自分で来たか。でもおそらく前者だろうと思う。
あたりさわりのない短い会話でほしい情報を引き出していくジュリアン。
だが、冬威には情報を探られているなんて意識も感じられていないことから、かなりうまく答えを誘導していることが分かる。
そんなことをしているうちにそろそろ町に入れるくらい近づいてきた。時間帯はまだ夜中だが、魔物警戒中という事もあり寝静まっているような静けさではなく、どこかで誰かが起きているような音も聞こえてきたリする。少しばかり緊張が帰ってきたようで、小さな声で会話をしながらも体をこわばらせる冬威にジュリアンは落ち着かせるように声をかけた。
「聞きたいことは沢山あると思うけれど、今は安全な場所を確保するのが最優先だ。安心出来るまではしゃべらないでいてね。トーイは言葉、分からないでしょ?」
「そういえば。なんでジュリアン、君は…」
「それも後で。…いい?できるだけ悲しそうな顔をして、俯いていて。誰かに何か言われたら、僕が対応するから。それと…これを羽織って服を隠して。君の服装は珍しいから、目立ってしまう」
道の様子をうかがいながら声を潜めたジュリアンは傍に干してあった洗濯ものだろうシーツを1枚外すとバサリと冬威の肩にかけてあげた。確認していた首の模様を隠すよう考えて、頭まで覆うようにクルクルと器用に巻き付けると、お化けごっこのようにシーツをかぶっただけ、という恰好では無くてこういう服装なのかな?と思える出来栄えに変化する。しかもちゃんと手が出る。ほんとすごい。
「すご!器用だな。…ってか、これ洗濯物?夜に干してるの?」
「たぶん魔物の騒ぎで取り込み忘れたんだと思うよ。まぁ、今はそれで逆に助かったわけだけど」
そういって微笑んでからスッと人差し指を口の前に立てたジュリアンに、冬威はコクリと頷いた。どうやって安全な場所を探すのだろうか?と考えながらも顔を伏せる冬威だったが、ジュリアンはこれまでコソコソしてきたのとは逆に堂々と道の真ん中を歩いていく。隠れようという意識もないようで、あたりを見渡すといった警戒もしていないように感じる。それでも冬威を労わっているというのは感じられるほど、背中に回した腕で彼の肩を支え、負担にならないように1歩1歩を進めているのはわかる。
「…おい、ちょっと」
「シッ。…大丈夫だから」
隠れるんだろ?何やってるんだよ!という思いをぶつけようとしたのだが、小声で全部言い切るより先にジュリアンに止められてしまった。




