149 再び、そして出会い【足元の陣を】
足元の陣を記憶している途中で、アナザーワールドの存在を思い出したジュリアンはさっそく紙とペンを持ってきて書き写した。これなら記憶だけに頼るよりは確実だ。そしてついでにアナザーワールドの部屋に置いておいた果物ナイフを皮の鞘に納めて護身用としてベルトの間に差し込んで、再び周囲を探索する。
最近は一本道が続く草原移動だったこともあり、すっかり使用頻度が落ちた植物を媒介に使った自身の能力での探索の手も広げてみれば、少しだけ離れた場所に集落らしいものがある事に気付いた。
「人が居ない森の中、というわけでは無いようだけど。いったい誰が何の目的でこんなことをしたんだろう?捕まえるためか、逃がすためか。…うかつに人前に姿を現して大丈夫なんだろうか」
暫く飛ばされた場所で立っていたが誰かが迎えに来てくれることもなく、周囲を探してみても近くには人が居そうな気配はない。本当に何がしたかったんだろう?と考えながら見つけた集落のような熱源の集まりの方に進んでいった。その際あちこちに生えている薬草を採取することも忘れない。今はチームのメンバーが居ないのだ。戦闘になったら少し心配だし、回復アイテムは多いに越したことは無い。
暫く歩いて近づいてみた集落は、丸太を打ち込んで出来た壁にぐるりと囲まれていた。中にどのような住居があるのか分からないが、丸太で囲って守っていることから外敵がこの森に存在するのだろう事がうかがえる。その様子を少し離れた木の幹に姿を隠しながら観察していたジュリアンは、一度頭をひっこめて隠れていた木の幹に背中をつけるようにして座り込んだ。
「森の中の町…村?…まぁそれはどうでも良いんだけれど。別のエルフの里かと思っていたけど、あの里と比べるとちょっと違う気がするんだよな。あそこの里は壁なんてなかったし…あ、そうか。あそこは神樹様という守りがあったから、壁を作る必要が無かったんだ」
もしもこれがエルフの里だとしたら、声をかけないほうが良い気がする。シェルキャッシュではないけれど、人間に悪い感情をい抱いているというイメージがぬぐえない。このまま突っ込んでいったところで「人間め!また仲間を浚いに来たか!」とか「あいつの仇!死にさらせ!」なんて言われて討たれても文句は言えない。
「まぁ、完全野宿じゃないし。とりあえず門番いないかなぁ?」
人間の集落なのか、それとも本当にエルフたちの集落なのか、その住人の姿を見ることが出来れば判断できるのだけど、立派な壁と閉められた門の周囲に人影は見えない。ただ、植物の探知能力ではそう遠くない場所に熱源が複数ある。下草が踏まれているその情報から、2足歩行の生物であり、どちらも足のサイズから大人の男性だろうと推測できるけれど、それだけではだめだ。
「…まぁ、どうしても集落の中に入りたいわけじゃないから別に良いけれど」
普通、人がこういった集落を目指すのは第一に飲み水や食べ物の補給、次に休める場所の確保が目当てだろう。だが、ジュリアンは食事を必要としない身体で、なおかつアナザーワールドのおかげで宿なんてなくても大丈夫だ。飛ばされてきたジュリアンは現在地の把握のためだけに人と接触したいと思っていたが、そう考えると集落よりは外に出ている冒険者に遭遇したほうが良い気がしてきた。
「この場所に集落があるという情報をチェックして、いったん離れるか」
念のため門の方を向いて何かあった時に対応できるようにしつつ、ソロリソロリと後退して離れていったジュリアンだったが、木々の間に隠れてもう目視出来なくなったあたりで門に変化があった。密集している木々を避けながら進むため手をついてたおかげで知りえた情報だが、どうやら門から誰かが出てきて周囲を伺っているようだ。その熱源は、下草を踏むその足のサイズで先ほどと同じくに2足歩行の生物であるが、門の内側に複数存在していた成人男性と思われるものよりは気持ち小さめな気がした。そのうえ、切られているが木製の門に触れる手の位置、触れる手の形と接触面積から考えて、身長は170センチ以上ある様子。これが女性だったらきっとガッチリした体格なんだろうな、と想像できるくらいの大きさがあるようだ。
「察知されてしまっただろうか」
まだ何もしていないのだ。堂々と出ていくか、こっそり様子を伺うか。
どちらがいいか考えて、隠密行動をとろうと判断し、踵を返して門に近づく。うまい具合に立ち位置を探り、あまり距離を縮めることなく木々の隙間から門を観察できる絶妙ないちに移動すると、目を細めて凝視した。それに合わせて超聴力を持つ耳が周囲の音を拾い集める。
その人影はフード付きのローブを着ていて、顔をフードで隠しているため人種の特定はできなかった。少なくとも頭部に耳があるようには見えないから、獣人ではない可能性が高い。
その人はは門の隣にある小さいドアから顔だけ除いてキョロキョロと周囲を見ていた。
『…』
無言のままで、気合を入れたのかつばを飲み込み喉を鳴らした人影は、最後に一度背後を振り返る動作をしてからドアの隙間をするりと抜けて外に出てくる。斜めかけのバックを肩から掛けて、腰には剣を下げているようだ。そのままタッと地面を蹴って近くの木の裏側に回ると、そこで一度深い息を吐き出した。まるで追いかけてくる何かを警戒しているような動きに思わず小首をかしげてしまう。いったい何をしているのだろう?
そのまま木々の間を縫って奥へと進んでいく人影はとりあえずそのまま放置して、今度は目をつぶってさらに耳を澄ませた。ジュリアンの聴力は大きな壁を乗り越えて、その内側の空気の振動をとらえ始める。
『…それにしても、楽な仕事だぜ』
『まったくだ。あいつにくっついて行くだけだろう?』
『はぁ。でもなんだか悪い気がするなぁ』
『なんだよ。罪悪感生まれちゃったのか?それは最初に言っておいただろう。俺たちの国を一番に考えるんだって』
『そうだけどさ。…あ、そろそろ時間なんじゃない?遅れるとまた機嫌が悪くなるから…』
門の側にいる存在の会話だろう。しかし内容はイマイチよくわからない。誰かにくっついて来て、楽な仕事をしている、くらいか。
「場所を移動する、という事だろうか。だとしたら、ここに住んでいるというわけでは無いのか?…エルフでは無いかもしれないな」
うむ。
では、先ほど歩き去っていった存在を追いかけて、現在位置を尋ねてみよう。この大きな門をたたくよりは、難易度が低い気がする。