171 つながる、そして隠れる【「その動き…】
「その動き…何処で習得されたのですか!?」
手に持っていたトレイを投げ捨てる勢いで傍のテーブルに置いて、ロスカルシェが近づいてきた。その勢いに思わず数歩下がってしまったジュリアンだったが、何とか踏みとどまる。
「え、何処でって…僕が居たところ…」
「それは人間の領域という事ですか!?」
「人間…いや、どうなんだろう…」
今更ながら。ジュリアンは、アコンが入る前の彼は、人間で良いんだよな?という疑問を抱いた。あの閉じられた空間では人型=人間という認識だったし、魔族なんて物語の中の存在だとすら思っていた。ステータスというものはあったし、魔法のようなものは存在していたが、こっちでも人間が魔法を使う事が出来るのだ。寿命で考えても一般的な人間と同じだったような気がするし、やっぱり自分は人間なんだろうと思う。
「…多分?」
自信なさげにそう答えればロスカルシェががっしりと肩を掴んだ。
「だとしたら…一大事です」
「何が?ちょっと、話が全然見えないんだけれど」
「こほん。失礼しました。あのですね、先ほどの剣術、あれはレシロックアーサの近衛が使う動きに似ています」
「え…近衛って…」
近衛兵といえば、王をまもる部隊だ。所属する舞台に派閥があって、動きや戦い方が異なることは珍しくない。
「情報が洩れているのか…まさか裏切り者が…」
「ちょっと待って。もしかしたら偶然そう見えただけかも。ぼくは初心者の域を出ていないはずだから、動きだってそれほど安定しているわけでは…」
「いえ。武器の構え、振り上げると同時に踏み出す足。…似ています…」
ジュリアンをガッチリと掴んだまま険しい顔で考え込んでしまったロスカルシェに夏輝も不安そうな顔をして自分が手に持っていた剣に視線を落とした。
「俺は剣術…というか、武道には詳しくないけれど、野球にも動きの癖っていうのはあるんだよね」
「…ナツキ?」
ずっと教わった通りに剣を握り、素振りしていたそれを両手でぎゅっと握る。そして顔の横に構えれば、剣は木製バットに早変わりだ。そのままブンッと良い音をさせてスイングさせて、フゥと息を吐く。
「コーチの癖が教わった人にも出ることがある。指導者がベストな動きを教えてくれるから、それをまねようとすると癖も移っちゃうんだよ。まぁ、絶対うつるって言うわけじゃないけど、真剣に練習してたりすると師匠から技を盗もうとするじゃん?」
「それって…」
「指導者は近衛だった可能性もある!いったいどちらでその剣術を学ばれたのか。教えてもらえないか!?」
「え、えぇ?」
「人間の地で生きている魔族が居るのか…だとしたら攫われたのか、裏切ったのか。確認しなければなりません」
なんと。この次代ではそういう事になってしまうのか。だが、未来の島国なんて言って信じるだろうか?正直に言ったとして…いや、でも彼は自分を精霊と思っている。そして自分はこの剣術がこの国の近衛独自の動きだと知らなかった。嘘をつくのは嫌なんだけれど…真実だけを口にして彼を欺けるだろうか。
「それがその…分からないんだ」
「分からない、とはどういう事でしょう。先ほどの動き、確かに少々動きが甘い部分もありましたが、大体の筋はつかめておりました。そこまで指導した存在が居たはずです」
「何処にある国なのか、自分自身も把握していないんだ」
「…どういう事でしょう?」
「剣術を学んでいるとき、ぼくは僕じゃなかった気がする。その時の記憶はあるけど、ぼくが僕として身体を動かしていたわけじゃないというか」
あわわわ。口を開くたびに変な事になってる気がする。何言ってんだろ。頭おかしいんじゃないだろうか自分。誤魔化そうと思ったら良く分からないことになってしまった。しかし、真剣な顔のロスカルシェはふと眉を寄せて悲痛そうな表情を浮かべた。
「精霊様を…操ろうとした輩が居たという事ですね」
「いや、だから僕は人間だと…」
「分かっております!…最後まで申されなくても、分かっております」
あ。全然分かっていない。
「人間が精霊様を配下に加えるために、生まれた時のまだ世界になじんでいない瞬間を狙って従属の証でもつけたのかもしれません。少し確認させてください」
「ん?確認?何を?」
とポカンとしたのも一瞬で、ジュリアンの額部分に手を翳したロスカルシェが何やら呪文を唱えて魔法を使うと、とたんに険しい顔に早変わりした。
「何と!…既に縛られているなんて!」
「…?…あ。もしかして従属調べたの?」
「はい。もともと魔族が魔獣を従えるために編み出した呪法を人間が道具を使用して真似し、同種である人間を奴隷を手元に置くときにその存在を縛る魔法です。今その魔術の残りが無いか調べさせていただきました」
まずったな。冬威とのリンクの影響で…かどうかは分からないけど…従属はステータスにも乗っている情報だ。冬威は人間だから、ロスカルシェにジュリアンが人間に従属しているとばれてしまったようだ。
まるで優しい言葉で緩く鋭く質問を重ねるロスカルシェ。それはまるで尋問するかのようで、ジュリアンの精神をガリガリと削っていった。しかし、そんな時間も長くは続かない。
突如騒がしくなった屋敷内に「どうしたのだ?」と様子を伺えば、どうやら王都にいる辺境伯から手紙が届いたようだ。それを受け取ったばかりのペニキラが玄関口で開いて読み込んでいる。その表情は一瞬のうちに驚愕にそまり、驚きと不安の入り混じった表情に歪んでいった。
「…た、大変じゃ…人間が、攻めてきた。王都に攻撃を、仕掛けてきた!」
「何ですって!?」
「それはおかしいですよ。王都の周りにはいくつもの町があり、そこを治める領主、貴族が居る。それらすべてを飛び越えて、王都に行くなんて…」
「『不意打ちを受けて城壁が瓦解、まったく想定していなかった事態に場は混乱し…』…すぐに準備を!私も向かうぞ!」
「なりません姫さん!」
この手紙を送ってきたという事は、初弾で致命傷を受けたというわけではなさそうだ。魔族は耐久力も高い。少なくともアラステアは無事だから落ち着け。
一生懸命ペニキラをなだめる様子を見て、夏樹とジュリアンは顔を見合わせた。
諸事情により、連続投稿(いや、定期投稿かな)はこれで終わりです。
次回から更新は不規則になります。数か月更新しない場合もあるかもしれません。
長らくご愛読くださいまして、ありがとうございました。
今後もよろしくお願いします。