151 再び、そして出会い【小さな声での疑問だった】
小さな声での疑問だったが、ジュリアンの声は目の前の人の耳にしっかり届いて居た様だ。少しだけ視線を伏せてから、ギュッと眉を寄せて渋い表情を作る。話していいのか悪いのか、信じていいのか悪いのか、判断できないのだろう。
無理に聞き出そうとは思っていないが、彼が自分を信じるか、自分が彼を信用するかは今の段階では判断できない。特に促したり遮ったりすることなく、ジュリアンは彼の反応をただ待っていた。
それでもなかなか先を口に出さない彼にしびれを切らして、とりあえず差し障りのない話題を振ってみることにする。もしかして、という疑問を解消できるかもしれない言葉を探して、何気ないしぐさで口を開いた。
「…それにしても、あまり見ない服装な気がするけれど。それが今は流行りなのかな?」
そういわれて視線を自分の服に落とした彼は、軽く両腕を広げてからその大部分を隠している外套の前を開いた。てっきりフード付きのローブの様なロングコートの様なものだと思っていたのだけれど、ただの布を纏っていただけのようだ。身体に縛るように力をいれていた部分を緩めるだけで、簡単に外して見せる。そして自分自身も恰好を見直すかのようにマジマジと服装を見下ろした。
「そうなのか?…悪い、流行には疎くて。でも確かに、こんな格好してる人はあまり見なかったけど…目立つかな?」
目立つか?と聞かれたら目立つだろうとは思うけれど、それは服装が珍しいというより、こういうキッチリした服装は貴族に見られて夜盗などに襲われる的になるだろうという意味で『目立つ』だろうと考える。服の形自体はそれほどおかしくはない。色味も落ち着いていて、いやらしくない。ただ、このまま外を出歩くなら敵を討てるほどの実力があるか、もしくは護衛が必要だろうと感じる。
まぁ、あの遭遇しただろう魔物たちを蹴散らしてここに倒れていたのなら、実力という点では問題ないのかもしれないけれど。それよりも、何となく懐かしい気がするのはこのデザインが地球の服装を連想させるからだろうか。特に靴、ローファーの様なものが。
しみじみとしてしまうが、今はそれは置いておくこととして。客観的に見た時の服に関する感想を述べた。良いカモに見える、という点だ。
「貴族にみえる?…そうなのか?もともと持っていた俺自身の服を着てきただけなのだが、そういった危険もあるのか…」
「君は階級的に言うと貴族、ではないの?」
「俺は…どちらかというと平民だろうなぁ…」
「どちらかと言うと、というと?」
「俺、生まれてから自分がどんな地位に居るかなんて意識したこと無かったんだよ。金持ちってほど金銭的に余裕があったか?と言われると分からないけれど、日々を過ごすのに辛いと感じたことは無いくらいには貯えがあったと思うし、平民で問題ないだろうけれど…うーんなんて言ったらいいのかな?」
いや、分かります。
現代日本から来たのだとしたら、そういう感想を持つことは不思議ではない。でも、いや、まだだ。なんとなく服装が見慣れている気がするというだけの曖昧な情報しかないのだ。決定的な何かが出てからこちらの情報を流すかどうか考えて…と思っていたジュリアンだったが、何か情報は無いかと観察してしまっていた彼の服装について唐突に思い出した。
「…あ」
「あ?」
厚い生地の黒に近い茶色のジャケット。白いワイシャツ自体は此方でも珍しくは無い。だが、オシャレに見えるチェックのズボンや、きれいな光沢を保つローファーは此方の技術では難しい。そしてなにより、ジュリアンは自分自身がこれと似たような服装を見たことあ有ることに気づいたのだ。
それはいつだったか。初めて日本からの旅人と遭遇したときだ。
日本語につられて彼を助けた。冬威が持っていた服、学校の制服がこんな感じのデザインだったはず。実際に着ているところは見ていない。初めて出会ったとき、すでに彼は服を変えていたのだ。此方に召還されて着替えをもらったといっていた。だから、こんな制服なんだよ。とたたまれているのを見せてもらっただけ。そしてそれは、ジュリアンのアナザーワールドにおかれていた。確認しに行くか?行くとしても今はだめだ。
改めて現状を確認する。冬威が持っていた学生服と似たデザインの服。ぱっと見た感じだと年齢は10代後半の青年だ。此方の世界の言葉を話していた点については問題ない。冬威も一度言葉がわかるようになった後は普通に此方の言語を理解し、しゃべっていた。文字は理解できていないようだが。
すっとあごに手を当てて、視線を下げて考え込んだジュリアンは、微動だにせずにしばらく立ち尽くした後で質問を投げかけた。
『此処がなんて名前の森なのか、知っていますか?』
少しだけ警戒しながら、ジュリアンは日本語を使った。もしも本当に此方の世界の存在であれば、意味不明なことを口にしたとしか認識されないはずだ。しかし
『えっと、何て言っていたかな。俺が部外者のせいか話し合いには参加させてもらえていなくて、いまいち地理を把握していないんだ。申し訳ない』
彼は普通に返事を返した。ジュリアンが別の世界の言葉である日本語を使ったことすら気づいていないような違和感の無さで質問に対して返事を返す。
あぁ、これもまた冬威と同じだ。彼も耳が言葉を聞き取ると、なんらかの不思議な力を発揮して聞き取った言葉と同じ言語を口から出していた。ジュリアンが意図的に日本語を使えば、ごくごく自然に日本語での会話になる。そしてそのことを冬威自身が自覚していない。
これは日本からの客人という線が濃厚になってきたぞ。何でこんなにホイホイと日本人が世界を渡っちゃってるんだ?と疑問を感じて首を傾げれば、それをどういう風に捕らえたのか目の前の人が少しだけあわてた様子を見せた。
『助けてくれってこちらが言うばかりで、君の事何にも考えてなかった。ごめん。俺の名前は夏輝、ちょっと遠いところからやってきたんだ。君の名前を聞かせてくれる?』
初対面でも警戒が無いのもまさに平和ボケした日本人の特徴だ。はぁ、と息を吐きかけて、ん?と動きが止まった。
「ナツキ?」
…あれ?
何だかとっても聞き覚えが…そうだ。確か、冬威の友達でそんな名前の少年が居たような…
「うん。そう、夏輝だ。何?俺の名前、女っぽいって?良く言われる…って、こっちの世界では一度も言われたこと無いけど…」
いったいなぜ?どういう事?なんでこんな場所に?ってかここ何処?
すました顔をしながら全力で混乱しているジュリアンに対して、夏輝は照れたように後頭部を掻きながらずれた返答を返していた。