017 出会い、そして別れ【道をそれようと思っても】
道をそれようと思っても、足を別の方向に進めることが出来ない。
何をするつもりだと問いかけようとしても、口からこぼれるのは呼吸音のみ。しゃべれないのだ。
いったいなぜか?そう考えて思い当たるのは先ほどゴールズジーザに言われた命令のようなセリフ。しゃべらずに、ついて来い。というワードを忠実に保っているのだと考えられる。
唯一自由になる視線をきょろきょろと動かしてあたりを見る春香。その隣では、ぐぬぬぬ、とうなりながらなんとかこの見えない拘束から逃れようとする冬威が居た。
『*******』
時折先頭を歩くゴールズジーザが何やら口にするが、何を言っているのか聞き取れない。言葉が分からないのはもうわかっているのだが、声量も小さいのだ。だからたぶん言い聞かせようとしているわけではなく、ただの独り言なのだろう。時折視線を手元に落とし、先ほど開いて口にした単語が書かれていた手帳を見ている。
「(どうなるのかしら…私たち)」
月明りがあったはずなのに、森の仲はとても薄暗く感じた。相変わらず頭上に星は瞬いているが、暗く感じるのは悪意の種と呼ばれる魔物の発生源に近づいてきているから。しかしそんな事知らな2人は気づかない。逃げたくても逃げられない現状に顔色を悪くするだけだ。と、ここで突然進路をふさぐものが現れた。犬のような唸り声を上げつつもイノシシのような巨体を持ってその道をふさいでいる。モヤモヤと揺らいで見える黒い影からは、短い突起が地面に向かって伸びていて、そのおかげでかろうじて4つ足の動物に見える生命体だった。
『****…(ようやく魔物が現れたか。だいぶ奥まで来たな、これは中心部はもっと先か)』
相変わらず理解できない言葉をゴールズジーザが呟きながらちらりと視線を背後に向けて、一番近くにいた春香の肩をつかむとグイっと前に押し出した。
「!!」
冬威が慌てて後を追おうとするが、足はその場に縫い付けられたかのように動かない。春香は春香でいきなり押し出されて
『********(戦闘神、グージシエヌルよ。契約せし我が声に応えその力をここに…)』
ゴールズジーザが呪文のような言葉を唱えると、前に押し出した春香の首にぐるりと巻かれた入れ墨のような模様が光を発し始めた。苦しそうに顔をしかめるが、後ろにいる2人には気づかれない。そのまま発光が強くなり、次の瞬間身体全体が輝きだす。
『****!(ホーリーアロー!)』
ヒュっとゴールズジーザが右手を前に出したのに合わせて、春香の光がまるで矢のように飛び出す。するとそれが道をふさいでいたモヤモヤした生命体にぶち当たり、爆発。巻きあがった土と土煙が収まった後には、えぐれた地面が残るのみで先ほどの生命体のようなものは影も形もそこにはなかった。
「か…はっ…」
「…!」
その威力を見て考えているゴールズジーザの前で春香がガクリと膝をつく。名を呼び駆け寄りたかった冬威だったが、ピクリとも動く事が出来なかった。しばらくたった後で、座り込み肩で息をしている春香に気づいたらしいゴールズジーザが再び手帳を開いて口を開く。
「…立て。歩け」
簡単な命令はしかし、拒絶することが出来ない。生まれたての子羊のように足をプルプルさせながら、よろよろと立ち上がった春香を確認し、すぐさま再び歩き始めたゴールズジーザの後ろを2人は黙ってついていった。
その後もだんだんと増えてくるよくわからない生命体との接触では、春香と冬威が順番に前に立たされ、よくわからない術で倒しながら進んだ。何も説明がないままだったが、何度も繰り返されると2人ともある程度状況を察することが出来てくる。
おそらく、魔物退治に来たという事自体は嘘ではないのだろう。この先ほどから遭遇しまくってる黒いモヤモヤの動物のような奴らが魔物であるならば。そして、勇者を使って魔物を倒しているというのも間違いではないのかもしれない。ただ、勇者が善意で魔物を倒しているというわけではなく、勇者しか使えない(と思われる)術を強制的に他人が使えるようにして、それを利用して敵を打ち取っている…のだろう。たぶん。
そして春香と冬威の力の違いも何となく分かってきた。
春香は1撃の威力が強いように感じられる。その分発射可能となる溜めも長いようだが、複数体いても1発で爆散できているようだ。それに比べて冬威は1撃の威力は少し低いが、溜めも短く連射が可能。そんな印象を受ける。おそらく当事者2人が感じた能力の違いだから、とっくにゴールズジーザにも把握されているだろうとは思うけれど。
『***(近いな)』
戦闘になる頻度が高くなったと感じ始めたあたりで、森の中でありながら少し開けた場所に移動してふいにゴールズジーザが立ち止まり、何かを探すようにあたりを見渡す。あたりを警戒しながらもスッと懐に手を入れて、手帳を取り出すとペラペラと中を確認するようにページをめくり始める。
『…しゃがめ』
「(いったい何が…)」
暗い森の中、少しだけ開けた場所でしゃがめと命令されて膝をつくと、思っていたより動いたおかげで体温が上がっていたのか地面に触れたところがひんやりとしていて心地いい。しかし現実逃避も長くは続かなかった。半ば諦めの色を濃くしながらぼんやりしていた2人の耳に、“ズシンズシン”と明らかに今までと違う何かが近づいてくる音が聞こえ、身をすくませた。と、同時に響く咆哮に恐怖し思わずクシャリと顔をゆがめた。