159 気づく、そして選ぶ【この世界の生命は】
この世界の生命は、肉体を表す「物理適性」と精神を表す「魔力適正」2つをもって生まれてくる。生まれた時に多少ばらつきはあるが大体赤子はどちらも低めの数値で、成長していくにつれ、訓練、鍛錬、修行などを行う事によって成長していく能力だ。運動を多く行えば物理適性が、勉学に励んだり魔力の訓練を行えば魔力適正が、といった具合に。
「だけどジュリアン、君の身体には物理適性を感じなかった、逆に膨大の魔力適正を感じて、君の腕輪はその逆。物であるはずなのに物理適性に反応し、わずかに魔力も帯びていた」
「へぇ。それで?」
「精霊が顕現する時は何かアイテムを媒介として姿を維持しているらしいじゃないか。だから魔族のペニキラさんたちはそのちぐはぐな能力に気づいたんだよ」
「なるほど。…ってか、この腕輪は僕に無い物理適性持ってるのか…」
ジュリアンが突然消えて、夏輝がペニキラの屋敷にお邪魔してから約7日後。昼食時に突然立ち上がったペニキラがダッシュして向かった先に居たのがジュリアンだった。ポカンとした表情でイマイチ状況が分かっていない顔をしていたが、戻ってきてくれたことに歓喜したペニキラ達はすぐさま彼を迎える体制に入る。「部屋を用意するから待っていてくれ!」と元気な言葉を残して出て行った彼女は夏輝を世話役兼監視として置いて行き、それ以外のメンバーを引き連れて彼女自ら先頭に立って何やら支持を飛ばしている。君はお嬢様じゃなかったのだろうか?まぁ、元気があっていいですね、という感想しか出てこないけども。
「それにしてもここがペニキラ嬢の屋敷なんだね」
「アルバリエスト辺境伯だって。しかもその血筋は王家につながる由緒正しい貴族らしいよ」
「…なんでそんなことまで知ってるの?」
「ペニキラさんが「普通に接していい」っていうから今みたいな感じで話していたら、彼女の侍女…メイドさんっていうの?…に怒られたんだ。この方を誰と心得る!?みたいな感じで」
「あぁ。それでその血筋まで喋ってくれたんだね」
「うん。その後はちゃんとペニキラ様って呼んでたんだけど、彼女自身は「様なんて他人行儀な!もっと砕けて話さんか!」っていうし。もう困った困った。でもさ、そういう情報ってペロッと口にしていいものなのかな?家系に関係することとか、プライバシーっていうかさ」
「由緒ある貴族に使えるメイドや執事って、彼らもまた上位貴族である必要があるんだよ。平民に貴族のマナーなんて分からないからね」
「…あぁ、成程。で?」
「こんなすごい主についてる私って凄いのよ、みたいな見栄を張っているんじゃないかな?」
「この方は王族の血をひいている、王族に仕える私凄いってことか。虎の威を借るなんとやら、だな」
「まぁ、実際そういう家に雇われた側仕えは本当に凄いからね。下手に気を損なわせないほうが良いと思うよ?」
「マジか。俺、すでに数回怒られてるんだけど…」
はっはっは。とお互いに笑いあっていると金属を打ち鳴らすようなカンカンという高い音が鳴り響いた。何だろうと視線を回すジュリアンに対し、夏樹はバッと立ち上がってほんの数歩先の出入り口まで走った。慌てた様にドアノブをひねり、顔を外に出す。するとちょうど廊下に人物いたようだ。
「何処!?」
「森だ!」
「人数は!?」
「まだ確認できていない!」
「出るのか?」
「支持を仰げ、とりあえず…」
「お主は待機じゃ!ナツキ」
「ペニキラさん…」
切羽詰まった様子に口をはさむことなくおとなしくソファーに座っていたジュリアン。ドアにかじりついていた夏輝が数歩下がると大きく開かれて、ペニキラが入室してきた。その目はまっすぐにジュリアンに向かっていて、ツカツカと速度を緩めることなく近づき目の前に立つ。その間にジュリアンが立ち上がらなかったために彼女に見下ろされる形になったが、この時点で立ち上がっても邪魔だろうとそのままジッと視線を上げるだけにとどめた。
「人間界に顕現されて間もない精霊様に申し訳ないのじゃが、どうか力を貸してほしい」
「力を貸すって…。いったい何が起きているのですか?」
「4日ほど前ぐらいからかの?人間側がナツキを探して此方の領土に侵入しているようなのじゃ。中には送り返してやれという声も出ているが、ナツキの話を聞く以上、対魔族専用として戦闘目的でどこぞから召喚されたと思われる。下手に動いて戦力を回復させるようなことにならんともかぎらぬ」
そういえば勇者がどうのこうのって話だったかな?…冬威もそんな感じだったな。
「俺自身特に力があるとか思っていないんだけど、ペニキラさんの話だと異世界の魂ってだけでいろいろと都合が良いらしいんだ」
「うむ、ナツキには魔力が感じられんでの、魔力を抑える魔法具を使用されている中でも問題なく動けるじゃろう。その中で動けぬ魔族を屠ることも難しくはない」
「魔力適正が無い…」
やっぱり召喚された冬威と同じだ。ゆっくりと腕を組んで考え込む動作を、ペニキラと夏輝はじっと見ていた。現状が良くわからない今、手伝う義理もないのだけれど、夏輝が日本から誘拐された被害者ならば彼を守るのはやぶさかではない。
「で、力を貸すって言っても僕に何をさせるつもりなんだい?」
知らず知らずのうちに肩に力が入っていたようで、ジュリアンのその問いかけにペニキラがホッと息を吐きながら体制を僅かに崩した。
「森の中に潜伏している人間を見つけてほしいのじゃ。人間どもは何度も国境を越えて来ておる。おそらくナツキの脱走が知れたせいじゃろ」
「迷惑かけてすいません」
「なに、それで魔族に対する爆弾をこちらで確保できたのじゃから、気にする必要はない。しかし、ナツキが居ない事が発覚するまで3日間も有するとはほんに間抜けじゃの」
夏輝が逃げて3日後にそのことが発覚した。そして4日前から侵入される事件が頻繁に起きるようになった。計7日。ここでハッとした。ジュリアンが姿をくらましていた時間はそれほど長くは無かったのだ。
「…3日…そんなに時間が?」
思わずぽつりとつぶやいた言葉は、どう捉えられたのか、ペニキラは再度呆れた様に息を吐く。
「監督不行き届きどころではないぞ。それほど大切な者ならもっと大切に扱うべきじゃ。…まぁ、そのおかげで魔族の脅威は払われたがの」
「そ、そうか」
そのまま案内されるにしたがって森に近づいたジュリアンは、木々による感知能力を使って瞬く間にすべての人間を発見した。中にはこちらの領土に拠点を築こうとしている形跡すら発見してしまい、これはもう国際問題だと騒然とした空気が漂った。