152 再び、そして出会い【少しだけ考える】
少しだけ考える。目の前の彼は、想像通りなら冬威と同じ場所から来た、ジュリアンとも同郷の日本人だ。だが、本当にそうなのだろうか。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。長い転生生活で人を素直に信じる心が廃れたジュリアンは、何か些細なきっかけでも冬威に関する事を話す、もしくは日本の事を聞くなどした時に、「自分はトーイという名前の日本人を知っている」という事を夏輝に話すことに決めた。黙っていてもデメリットはないが(メリットも無いけれど)、後で話題に出たりしたときに『どうして言ってくれなかったんだ』といわれた際の面倒を考えた結果である。ただそれを今すぐ口にするには、森の中は安全ではない。先にどこか移動をした方が良いだろう。
「君はある程度、戦えるとみて問題ないね?」
ジュリアンは装備していたナイフを抜いて、右手に構えた。その動作を見て夏輝も周囲を警戒するように身構えながら、少しだけ距離を縮めてくる。その間も視線は周囲を探るようにあちらこちらを見ていた。
「自衛くらいはできるけど、俺の戦闘能力は全然ダメだぞ」
「…そうなのかい?」
プレタを倒したくらいで「俺最強」なんて言ってたらぶん殴る勢いで否定するけど、グリーンボアをなんとかできる時点で戦闘初心者からは抜けているはずだ。だが、先ほど目撃していたにも関わらずに声をかけずに見逃してた、というより見捨てたという事実を隠すために、ジュリアンは知らないふりをしてわずかに首を傾げた。そして見て確認できる範囲の事実を口にしてみる。
「森の中で、そんな軽装で歩けるなんて、相当の手練れかと思ったんだけれど」
実際、地球で山登りをするだけだってそれなりの荷物になるのだ。そのうえ地球よりも危険な生物がわんさか存在しているこの土地で、普通に森を散歩するだけだって命の危険にさらされかねない。武器を持つのは当然だし、帰ってこない人を探しに行くなんてこともしない。帰ってこない、イコール死んでしまったという方程式が成り立ってしまう世界だからだ。
そんなセリフを受けて、夏樹は再度自分の恰好を見下ろした。学生服に布を纏っただけの服装。荷物は無く、よくよく見れば武器すら持っていなかった。もしこれで「散歩していたんです」という発言が出てきたら、本当に手練れでなければ生きていられないのだ。この状態で先ほどのプレタとグリーンボアの遭遇から逃げてきたなら、少なくともそれなりの力があると判断したのだけれど。
「俺の荷物は没収されちゃったんだ」
「没収?」
「…あ、俺が本当に持っていた荷物の事なんだけど…って言っても分からないかな。武器は移動の際に帯剣することを許可されるんだけど、それ以外だと強制的に丸腰にされちゃって」
「…まさか、そんな…」
「よくわからないけど、俺が怖いみたいだった。…なんでだろう?普通の高校生なのになぁ…」
最後の一文は本当に不思議そうにつぶやいた言葉だった。聞かせる気は無かったようで声量も小さかったが、ジュリアンの耳にはしっかりと届く。そうか。高校生か。これは日本人で決定かな。
はやり彼が日本人で、冬威のように召喚されて、何かに使われようとしていると考えるなら今彼が森の中を1人で逃げている事にも一応の理由はつけられるけれど。
アナザーワールドに収納していた物で武器になるようなものがあっただろうか。包丁代わりのナイフはあいにくこれ1本しか用意が無いが、完全に丸腰というのもいささか不安だ。
「というか、そういうなら君だって丸腰というか、荷物何も持っていないじゃないか。…まさか、お前俺を追って来た…」
「ち、違うよ!…でも敵ではないという事を証明する事はできない。何がその証となるのか分からないし。とりあえず、君は何処を目指して森を進んでいたの?あまり長く同じ場所に滞在出来るほど、この森は安全ではないみたいだよ」
ジュリアンの荷物に関する指摘を受けて、夏輝も目の前のジュリアンを観察したようだ。確かに山登りするだけでも装備が必要だという事を思い出したらしい夏輝は、とたんに不審の色を濃くした視線を向けてきた。しかし、今はそんなことを言い合っている場合ではないとジュリアンが否定すれば、耳を澄ませるように口をつぐんで視線を左右にゆっくりと振る。
遠くで犬が唸るような声が聞こえる気がする。それが犬なのか、はたまたプレタのうめき声なのか、それとも別の脅威なのかは分からない。夏輝はすぐに拘束しようと動かないジュリアンをとりあえず信じることにした様だ。適当に木の枝をボキリと折ると、余分な枝を落として、それをブンブンと振り回す。数度振って具合を確かめた夏輝は、視線を即席のこん棒に落としながら口を開いた。
「っち、何もないよりはマシだよな。わがまま言うならもう少しグリップが…まぁいいか。俺は、この森の中を流れる唯一の川を目指していた。その川を下っていくと、隣の国に入れるらしいんだ」
「隣国?…この周囲には村や町などの人が集まる場所は無いって事?」
「いいや、あるけど行きたくないって事」
「…なるほどね、分かったよ」
正直に言い切った夏輝に向かって一度頷いてみせ、ジュリアンは先導するように夏輝の前に出た。
「川、だね。水の気配が確かに漂っている。あっちだよ」
「…え?水の気配?」
「良いからついてきて。詳しい話は後だ」
「わ、分かった」
少し歩いてから、肩越しに振り返って夏輝がついてくるかを確認したジュリアンは足を止めないままで「そういえば」と切り出した。
「ぼくの名前はジュリアン。愛称はジュンだよ。よろしくね」