019 出会い、そして別れ【「これは…」】
「これは…」
巨大な蜘蛛は鳴き声で周囲の魔物を呼び寄せ、そして自分の魔力で子クモを生み出し勇者たちに襲い掛かる。
その戦闘では特別苦戦するでもなく着実に敵の数を減らしているのだが、そんな勇者様の戦いを観察していたジュリアンは違和感…というか、おかしなところというか、変なところというか…そんな感覚を覚えた。確かに攻撃は勇者様から出ている…はず。でも勇者と思われる若い男女は地面に膝をついたまま。神官様と思われる人間が一人で攻撃の方向性を指定し、ビームのような、稲妻のような、神聖と言われればそう感じる攻撃を発射させているように見える。
「まるで砲台だ。勇者様たちの戦闘を直接見たことはなかったけれど…これが正しい戦い方なのか?」
聞こえないだけかと思って意識を集中させたが、攻撃音と魔物の鳴き声以外の音の振動は植物たちも感じていない。ということは目の前の3人の間に会話が無いという事で…
これで良いのか?
もはや何度思ったかもわからない疑問を浮かべた。しかし飛び出していったとしても魔物からは当然襲われるだろうし、ついてきている事を知らせていない神官たちにもウッカリ攻撃をされてしまいかねない。今は様子をうかがいタイミングを計るしかない。
そう判断したジュリアンは身をひそめながら少しばかり距離をつめた。
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膝をついてその場に居るだけで、襲い掛かってくる魔物は数を減らしていく。
春香は半ば茫然と目の前の光景を見ていた。自分たちに宿ったと言われた神の力とやらは、確かに強大だったけれど、使用されるととても疲れる。それがここに来るまでの戦闘で神官にも把握されていたおかげかどうかは分からないが、目の前で子分を呼んで動かないでいる巨大な蜘蛛以外の雑魚と思われる魔物との戦闘は冬威の力を使われていた。
1回では春香と違ってそこまで疲れないようだが、かなり連射されている。
「…っ」
目線だけで冬威を心配していた春香の目の前で、フラリと彼の上体が傾き地面に手を付けて四つん這いの恰好になってしまった。肩で息をしていることからかなり消耗しているのが分かるが春香も冬威も何もできない。命令された事以外を実行しようとすると首の模様が閉まるかのような圧迫感を感じて苦しいのだ。
倒れかかっている冬威の側によろうと立ち上がりかけて、模様が反応し息苦しさに顔をしかめた春香は思わず首に手を当てて外そうと首をかきむしった。しかしそんな事したところで実態のない戒めを解くことが出来ず、首に傷が残るだけにとどまる。
『*****(やっとか。来るぞ)』
焦りで悲しくなってきた春香だったが、意味の分からないゴールズジーザの言葉が投げかけられて彼の方へパッと視線を向けたと同時に“ズシン”と巨大蜘蛛が動く気配を感じてすぐさまゴールズジーザから蜘蛛が居たほうへ視線を変える。
今まで観察でもしていたのか、微動だにせず成り行きを見守っていた蜘蛛がとうとう動き始めたようで、ゆっくりと足を進め近づいてきていた。動けない恐怖の中「なんでこんなにゆっくり行動しているんだろう?強者故?普通捕食者ってもっと俊敏に動いたりするよね」なんてどうでも良い事を考えてしまうのは恐怖を紛らわせるためだろう。そんな蜘蛛は視線をまっすぐ向けている春香ではなく、息も絶え絶えの冬威を見ているようだった。眼球に瞳があるわけじゃないから、正直な話どこを見ているのかなんて分からないのだけれど、ピリピリとした空気の中で感じる視線が、何となく冬威に向いていると思ったのだ。
『******(戦闘神、グージシエヌルよ…)』
幾度となく繰り返された攻撃の呪文が再び紡がれる。これで蜘蛛が倒せれば終わるんだと考えで少しばかり気を落ち着かせていた春香だったが、攻撃の前兆となる光が今までと違い朱色に染まっていることに気付いた。
「…あれ?なにこれ。今までと違う」
ボスのために自分を今まで使っていなかったのだろうと思っていたため、春香が攻撃者として選ばれたことに疑問はなかったが、いきなり違う現象が起きて戸惑いの声をあげる。が、困惑している暇もなく、春香が輝き始めたとたんに蜘蛛が金切声に近い高音の鳴き声を発し、前足を振り上げた。
「え…」
「は、春香!…うぐっ!!」
あれ?もしかして喋れてる…とかどうでも良い事を考えながら振り下ろされるだろう攻撃を見つめてしまっていた春香を救ったのは、隣に居た冬威だった。真直ぐな攻撃は、冷静に考えれば避けるのも簡単だったはず。それなのに身体が動かなかった春香を突き飛ばし、冬威がその攻撃をわき腹に受けた。
「冬威!」
「は、春香…しっかり…しろよ…」
じわじわと滲み出す血に怪我の程度も分からず焦った春香は突き飛ばされて転んだ状態から慌てて冬威に近づこうと身体を起こしたところに続けて前足の振り下ろしという単調な攻撃が再び繰り出されたが、今度こそ避けて距離を開けた。冬威もわずかに身をひねって足で串刺しにされるのを避けたが、これ以上は動けないようでうずくまったまま。支えるべく近寄ろうと1歩踏み出すが、唐突に身体からほとばしる光がいっそう輝いたあと、突然首が閉まるような感覚に襲われ身体の自由が奪われていく。
『*******。****(安らかなる、永遠の眠りを。封印)』
耳に聞こえるゴールズジーザの声。強く光ったことで攻撃対象を冬威から春香にした蜘蛛がまじかに迫っているが、春香は少しばかり安堵していた。
「(これが最後の一撃だとしたら、冬威は助かるよね。…手当、してくれるよね。…家に、帰れるよね)」
何が起こっているのか分からない光の中で、だんだんと意識が薄れていく。そんな春香の耳のは自分の名を一生懸命に呼ぶ冬威の声と、それをかき消さんばかりの蜘蛛の断末魔が聞こえた。
シーンのビジョンは映像として脳内に割と鮮明にあるのに、文章にアウトプットするとショボくなる不思議。
文才が欲しい。
切実に。




