146 理事長、そして入学【絢爛豪華というほどではないが】
絢爛豪華というほどではないが、毛足の長い赤い絨毯はふわっふわで、それの上に載っているソファーは革張りらしく程よく強めの弾力があり、進められて腰を下ろすといい具合に身体が沈んだ。前にあるテーブルも艶のある石の天板が使われており、それを覆う薄い水色のクロスはシンプルながら品のいい刺繍が入っていた。さりげなく指で触れてみるとつるつるしていて、シルクのような肌ざわりが心地いい。
「さて。良く来てくれましたね。ここは私の仕事部屋兼自宅です」
「自宅…」
仕事場が自宅って、もしかしてワーカーホリックとかなのだろうか。胸の内で心配してしまったジュリアンだが、声には出さずに頷いて見せるだけだった。弾力のあるソファーの上でお尻を使って跳ねているシロに「はしたない」と怒るシェルキャッシュと、無言ながら緩みそうになる口元を懸命に元に戻そうとしているクラック、こういう豪華な家具には慣れているのかこなれた態度で足を組むクロと「すげーすげー」と言いながらそこらへんに置いてある置物などを触ってみている冬威はそんな理事長のセリフをさらりと流していた。聞いていなかったようだ。
「で、とりあえず入学手続きをするという事で良いのですよね?」
早速本題に入ろうと、前置きも無しに本題に入った理事長のセリフに一度皆の顔を見渡した冬威が頷いた。
「そういう話だったはずだ…ですよ。神樹様が学園で魔法を学ぶべきだっていうからこっち来たんだ。手紙にも書いてあると思うんだけど…」
「先ほどの手紙にどれほどの事情を神樹様が記したのか分からないのですが、僕らの旅は急ぐものなのです。あまり長期の滞在は出来ないので、そのへんの了承もいただきたいのですが」
入学目的でここまで来たわけだし、ここで勉強するというのは確認するまでもなく決定事項だ。ただ、途中で参加したクラックや、静かに授業を受けられそうにないシロ、逆に魔法のレベルはこの中で一番高いだろうクロは必要ないかもしれないため、だれが入学して勉強するのか、入学しないメンバーはその間何をしているべきかを決めておかないといけないけれど。
神樹様とそっくりな顔の理事長のせいで、すでにこちらの事情を知っている気になってしまうが、彼とは今日が初対面。どこまで情報が与えられているのかこちらも把握しておかなくては秘密にするべき情報と話していい情報が分からない。「中見なかったの?」なんていうくらいだから、手紙を見ても良かったのかもしれない。そんな考えをグルグルとさせながらの発言であったが、そんなジュリアンに理事長は手に持っていた封筒をテーブルの上を滑らせるようにして彼の目の前に放った。
「見てごらん」
そして一言。見てみろというのだから…見ても良いのだろう。一瞬迷って伸ばしかけた腕を止めたが、すぐに動き出して目の前の封筒を手に持つ。封が切られた部分から開いて中の物を取り出す段階から隣に居た冬威も興味深々で視線をこちらに向けていた。しかし、髪を開いて中を読もうとしたときにその眼は疑問の色を濃くして、眉を寄せる。
「…?」
「なんだこれ。悪戯?」
意味を理解しようとしたジュリアンは一瞬頭が真っ白になって動きが止まり、隣に座っていた冬威が中の物に手を伸ばした。封筒に入っていた紙を広げるとそこに挟まれていたのは数枚の葉。
紙には文字などが書かれている様子もなく、本当に押し花のように紙に葉が挟まれていただけだったのだ。
「ぼ、僕たちは手紙をすり替えたりなんてしていませんよ!?」
「分かっているよ」
ハッとしてすり替えの可能性に思い至ったジュリアンが慌てて弁解すれば、理事長は軽く手を振って分かっていると頷いた。
「私たちの種族がなんであるか、忘れていないでしょう?」
「種族…神樹?」
「正確には人樹に近い存在です」
「でも、人樹は長い年月をかけて人化するから年寄りな見た目が多いって…」
「多いってだけですよ。さすがに子供のような容姿の人樹は居ないようですが、20台前後の姿を維持する人樹はチラホラいます。現にほら、私だって」
