014 旅立ち、そして違和感【もうすぐ日が沈む】
もうすぐ日が沈むという時間帯。夕飯にといただいたパン片手にジュリアンは病院の外の柵に寄りかかって考え事をしていた。
巡回兵として回っていたこともあり、大体この国の大きさは把握している。エンリケはそろそろ戻ってくる頃だろうかとぼんやりと。やはりどうしても、隣の国まで馬で何か月もかかるという広い土地に行ったことがある経験がこの世界のこの国はずいぶん小規模な星なのだなとも考えるが、世界によって星の大きさも生息する生物も気温だって違うのだ。些細な事だとあまり気にせず別の問題へと考えは移行していく。
「勇者、か。2~3日もあれば国中を回れるだろうほどに狭い領土だというのに、この土地で発生する問題を自分たちで解決できないなんて。あの地図を信じるならば、ほんの小さな島国の人のほうが優れた力を持っている…のだろうか。なんだか恥ずかしいなぁ」
どうせ3年ほどしかかかわらない世界なのだ。あまり詳しく掘り下げて真実を知ろうなんて思っていない。この世界に来たからにはとりあえず生きるけれど、どうしても生き抜いていたいわけではないのだから。
と目線を伏せて考え込んでいると、視界の端に黒い影が横切った。フッと反射で顔を上げると、真っ黒な雀のような小鳥が少し離れた柵の上にとまっている。
「あ。…確かクジャクって呼ばれてるんだっけ。見たまんまで漢字をあてるなら黒雀ってところかな?どうも羽を広げるきれいな羽をもつ孔雀を知っていると、変な感じだよ」
この世界の知識を脳内から引っ張ってクジャクの様子を思い出すと、地球の孔雀も思い出してしまって苦笑いを浮かべた。ただし図鑑なんて見たことがないジュリアン少年だ、周りの人間がクジャクと呼んでいただけで、正式名称もクジャクであるとは限らない。それに孔雀らしい鳥を見たことはなかったようだけれど、尾羽がきれいな鳥というのはこの世界にもいたはずだ。もしかしたらクジャクという同じ呼び名で孔雀のようなきれいな鳥もいるのかもしれない。
…今さらだけどややこしいな!
一人乗り突っ込みをしていたが、じっとこちらを見るクジャクに警戒心が薄い気がする。触れるかな、と感じて少し手を伸ばすが、それには反応してパッと飛び立った。あぁ、残念。と、全然そう思っていないような口調でつぶやくが、しばらくするとクジャクは再び同じ場所に戻ってきた。
なんだろう?何かあるのか?…と考えて、クジャクの視線が自分の手に向けられていることに気づいた。
「もしかして、パン食べたいの?」
視線の先を見てそう尋ねる。もちろん返事が来るはずがない。しかしピョンピョンと跳ねた様子が肯定しているように思えて苦笑い浮かべると、食べやすいようにと小さくちぎって柵の上においてあげた。そして置いた場所まで小鳥が近づけるようにと自分は少し離れる。するとその様子を見ていたクジャクは間をおかずにぴょんと飛びつき、小さな嘴で啄み始めた。
「お前も住処を追われてきたのか?…ごめんな、僕たちに敵を倒す力がなくて。…慌てなくても大丈夫だよ。俺は…食べられないから…」
「ワン!」
「…わん?」
一生懸命口に入れている様子に、ものを食べることが出来なくなって長いジュリアン(八月一日)はホンワカとした気持で見つつ、まるで子供に接するかのように声をかけていたところで別のほうから声がかけられてふとそちらへ視線を向けた。
声というか、その鳴き声で人ではないと判断していたけれど。向いた先、視界に飛び込んできたのはクジャクと対照的な真っ白な犬だった。スッと通った鼻筋は細く長く、青い瞳はビー玉のようで美しい。体は大きくハスキー犬サイズだろうか?オオカミのようにも見える。しかしその犬が尻尾をパタパタさせてこちらを見ている。この犬も視線は手元のパンに向けられているような気がした。
「なんだこれ?今まで食べられないどうしよう、ってパン持ってても動物が寄ってきたことなんて…なくはなかったか。鳩とか」
一瞬だけ考え込んだがどうせ自分は口にできないのだ。だったらこの世界で生きているモノの糧とするのが一番いいだろう。できることなら人間にあげたかった気もするけれど。犬のほうは体が大きいので口も大きい。クジャクのときとは違い、ぽいっとそのまま塊を投げてやれば、それを器用に口でキャッチした。
「…お前はそれだけじゃ足りないだろうね。でもごめんよ、これ以上は持ってない。それにしても、よくここまで入ってきたね。いくら森に食料が少ないからって、簡単に人里に降りて来たら魔物と間違えられてしまうよ」
返事ができない動物に向けて、だけれど声をかけてしまうのは1人でいるのがさみしいのかもしれない。案外ジュリアンは甘えただったからな、なんて苦笑いを浮かべると、その場で咀嚼していた犬が耳をピクリと動かしてからサッとその場から駆け出す。それに合わせるようにジッと犬とパンを見ていたように見えたクジャクも飛び立っていった。
もう帰る時間なのかな、なんてのんきに考えていたところへ馬の蹄の音が近づいているのが聞こえると、柵に寄りかかっていた姿勢を正してまっすぐ立ち、音の方へ体ごと顔を向けた。だんだんと近づいてくる馬、そしてその背に乗る姿には見覚えがあり、一瞬敵襲かと身構えたジュリアンはホッと息を吐き出した。
「ジュリアン!」
「副隊長、よかった無事…ですね?お早いお戻りで、安心しました」
「あまり長い旅ではないことは分かっていただろう?」
「ですが、今は魔物の発生が続いているので勇者様の都合がつかないかもしれないと考えていて」
「あぁ、そうか。運よく勇者様の都合が開いていたみたいだ。要請したらすぐに対応してくれた。…今晩この町でお休みになる、話をつけてくるから馬を頼めるか?」
「わかりました。お任せください」
サッと軽やかに馬から降りたエンリケから手綱を受け取ると、軽く頭を下げて忙しそうに走っていく背中を見送った。全力疾走してきたらしい馬の首を労うように軽くたたき、馬小屋へと連れて行こうと手綱をゆっくりと引く。すると移動するのがわかっていたらしい馬は、おとなしく指示に従って歩き出した。
「よしよし。鞍を下ろしたら水を持ってきてやるからな。お疲れさま」
ワシワシと首筋をかくと気持ちよさそうに鼻を鳴らす。その様子を見て微笑み顔を前に戻そうとして後ろに巻き上がる砂埃に気づいた。そして聞こえた車輪の音に馬車が近づいているのだと分かる。先ぶれってもう少し早めに出すものなんじゃ…なんて考えつつも、彼らはきっと勇者ご一行様なのだろうと察し、すぐ馬を受け取れるようにとまずは預かっていたエンリケの馬を少し急いで引っ張っていった。