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016 出会い、そして別れ【馬車は静かに町を抜け】

馬車は静かに町を抜け、外へ出るとすぐさまスピードを上げて駆け出した。今は余分な馬がこの場所にいないため、ジュリアンは騎乗し追いかける事が出来ない。見つからないようにと少しばかり距離を開けていたこともあり、あっという間に馬車は姿を小さくしていき暗闇の中に見えなくなった。


「この方角は…はやりアンドラを目指しているのか?でもなんで。明日の朝に移動するって言って護衛の兵を偵察に出したはずなのに」


ちなみにジュリアンは馬の手入れをしていたためにゴールズジーザが指示を出している場面には立ち会わなかった。エンリケが生き残りが町にいると言っていたはずだがおそらくすっかり忘れられたのだろう。エンリケたちが出発する際に「出発は明日の早朝、魔物退治になるから気を引き締めろ」と言われたので、当然そうなると思っていたのだがゴールズジーザはどういうわけか兵士が1人余っているという事に気づいていないようだ。忘れてしまったのかもしれない。ただ、全員が出払わないでよかったと、ジュリアンは緊張した面持ちで馬車が進んだ先を見つめていた。


「とりあえず追わなくちゃ。木々が多い道だから…よし、山を突っ切ってショートカットしよう」


傍の木に手を触れて目をつむる。すると脳内に広がる森の姿、木々の配置。自動マッピングとでもいえるこの能力で、馬車が通る道が山を避けて蛇行している道を走っていることに気づく。まぁ、ここまで来ていて目的地も分かっていれば先回りだってできるというもの。今の時間帯では闇によって魔物が強化されているはずだから、極力戦闘は避けながら追いかけようと、最短距離を進むべく足を踏み出した。



**********



いったいどこを目指しているのか。

薄暗い馬車の中からではたとえ月明りがあったとしても、不透明なガラスのおかげで外の様子は全く見えない。ガタゴトと揺れる様子は変わりないが、道に大き目の石が多くなってきたのか、時折大きく跳ねる馬車に不安はどんどん大きくなる。


「嘘、言ってたのかな。あの姫様」


ガタガタと揺れるためにピョンピョンと腰が浮いてしまう固い座席、それに四苦八苦しながらも収まっていた冬威に春香がそう声をかけた。


「もう、帰れないのかな。…私たち、死んじゃうのかな」


彼女も揺れる馬車に合わせて体が動くが、見た感じ冬威ほどつらそうではない。なぜだ?と考えながらもそんな事は態度に出さず、小さく首を振ってから視線を落とした。


「違うと思う。…と信じたい。この世界で初めて見た人で、初めて声を交わした人で、初めて優しくしてくれた人で。信じたいと思うよ。でも…分からない」


この世界に来て、最初に出会った人。そんな事を思い出していれば、どうして勇者像の広場なんてものを紹介したのだろうか?と疑問にもおもう。お城の中を見せてくれるというよりは、この像を見ておいてほしいといった具合だった。それは城の中にはきっと立ち入り禁止エリアもあるだろうし、部外者を入れることが出来ないんだろう、それに歴代勇者の事を教えて不安をぬぐおうとしてくれていたのかもしれないと思っていた。さっきまでは。

しかし、一度不信感を抱いてしまえば彼女の笑顔も嘘くさく思える。利用しようとしていたのかもしれない。勇者像の容姿は何となくアジア系が多かったようにも思える。年齢層も若く、女性だっていた。服装も地球のものと酷似していた。もし意図的に地球の日本人を狙っていたのだとしたら、その基本的に優しくてお人よしという国民性から御しやすいと思われていた可能性もある。平和ボケしていて、反撃するなんて考えなかったかもしれない。


「…くそっ」


結局手のひらで転がされていただけだったのだろうか。どうにもできない苛立ちを感じてガンッと座席を殴ると、突然馬車が止まった。


「「…?」」


突然のことに思わず顔を見合わせる冬威と春香。そしてわずかな音で御者が馬車から降りたことが分かった。そして外にいる誰かと話をしている。様子を窺おうと耳をドア部分に貼り付けるが、そうしたところで何を言っているのかわからないのだ。それに改めて気づいて苛立ちを隠しもせず冬威は舌打ちをこぼした。


“ガチャリ”

「うわっ!」


と、突然馬車のドアが開く。耳をドアに貼り付けて音を聞こうとしていたおかげで、壁に手をついて体重を支えていた冬威は、外開きのドアによって支えを失い馬車から外へ転がり落ちた。


「冬威!大丈夫!?」

「だ、大丈夫だ」


それを見ていた春香も慌てた様子で外に出る。そして春香が転んだ冬威のそばにかがむ前にと軽い動作で身体を起こして立ち上がろうとした。しかしそれを棒のようなものが遮る。立ち上がろうと足に力を入れようとしたところで肩にソレを押し当てられて、立ち上がれなかったのだ。わずかに浮いた尻は再び地面に落ち、なんだよと思いながら顔を上げる。そこに立っていたのは白いローブを身にまとったゴールズジーザだった。よくゲームの中で魔法使いが持っているような金色の長い杖を持って、その先端を冬威に押し当て立ち上がるのを防いでいたのだ。しかも御者をしていたと思われる男が刃物を春香に向けて、彼女が冬威に近づこうとしているのを防いでいる。春香と目が合った時、その瞳には不安と怯えが浮かんでいるのが分かった。


「…なんだよ。俺たちが何したって言うんだ!それにお前、今日中に帰れるって、地球に返してもらえるって言われたのに、嘘だったのかよ!」

『*******』

「はぁ?何言ってんだよ。日本語でしゃべれよ!姫様はしゃべっていたじゃんか!」


緊張と苛立ちが変に爆発して口が動く。かなり感情的になっている冬威だったが、帰ってきた返事は冷静な声色だった。ただ、こちらの言葉に対しての返事がもらえたのかはわからないが。そのままゴールズジーザは小さな手帳サイズの本を取り出し、片手で器用にページをめくる。こちらを見ていない隙に立ち上がろうと何度も挑戦するが、そのたびにどこに目があるんだ?という適格な妨害で冬威は立ち上がることさえできなかった。わずかな時間の攻防だったが、目当てのページを引き当てたらしいゴールズジーザは視線を冬威に向ける。そしてにやりと笑って口を開いた。


『黙れ。立て。おとなしく。ついて来い』

「…っ?!」


ペラペラと喧嘩を売っていた冬威だったが、やっと意味が分かる単語をゴールズジーザが口にするとギュっと首が絞められるような息苦しさを感じた。春香も同じだったようで、わずかにうめく声が聞こえる。そのあとでゴールズジーザが杖を引くと、勝手に体が動き出し、命令に従うようにスッと冬威は立ち上がった。

驚いて口を開くが、声が出てこない。パクパクと口を動かすことが出来るが、空気が漏れる音がこぼれるだけだ。それもまた春香も一緒だったようで、驚きはすぐに恐怖へと変わっていく。


『*******』


その様子を見ていたゴールズジーザは何かを口にすると1人後方に待機させていた馬にまたがると顎で「ついて来い」と示し、闇の森の中へと入っていった。おそらく従者だったものに向けた言葉だろうが、気にしてなんていられない。意味も分からないし。周りを見る余裕なんてなかったが、あまりにも静かな森の中に恐怖はさらに膨らんでいく。しかし行きたくないという思いとは裏腹に、足はゴールズジーザから離れまいと必死になっているような速度で彼の背中を追いかけ始めた。


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