015 出会い、そして別れ【ふと気が付くと】
ふと気が付くとずっと感じていた振動が止まっている。ぼけっとしながらあたりを見渡すがなんだか薄暗くてよく見えない。電気…と思って周囲を見渡して「そうだ、馬車に乗っていたんだ」と現状を思い出す。
冬威は「到着したのか?」と思いながら隣にいたはずの春香を起こそうとしてハッとした。ガタガタと揺れる馬車はクッションもなく、木の座席は最初はよかったが次第に腰に響いてきた。2人して体勢を変えたりして耐えていたが、今自分はとても柔らかいものを枕にしている。暖かく柔らかいもの。パッと見視線の先には誰もいない。ということは…恐る恐る視線を上げると、やはりというかしまったというか、きれいな顔で眠り込んでいる春香が居た。
冬威は春香に膝枕をしてもらっていたのだ。ただ、寝入るときは普通に座っていたはずだから、寝た後倒れたか春香が倒してくれたか…と淡い期待も少しだけ抱く。しかし余韻に浸る前に理性を全力で働かせて体をゆっくり起こすと、何事もなかったかのように春香の肩に手を置いた。
「春香、起きろよ」
「んん…」
寝起きということもあり、とても喉が渇いている。昼食はもらったがパン1つと水1杯程度、透明度の低い窓ガラスの外を見てもわかる通り、もう夕食の時間にはなっているだろう。声をかけて何か貰おうと思っていると、春香がゆっくりと顔を上げた。
「あれ?冬威…あれ。ここ狭…ふあぁ~、何?着いたの??」
「いや、よくわかんない。俺も今起きたばかりなんだ。ちょっと待ってろ、今外の人に聞いて…あれ?馬車ってどうやって開けんの?」
ここで初めて内側から馬車が開けられないということに気づいた。
2人は車を知っているために、走行中の車内から飛び出すなんて危ない事は考えない。こういう扉は内側からも開く事が当然で、外から他人に閉められたとしても気にしなかったのは開く必要性を感じなかったというのもある。
しかし今。出ようと思っても出られないということに気づいて軽くパニックに陥った。
「え?ドアノブ的なもの無いの?」
「な、ない。っていうか、暗くてよくわかんない」
「もっとよく探して!ほら、ドアノブと違って飛び出したりしてないかもしれないし」
「そ、そうだよな。ちょっと待ってろ…。…やっぱ分かんねぇ!春香、そっちには何かないか?レバー的なもの」
「こっち!?あぁ、そっか!よく天井からのロープ引くと床がパカッて開くようなギミックが…」
ガサゴソと車内を捜索してみるが、特に怪しいものは見当たらない。どういうことだと思っていると、突然ギシリと馬車が揺れた。なんだ!?と思っていると、馬車の進行方向に当たる天井部分に何かが乗った気配がする。馬車に乗ってすぐはよくわからなかったが短いとはいえ1日お世話になったのだ、その部分に御者が乗るのだということは理解している。とりあえず外に人が居ることにホッとして、春香は壁を叩きながら声を上げた。
「すいません!ちょっと外に出たいんですけど」
「…」
「…聞こえなかったかな?すいません!聞こえてますか??」
『*****?*****!』
「…なんていった?冬威、聞こえた?」
「聞こえたけど…分からなかった。…すいません!もう一回行ってください!ワンモア?…あ、スローリープリーズ!!」
やっと帰ってきた反応だったが、その声は2人の耳にただの音として届き、意味を理解できなかった。それは出発前にゴールズジーザの儀式で聞いた呪文のようでもあり、魔法でも使ったのか?とも思ったがおそらく言葉…なのだろう。なんといったのかわからなかったがおそらく返事を返してくれたはずだ。しかし、知らない国の知らない言葉だと分かっただけで、意味はまったく分からなかった。とりあえず冬威がもう一度と声を上げるが、なぜか不安の感じる笑い声をあげた御者は再び馬車を動かし始める。
「どうなってるの?」
「わかんない。もしかしてこれってこの国の言葉…的な?」
「じゃあなんでお城では普通にお姫様と喋れたのよ!?」
「わからないよ!でも…今思い返してみると、姫様の周りの人としか会話してないよね。…何かあったのかも。術者の特権的な…」
「気づかなかったわ…どうしよう!」
「どうしようって、とりあえず開けてもらえないと出られないんだし、おとなしくしてるしか無いんじゃないの?」
「なんでそんな冷静な訳!?早く何とかしないと!」
「何とか?…なんで?」
