170 つながる、そして隠れる【最初はナヨナヨした】
最初はナヨナヨした感じがして、本当にただのつかいっぱしりって感じの男だった。バルシューンの事だ。意図せずこちらの屋敷に着た様子を見せたが、もしかしたら分かっていて無知のフリをしていた可能性もある。
なんだか弄ばれた気がする。ペニキラは依然としてソファーに座ったままギリっと扇子を握った。
そんなタイミングで部屋のドアが開かれる。中に入ってきたのはファンパブロだった。
「スイマセン、姫さん。あいつらやっぱりただもんじゃなかったみたいで」
「まかれた、というわけかの」
「追跡を気づいていたのかはわかりませんけど、敷地を出たとたんに見失いました。…精霊様に捜索をお願いしますか?」
「やめておこう。こちらの事情にわざわざ巻き込む必要も無い。それに…」
「それに?」
「…いや、何でもない」
外から来た者。そう言われた時は単純に考えて、異世界から召喚された勇者「夏輝」だろうと思うだろう。実際ペニキラも、ファンブルやガラも1番に思い付いたのは彼だった。しかし、異界からの客人、となるとそれにもう1人心当たりが追加される。精霊である「ジュリアン」だ。精霊界は人が住むこちらの世とはずれた場所にあると言われている。簡単に行き来できない、近くて遠い、そんな存在だ。もしも精霊の存在を求めているなら、人間側の戦力拡大、という風にとらえられないこともない。
ただそうだとしたら先ぶれを出すのは少しおかしい。奇襲をかけて強奪していった方が楽だからだ。もしかして、こちらの戦力把握の偵察だったのだろうか。
「よめぬな。いったい何が起きておるのじゃ」
「姫さん…」
「人間側が何かを企んでおるのかもしれぬ。勇者奪還か、それとも…。王都は、父様の様子はどうなっておる?連絡は来ておるか?」
思考の縁から顔を上げてそう聞くと、ガラがスッと近寄ってきた。胸に手を当てて軽く頭を下げる。
「今朝連絡の手紙が届いておりました」
「内容は?」
「王都では人間の世の動向を見極め、連日会議に明け暮れている、と」
「…表立って行動にはしていないという事か。じゃが、既に人間側は動き出しておる様じゃぞ?」
「おそらく、王都を経由していないのでしょう」
「あいつらの言葉を信じるなら、異世界から来た第3の存在というわけだが、やつらの独断か?だが、それを分からず信じないものもいる。悪くしたら、人間側の侵略行為ととらえられてもおかしく無いぞ」
「分かっていないんじゃないですか?「あいつらの言葉を信じるならば」こっちに来たあいつらは異世界って場所から来たんでしょ。ルールが分からない、だから自分の好きなように動いているのかも」
「面倒な…」
ペニキラは至急ガラに支持を出す。手紙を書いて父である、アラステアにこの事を伝えるのだ。ある程度は自分で処理できると思っていたが、事態が大きくなってきた。自分で判断できる範囲を超えてきている。返事が来れば動くべき方向が分かるはず、それまでは領主の娘として皆を引っ張っていかなければ。
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少し前とは打って変わって、ガクッと人口密度の減った中庭で、夏樹は剣を振っていた。教えてくれたファンパブロは居ないが、先生が居なくても復習をすることは出来る。ブンブンと風を切る音が響くのを見て、ジュリアンも側に立てかけてあった木の剣を握った。今まで樹木の探知能力でペニキラ達の様子を伺っていたが、自分の魂の種ではないために良く把握できなかった。ただ、空気がピリピリとしていたのは感じていたから、あまりいい結果にはならなかったようだ。窓を開けていてくれたら、もっと詳細が分かったかもしれないがあまり他人の事に首を突っ込む気もない為簡単にあきらめる。
「ジュリアンも剣が使えるの?」
そちらを見ていたわけでは無いが、気配でジュリアンが動いたことが分かったのだろう夏輝が声をかけた。そしてその後で顔を向けて、視線を送る。今まで戦闘らしい戦闘は見せなかったし、精霊と勘違いされているだけの転生した人間だと知っている夏輝はジュリアンが戦えると思っていなかったようだ。
「一応ね。これでも兵士として働いていた時期もあったんだよ」
「へぇ…って事は、君も剣を教えられるって事?」
「いや、教える程上手じゃないよ。ただ、基本の型は知っているかな」
「じゃあ教えてよ」
「僕はずっと下っ端だったんだ。君に教えられるほど上手じゃないよ」
「良いじゃないか。初心者どうしなら、教えあってスキルアップ出来るかも」
「でも別の型を教わっていただろう?ものにするならどちらか1本に絞らないと混乱しちゃうんじゃない?」
「え、型?…流派って奴かな?というか、見ていただけで動きが違うって分かったの?」
「ただの素振りならそう変わらないけれど、足運びとか、剣の動かし方とか、よくよく見ると違うものだよ」
「へぇ。なぁ、ちょっとだけ見せてよ。ちょっとだけ!」
「ねぇ、僕が言った事聞いてなかったの?」
「剣術なんてやったこと無いんだから、見ただけじゃ分からないよ。大丈夫、教えてくれるファンパブロの方のをしっかり覚えるから」
「まったく…」
そう言いながらもジュリアンは久しぶりに剣を構えた。あの国から出てから戦闘は何度か行ったが同行していた冬威がメインに戦ってくれていたからあまり自分が剣を振る機会が無かったのだ。まぁ、彼に押し付けてしまったというわけでは無く、自分が動かないほうがバフがかかって冬威が強くなるため、どちらかといえば彼に任せた方が楽という事に気づいたからだけれど。
“フォン…フォン…”
同じ木の剣を振っているのに、奏でる風切り音はまったく違った。まるで細い金属を振り回しているような、軽い剣を振っているのに、当たったら岩でもぶち壊せそうな音が響く。
ジュリアンが、本当にジュリアンだったころ。兵士の訓練場で毎日毎日繰り返した動きだ。たとえ中身が入れ替わっても、身体はそう簡単にその動きを忘れはしなかった。
反動をつけて、剣の動きについていくよう名動きでフワリと一回転すると、腰に剣を収めた形で動きを止める。その一連の動作を、夏樹は目を丸くしてみていた。
「それが下っ端の動きなの?」
「え?…そうだけど…」
「…俺が初心者すぎるのかな?凄い格好良く見えた」
「とりあえず、お世辞ありがとう」
苦笑いをして姿勢を正せば「お世辞じゃないのに」と小さな声で唸る声が聞こえたが気づかないふりをして身を翻す。毎日動いていないと、やっぱりぎこちなくなってしまうな、そんな思いで顔を上げれば、こちらを驚いたような顔で見ているロスカルシェが居た。