156 騎士、そして姫【今我らが居るのは】
「今我らが居るのはレシロックアーサ国の最西端の辺境、ファルザバレーじゃ。おぬしらが居た川を挟んで隣は隣国グルエルじゃ。そして森を抜けていくと高い山がそびえておってな…今この場所からでは周りの木々乗せが高いから目視は難しいが、我の屋敷に戻ってからその姿を見ることも出来よう…その山がもう1つの国境となっておる。分かりやすく…そうじゃな、ちょいと立ち止まってもらえぬか?」
そう言ってペニキラは足を止めて適当に転がっている棒を拾った。そして植物が生えていないあたりを選んで足でザリザリと地面を均して綺麗にすると、そこを棒で掻いて模様を描いて行った。
●|×|▲
「見ておくれ。この▲のマークがレシロックアーサ。今我らが居る所じゃな。縦線が国境で×がグルエル国。そしてもう一度国境を挟んで、●がデンタティタル国じゃ」
「あ、デンタティタル…つまり1つ国をはさんだところに飛んできちゃったって事か…」
「ん?何か気になる事でもあったかの?」
「いや、良いんだ。話を続けて」
冬威たちと到達したのはデンタティタル国の学園都市、ドルァルエクス。そこから何らかの力が働いて転送されたと考えられる。だが、自分の現在地が分かれば帰る事も難しそうではないと感じた。最悪1人なら不眠不休で森の中を歩くことだってできるのだ。
現在地把握にホッと安堵の息を漏らしてしまったジュリアンにペニキラが小首をかしげるが、とりあえずは彼女の話を聞いて必要な情報を集めるべきだろうと中断させずに先を促した。それを受けて彼女はジュリアンを見ていた視線を手元に戻した。
「うむ。これほどまでに国境が密接することなど珍しいのだが、此処は自然の地形を利用しておる為歪なラインとなってしまっておるのじゃ」
「隣のグルエル国は悪いうわさをあまり聞かないって言っていたよね?」
「ナツキ…であったか?そうじゃの。民が流れてくるほどの悪政を行っているという噂は聞いておらんな。我の領地もグルエル国と接しておる。まぁ、こちらもグルエルも辺境地のためここが戦場になる可能性は低いが、国境が近いという事はそれだけ警戒しなくてはならぬという事じゃ。放って居る隠密部隊からもそういう情報は来ておらぬ」
「ならば俺は何処から来たというの?召喚された時に「魔王討伐」とか「魔族に抵抗する」なんてことを言われたけど…」
「おそらく、の話じゃが、おぬしらはデンタティタル国からやってきた可能性が高いのぉ」
「ふむ…」
話を聞きながら、ジュリアンは腕を組んだ。ペニキラの話を信じるならば、隣国グルエルは比較的平和で勇者召喚のような儀式を行うようなことはしない。そして夏輝の体験談を信じるならば、対魔族ように召喚されて、色々根回しをされていたらしい。だが、自分の目で見てきたデンタティタルの学園都市ドルァルエクスは人間も獣人もそれなりに居る場所だった。戦争なんて話も聞かなかったし、軍関係よりは学業に力を入れているような印象を受けたのだけれど、外の国から見るとまた違うのだろうか。肝心な部分が見えない気がする。すっきりしないこの感じ、モヤモヤしてイライラする。
「とりあえず、我の屋敷に招待しよう。…あ、身の安全を心配しておられるか?我の口約束だけでは信じられぬかもしれぬが、決して害することはしない。もし何かあったら、我の命を差し出そう」
「いえ、そこまでしなくても…」
「いや、精霊様の存在は貴重どころではない。もはや物語、おとぎ話の勢いでその存在を確認されていなかったのじゃ」
「ジュリアン、そんなレアな存在だったのか…」
「何度も言っているけど、僕は人間だからね?」
ならどうして一目見て精霊だと思ったのだろう?この腕輪にしても、類似品を作るのは簡単だと思うのだけれど。ジュリアンには分からない次元で何かを判断しているのだろうか。駄目元でもう一度自分は人間であると主張しておいたが、はやり効果は無い様だ。
「それよりも、ぼくはファルザカルラ国のドルァルエクスを知っているんだけれど、そこまで攻撃的な雰囲気は感じない国風だったよ?」
「なぬ!?ドルァルエクスとは、王都ドルァルエクスか?」
「…ん?おうと?」
「あぁ、すまなんだ。人間が決めた言葉を使うのは分かりにくかったか。ファルザカルラ国のドルァルエクスといえば魔法を専門に研究する機関が集まっていると聞く。そしてそこで得たデータを貴族に回して魔力の高い兵士を育てる事に現王が力を注いでいるはずじゃ」
「…確かに、魔法を学びつつ剣も扱う存在を育てる機関もあったけれど…」
「知っておるのか。そちらの方まで覗いてきたとは、さすがは精霊様。我らの密偵も、王都は監視が厳しくて簡単に侵入できないのだ」
「え?…そうなの?」
普通に旅人としてスルッと入った気がするけれど…門番にチェックはされたけどそこまで厳しい印象は受けなかったし…と、此処でフッと思いだした。ペニキラ、彼女は自分を「魔族」といった。そして自分が居る国を「レシロックアーサ」と紹介した。だが、人樹デルタに簡単に聞いた国風では、レシロックアーサは人間を優遇する国ではなかっただろうか?そのために迫害を受けた獣人が「アカアカ」という国を独立させた…はず。
おかしい。
なんだか根本的な部分で話がかみ合っていない気がする。それとも最初から騙されていたのか?
膨らむ疑問を抱えながらも、現段階では確かめるすべがない。何が起きても対処できるように警戒をしながらも、屋敷へと先導するペニキラの後について行った。