「もう!冬威は姫様が美人だからって危機感なさすぎ!もし本当に家に帰してくれるなら、言葉の事だって教えてくれたはずでしょ!?「不便だと思うけど少しだけだから心配しないで」的なさぁ。言わなかったってことは言わなくてもよかったってことで、用が済んだら処分されちゃうかもしれないじゃない!」
「ま、まさかそんな…だって姫様は…」
「あぁ、もう!」
少しばかり感じた違和感はじわじわと広がり、首をかしげる程度で済んでいた不安はどんどん増していく。冬威は春香の言葉を数回脳内で繰り返し、焦ったように扉をたたいた。
「ちょっと出して!だれか助けて!!」
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結論から言うと、鞍を外さなくてよかった。
どうせやってきた人みんなの馬の世話をすることになるのなら、纏めてやった方が効率が良いと場所を移動させて水を与えただけで再び戻ってきた時に、すぐに偵察に出ると言われたからだ。もう夜になるしエンリケが宿の方に向かって走っていったので普通に一泊するものだと思っていたから鞍を外すべきか尋ねなかったのだけれど、下手におせっかい焼いて彼らの出発を後らせるところだった。
危ない。
目的地であるアンドラの町は魔物が居ることが確認しなくてもわかっているので、被害状況の把握をするためにここから近い隣の村や町を目指してエンリケが結成した小部隊は馬を駆けていった。馬の数も足りず、下っ端兵のジュリアンはとりあえずホーロウグに残り唯一の兵士としてこの場所を守れと名を受けた。
…まぁ、戦力にはならないだろうから心配してエンリケが残してくれたのかもしれないけれど。
「別に彼のせいではないのだけれど…やっぱり初めての部隊が全滅しかけたことが堪えているのかな?」
肉体年齢は彼より下であるが、数多の世界を飛んできたジュリアン(八月一日)は普通に数えたら3桁に届きそうな月日を生きている。若いころの失敗という苦痛も乗り越えて、成長してほしいなんて年寄りみたいなことを考えつつ、小さくても魔物がこの町に侵入していないかガサガサと草が生える裏道をわざと選んで外を移動していたが、そういえば馬車は放置したままだったはずだ。御者が馬の世話をするからと言われてあわただしく再出発の準備をしていた自分は「わかりました」と返してすぐにその場を離れてしまった。
「たぶん勇者様はお休みになっているでしょうから、馬はもう休んでいるかな?もっと早く気づいていたら俺…じゃなくて僕も偵察に行けたかもしれないな。とりあえず馬車のメンテナンスでも…あれ?」
馬は念いりにケアしてあげて、車輪には油をさして、なんて考えていたが、顔を上げた視線の先に放置したままの状態で馬車が止まっていた。道をふさぐように置かれているが、今の魔物の襲撃の危機という現状のおかげで人が外出を控えているため誰の通行の妨げにもならず、珍しい立派な馬車だが見に来る人も1人もいない。
「もしかして移動させるの面倒だからこのまま放置することにしたのかな?それでも馬はちゃんとケアしないと…」
少しばかり考えるために立ち止まってから近づこうとした時だった。放置していた馬車にヒョイと御者が乗る。なんだ、放置しているわけじゃなかったのか。黒い服だったから何処に居たのかわからなかった。移動させるみたいだし、ここは彼に任せよう。そう思ってとりあえず移動の邪魔をしないように少しばかり下がる。
「・・・・・・!」
「うるせなぁ?あと少しだよ!」
「・・・?・・・・!」
御者はジュリアンには気づいていないようだ。こちらに視線は向かない。それよりも、彼がいきなり言葉を発したことに少し驚いた。勇者様は休まれているはず。それなのに馬車の中にだれかいるのか?
…それは勇者様を乗せていた馬車ではないのだろうか。
無意識に警戒を覚えて突っ立っていた状態から、ばれないようにと身をかがめ、隠す。カポカポとゆっくり動き出した馬車は目の前をゆっくり通り過ぎていった。
その時だった。
『ちょっと出して!だれか助けて!!』
「!?」
青年の声だ。焦ったような声色で中の壁を叩いているのだろう、バンバンという音も聞こえる。しかしそれよりも、彼が発した言語のほうが衝撃だった。
「…日本語?…彼は、日本人?…なのか?」
いや、この世界が地球ではないということは魔法があるという時点でわかっている。ならばどういうことなのか。衝撃で固まったジュリアンは馬車が完全に通過してからやっと、顔を上げた。