162 気づく、そして選ぶ【時を遡り】
時を遡り、時代を超えた。これが本当なのかジュリアン自身に確かめるすべはない。すべては他者から聞いたことで、かといってそれが嘘だとも思えない。
そんな考えもはさみながら話し終えると、夏樹はその場に頭を抱えて蹲った。
『同じ世界に居るだろうという、良く分からない確信はあった。同じ場所で不思議な力によって引き寄せられたのだから、疑うことなくその力に身を任せれば冬威たちにつながると思ってしまった。なのに…同じ世界には来ているのに…まさか時代が違うなんて…』
過去に居るという事は、このまま時間が過ぎて行けば未来に彼と出会えるだろう。しかし、少なく考えても飛んできた冬威達の居る時代が、今夏輝がいる時代からだいたいの人の一生である100年後の世界だなんて思えない。未来で図書館などを利用しても簡単に出てこなかった国柄の違いという情報が、それそ証明している気がした。100年前なんて長寿の種族が居るこの世界ではほんの少し前の話だ。その程度の時間の経過ではもっと種族間に確執があるだろうし、いくら魔法が使えるとは言えデンタティタル国があれほどまでにオープンに学生を受け入れるとは思えないからだ。
かける言葉をなくしたジュリアンが声をかける代わりにそっと夏輝に触れようと手を伸ばすと、その手に縋りつくように夏輝が両手で握った。突然で驚いたが振りほどくことはしない。安心させるかのように少し力を入れて握り返せば、夏樹は情けなく眉を寄せて表情をゆがめている顔を上げてまっすぐにジュリアンを見た。
『ジュリアン、君は日本人を前世に持つ魂だと言っていたね』
『そうだね。だいぶ前の記憶に、日本で過ごしたことも覚えているよ』
『日本…人…』
ジュリアンの言葉に精神的に参ってしまったようだ。そこに存在があることを確かめる様にジュリアンの手をしがみつくようにして握り、そして今度は夏輝がぽつりぽつりと自分の事を話し出す。帰宅途中に突然現れた魔法陣のような物によって、最初に冬威と春香、そして呆然と立ち尽くしていた夏輝が2回目の光によってこちらの世界に来てしまったという事。
『その魔法陣の模様、覚えてる?』
『…いや、何となくしか。だけど、冬威達が消えた模様よりも複雑だった気がする』
『何故そう思ったのか聞いても?』
『うーん、感覚でしかないんだけど…何となく、線が複雑に絡んでいて光が密集していたというか。冬威たちの陣は余白があった…ような。ごめん、良く分からないんだ。そう思っただけで』
『良いんだ。大丈夫、ちょっと気になっただけだから』
気持ちを吐露する間に幾分か落ち着いてきたようで、蹲った体勢からやっと立ち上がった。その後でジュリアンの手を握っていることに気づいたようにハッとした顔をして慌てて手を離すが、気にすんな、という意味を込めて軽く肩を小突いてやれば、やっと表情が緩み微笑が零れる。
『どうして僕がこちらに来たのか、時をさかのぼって君に出会ったのか。まったく分からないんだけれど、今ここにいるのだから何か理由があるのかもしれない』
『それは、また突然消えてしまうかもしれないって事?』
『どういうタイミングであれが発動したのか分からないんだ。あの腕輪、未来の世界では冬威も、彼以外の仲間も触ったことがあるんだよ?それなのにその時は何の反応も示さなかった。何か理由があるのか…それとも別の何かが関係しているのか…』
世界を渡る船に引き寄せられるらしい事はとりあえず話していない。どこまで情報を公開するか判断できず、とりあえず夏輝とかかわりがあるだろう冬威達の事だけにとどめたのだ。ただ、どういったきっかけで腕輪が発動するのかは本当にわかっていないので嘘を言っているわけでは無いのだけれど。
『ジュリアン、君と冬威達が居た時代、未来のこの世界はどんな感じだった?』
狼狽えていても仕方がないと割り切ったのか、少しでも情報を集めようと意識を切り替えたらしい。夏輝の質問には軽く頷いてから口を開いた。
『そうだね、大分相違点があるよ。まず、僕たちはデンタティタル国に滞在していた。目的は魔法を学ぶため。その時は入国管理も結構簡単に感じるほどオープンな感じだった。全国から生徒を受け入れるくらいだからね』
『今のその国はきな臭い噂ばかり聞くからな、それが本当だとしたら…少し信じられない』
『それとこの国の事についても心配がある』
『この国…ていうと、レシロックアーサ国?』
『うん。僕等がいた未来では、レシロックアーサ国は人間が優遇される国だった。獣人たちが迫害を受けて、獣人たちが独立して国を立ち上げたほどだ』
此処まで言って、夏輝も1つの可能性に気付いたようだ。ハッとしたような顔をして、口元に手を当てる。考え込むようなそぶりを見せながら眉を寄せて表情を渋いものに変えた。
『争いが起きるのか?』
『…』
『ここが戦場に、変わるのか?』
確認というよりは、確信しているような言葉だった。