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153 一度見送った彼もまた…

それは突然だった。

いつも通り部活を終えて、いつもと同じ道をいつもと同じメンバーで歩いていた。今日も頑張ったな。練習も張り切ったしは疲れたな。夕飯は何かな。明日も勝てるかな。そんなどうでも良い事を考えていたと思う。

それなのに、その日、その瞬間はいつもと違った。


なんだか少し、静かだね。


静寂に気付いたのは親友、冬威。そして俺もそういわれて耳を澄ませ、そう思った時だろうか。彼の足元に出現した謎の陣。あんなの、自分が通ったときには気づかなかったぞ?


春香と冬威のいつも通りなバカ騒ぎに笑みをこぼしてしまう。冬威は高校に入ってから少し距離を感じるような付き合いになってしまったが、その理由が俺と春香が付き合っていると勘違いしているからだという事を知っている。春香に言われてその勘違いを訂正していないのは「自分の魅力で、いつか告白させる」と言われたからだ。だけど、元気はつらつで誰に対しても優しい春香は思っていた以上に人気がある。そのせいで「あれ?もしかして俺に気がある?」なんて勘違いする男子が後を絶たないのだ。

それを間近で見ていた冬威に告白させるというのは少しばかり難易度が高いと思うのだが…いや、2人が良いならそれでいいか。冬威に女性のカゲが全くないから、春香の頑張りしだいで2人が付き合い始めるのも時間の問題だと思う。もしこれの立場が逆だったら、素直に「諦めたほうが良いかもしれない」と助言していたはずだ。…まぁ、お互いにお互いが好きだから、そんな事言う必要はやはりどっちにしろ必要無いのかもしれないけど。

幼いころからの付き合いというわけでは無いのに、どういうわけかピッタリと波長が合ったようで、俺たち3人は仲がいい。いつもと同じやり取りに意味もなく楽しさがこみあげてきて、頬が緩むのが分かった。


…この時点でもっと警戒していたら、未来は変わったかもしれない。でもその時の俺は、くだらない考えに熱中していたから、おそらくあったはずの落書きをきっと見過ごしたんだろう。そう軽く考えてしまった。


目もくらむような光が突然あたりを包み込む。光のせいで影が消え、自分が目を閉じているのか開いているのかも一瞬判断が出来なかった。白い闇とはまさにこの事。しかし、視界は完全につぶれておらず、足元のラインが光っている事に気づく。


「うわっ!?」

「いきなり光って…」

「足元だ!とりあえずこの落書きの外へ…」


唐突の光に反射的にとっさに動いた足は、1人だけ陣の外へ逃げることに成功してしまった。収束していく光の中に吸い込まれるように、2人が消えてく。そしてそれが、この世界で2人を見た最後だった。


「…え?」


そして再び、うるさい程の蝉の声が戻ってくる。先ほどまで騒いでいた2人は目の前から消えて、書かれていた陣もなくなっていた。いったいなんだ?何が起こった。夢か?幻か?だとしたらいったい何処から自分は現実を見ていなかったのか。


「…冬威?…春香?」


2人の事だ、ドッキリとか仕掛けていても不思議ではない。そう考えてキョロキョロとあたりを見渡すが、それらしい人物どころか人影すら見えなかった。


どうしよう。どうすればいい?

探しに行きたい。今すぐにでも。でも、何処を探しに行けばいいんだろう?どこにいるんだ。どうして消えてしまったんだ。こんな状態で日常に戻ってしまったら、学校に行っても部活に出ても2人を探して心はふわふわと落ち着かない。心が此処にないってこういう事なんだろう。当然、2人の失踪はすぐに問題になるに違いない。警察に話を聞かれたら、信じてくれないだろうと思っていても、俺は正直に見たことを話すだろう。

陣が書かれていた場所で突っ立って、パニックになりながらも今後の事を考え始めた自分に気付いて顔をしかめた。まだ、いなくなってしまったと決まったわけじゃない。まずは2人の家に確認をして…


と、考えていた時。再び足元が鈍く光り始めた。

慌ててそれを確認すれば、ぼんやりと、だが次第にしっかりと円を描いていくそれは先ほどの陣に似ている。しかし、よくよく見れば少し複雑そうな模様が多いようにも感じるけれど、そんなことは問題では無い。ここに立っていれば、2人の後を追いかけることが出来るに違いない。確証もないのに漠然とそう思って、斜めにかけた鞄のベルトを両手で握りしめながら陣が広がっていく様子をじっと見ていた。



**********


サクサクと、小さな音を立てながらも周囲を警戒しながら森の中を歩いていく。びょんぴょんと跳ねるくすんだ金髪は動物の尻尾のようにも見えた。夏輝には感じ取れない『水の気配』とやらを目指して歩いていたが、半分信じていなかった。変な行動をとったらすぐに逃げられるように、彼に先導を任せたのだが、遠くかすかに水の音が聞こえ始めて考えを変える。彼は夏輝が望むことをさせてくれた。


彼は初対面の夏輝の事を知らなかった。まぁ、普通初対面なら知らなくて当たり前なのだけど、この世界に来た時、夏輝は変に名前と顔が知れ渡ってしまったのだ。


“異国から来た勇者”


光の陣に飲み込まれた葉良かったけれど、その後、見知らぬ世界に放り出されて途方に暮れ、いったいなんだと思っていた時に言われた言葉だ。勇者?なんで俺がそんな仕事をしなくちゃいけないんだ。2人に会えると思ったのに、移動した先では訳も分からないうちに祭り上げられて不信感が募るばかり。部屋を出る際にも見張りという護衛が付き、何をするにも許可が必要。こっそり出ようと思っても、夏樹の事を大勢の人間が知っていて、隠れる場所すらない。大勢の監視のなか、お披露目だか挨拶周りだかわからないが、監視が強い中心部を離れたそんな時に脱走を企てた時に出発ったのが彼だ。


目の前を歩く小さな背中は、冬威と同じくらいの身長だ。年齢も同じくらいだろう。周囲の対応のせいで誰も信じられなくなってきたタイミングで現れた彼。

…信じてみても大丈夫だろうか?これで裏切られたら、今度こそこの世の人間を嫌ってやる。


まずは改めて感謝をして、それから未来の話をしよう。

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