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020 出会い、そして別れ【あたりを包んだ朱色の光】

あたりを包んだ朱色の光は春香から漏れ出したもの。

暗闇に目が慣れていたせいもあり、突然の視界を焼くような明かりに思わず顔を背けた冬威だったが、再び訪れた夜の闇に春香の名前を呼びながらじっと目が慣れるまで待った。本当は近づいて安否を確かめたかったのだが、依然として体が動かない。

命令で縛られているという訳ではなく、もうすでに動けるほどの体力が残っていないのだ。


「春香…はる…か?」


やっと目が闇の中の風景を映し出したとき、目の前にいたはずの春香の姿はそこになかった。代わりに立っていたのはほぼ等身大の像。彼女の最後の顔なのか、胸を張って堂々とした様子で全てを受け入れたかのような安らかに目を閉じて眠っているように見える表情。膝立のままではあるが。


「春香…の像?…帰ったの?…これで終わり…なのか?」


神の力がこの世に像を残し、対象者を世界に返すと言っていた。その言葉を信じるならば、この像が出来たという事は春香は一足先に地球に帰れたという事になる。呆然としながらも少しばかりの安堵を感じていた冬威にむかって、同じく目がやっと慣れたらしいゴールズジーザが声をかけた。


『**********(あとは君だけだ)』

「…だから、何言ってんだか分んないんだけど」


喋れるという事が分かったのでやっと文句が言えると口を開いた冬威だったが、続くゴールズジーザの呪文のような言葉に「またかよ」と心の中で舌打ちした。だから分からないって…というセリフを繰り返そうとした時。


『***!(伸びろ!)』


冬威とゴールズジーザ以外の声が突然響いたかと思うと、その声に反応するように樹木が枝や蔦を伸ばし始めた。


『***(何だ!?)』

「木…が…」


全てが終わったと思っていた所に起こった出来事に、初めて目に見えて狼狽えたゴールズジーザ。冬威も驚いていたが何分身体が動かないため比較的冷静に、半ば呆然と、目の前の光景を見ていた。もしかして魔物とやらは倒せていなかったのか?そんな考えが脳裏をよぎった時、近くの繁みから誰かが飛び出してきた。金髪に紫の瞳を持つ少年…かろうじて青年といった年齢だろうか。


「大丈夫!?」

「…え?君は…」


発せられたのは間違いなく日本語。今まで城の姫様と従者以外とは1度も成立しなかった会話。それなのに何故…と思っていたのもつかの間、駆け寄ってきた相手は強引に冬威の腕をつかむと強制的に立たせるべく引っ張った。


「痛っ…」

「ごめん、でも我慢して。今はとりあえず、この場所から離れるんだ。じゃないとすぐに…」

『******!(お前何をしている!)』


気が付けば木々の成長は止まっていて絡めとられて身動きが取れないゴールズジーザも周囲を見渡す余裕が出たようで、何が起きているのか全く分かっていない冬威と、彼に向かって近寄った青年に向かって怒声を放った。しかし、そちらの方をチラリとも見ることはなく、慣れたような動作で冬威の腕を肩に回して担ぐように立ち上がらせる。その間も何とか距離を詰めようと体に巻き付く植物を強引にはがしているが、ゴールズジーザが脱出するよりも2人が駆け出すほうが早かった。冬威を気遣うように、それでもなるべく速度をあげて。夜の森の中へ走り去る2人の背中に、それでも引き留めるべくゴールズジーザが叫ぶ。


『***!****!(止まれ!私からは逃げられないぞ!)』

「…何?あの人、なんて…」

「今は逃げることを考えて。後で全部、話すから」


僅かな距離しか走っていないのに、すぐに息が上がってしまうのは神の力とやらを使われすぎたせいだろう。それでも冬威を背負うには青年は小柄で、背負うよりは自分で走ってもらった方が早そうだと冬威も思えるくらいの体格。頑張らなきゃと内心で思った冬威に青年が声をかけてからゆっくりと足を止めた。


「待って」


チラリと後ろを振り返ると、夜の闇のおかげですでにゴールズジーザも春香の像も見えない。青年は後ろを確認してから近くの木に手を当てて、目を閉じた。つぶった瞼の下で瞳が動いているのが分かるが、息が切れて肩で呼吸をしていることもあり声をかけるのが億劫で、とりあえず成り行きに任せる事にする。僅かな時間そうしていたが、スッと目を開くと冬威を見て安心させるような柔らかい笑みを向けた。


「…『悪意の種』が倒されて、森も正常に戻りつつあるようだ。でも、一度増えた魔物は討伐されない限りその数を急激に減らすことはない。…これから先は静かに行くよ。呼吸を整えてもらう時間はないけれど、ゆっくり進むから」


静かな声は彼の性格がにじみ出ているのか穏やかで、耳に心地いい。何となく知的な印象を受けるが、その装いは冬威と春香の馬車を護衛していた兵士とどこか似ていた。それでも彼に対しては警戒心を抱かないのは冬威と同じ故郷の言葉を使ってくれているからだろう。小さな声でありながらしっかりと耳に届いた彼の言葉に頷くことで肯定を返し、2人は極力敵と思われる存在を避けながら夜の森を進んでいった。

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