そう言って軽く両手を広げた理事長。確かに、ファルザカルラ国で出会ったギルドマスターのデルタよりは若い見た目をしているようだが。
「話がそれてしまいましたが、我々に文字は必要ないのです」
「…どういう事?」
「葉が挟まれていたでしょう?それが何よりも便利な情報伝達の術なのですよ」
理事長の話はこうだ。日本で大切な行事などを動画に残すビデオカメラのように、この数枚の葉に体験した事、脳にある記憶などを移して運ぶことが出来るというのだ。さながらカメラのメモリー媒体といったところか。そしてそれを読み取れるのは同じく人樹だけ、たとえ手紙を奪われたとしても中に入っているのは数枚の葉っぱのため、人間をはじめ人樹以外の種族ではまったく内容を知ることは出来ないらしい。
「まぁ、最も例外は居ましたけれど…」
「え?」
「そんなことより。この手紙はまぎれもなくエルフの里の神樹から送られたものです。その中の情報も私がきちんと頭に入れました。文章ではなく神樹の葉であったことが何よりの証拠で、その情報を読み取ることが出来たことが手紙のあて先として正しかった、という判断で問題ないでしょう」
では、神樹様の依頼は達成で良いのか。とホッと胸をなでおろす冬威。シェルキャッシュは「神樹の葉」というワードに反応して手紙の中に挟んである葉っぱを凝視している。欲しいのだろうか?たかが葉っぱ、と思うのは簡単だが、アイドルの所有物を得たいというファンも多いらしいしな、後でもらえるか聞いてあげようかな、なんて冬威はのんきに考えていた。
「…どこまでの情報を、貴方に伝えたのでしょう?」
ジュリアンが少しばかり身体を固くしてそう尋ねると、理事長はニコリと微笑んで
「全部」
とだけ答えた。それで神樹様に話したことは全て理事長にも伝わったと判断したジュリアンは、1度頷くだけで納得する。そして詳細を伝えなくてはいけないという手間を省けたことを喜ぶことにして、話を進めることにした。
「学校の入学に必要なものは何ですか?
「神樹からの推薦ですからね。必要なものはこちらで用意いたしましょう」
「至れり尽くせりですね。なんだか悪い気がします」
「良いのです。こういう時のための権力なのですから。して、ジュリアンとシェルキャッシュは魔術学校ドルチェスへ、という事らしいですが、他の方はどうするのです?」
何処で何を学びたいのか?そういう問いかけにポカンとしたのはジュリアンだ。
「…え?貴方はドルチェスの理事長なのでは?」
「そうですよ?」
「では、他の学校ではドルチェスのような権力をふるう事は出来ないでしょう?ならばおとなしく、みんなでドルチェスに入った方が良いと思うのですが」
無茶が出来るのは理事長がドルチェスの理事長だからで、他の学校ではその権力も通用しないだろうと思ったジュリアンがそういうと、理事長は不適に笑って立ち上がった。そして大袈裟な身振りで両腕を広げると、座っている一同を見下ろす。
「ふふふ。私は理事長です。この学園都市の理事長、この意味が分かりますか?」
「…ん?」
「え、でも学校があるだけ理事長のポストが…あ」
「そう。理事長のポストがある。しかしその理事長が私では無い、とは言っていません」
つまりは、この都市にある学園のほとんど、あるいはすべての理事長が彼であるというわけらしい。頑張って出世したな。確か事務員さんから始めたんじゃなかったっけ?
「え?何々?どういう事?シロわかんないよ!」
フハハハと演技してます感たっぷりに笑う理事長に困ったような視線を向けるシロはきょろきょろとあたりを見渡してから一番分かっていそうなジュリアンに突撃…突進した。一瞬息がつまったジュリアンだったが、軽い咳払いをしてから気にせずに説明を開始する。
「…つまりね。この学園都市には、たくさん学校がある。これは分かる?」
「学校?」
「そこからかよ!」
学校ってなーに?と言わんばかりに首を傾げたシロに冬威が突っ込みを入れた。その行動にすべて面倒臭くなったジュリアンは説明する努力を放棄する。
「つまり、理事長はこの学園都市で結構偉いって事だよ」
「へぇ~」