145 理事長、そして入学【宛先が正しいのか】
宛先が正しいのか不安ではあるが、名前を聞かなかったから別の理事長と言われても正しいような、正しくないような、と判断が出来ない。
暫く困ったように眉を寄せていたジュリアンだったが、もう良いやと開き直ることにした。
届け先をしっかり把握しなかったのはこちらのミスだが、たとえ勘違いでも手紙を届ければ依頼は完了だ。間違ったら素直に頭を下げよう。正直いってほかの理事長を探すのも面倒臭いと、数歩歩いて理事長の目の前に立つと手に持っていた手紙を差し出す。
「これ、エルフの里の神樹様から預かったものです」
「…おや。私宛でよろしいので?」
「理事長だと聞いていたので、貴方かと」
「ここは学園都市、理事長というポストも学園の数だけ存在しますが?」
「もういいです。あなたで良いです」
「…ふふふ」
顔そっくりだし、きっと彼だよ。そう思って少しばかり投げやりに返事を返せば、理事長は笑いがこらえられないといった風に声を漏らした。少し前かがみになって腹を抱えているのは、大笑いしたいのを懸命にこらえているのだろう。その証拠に肩がピクピクと振動している。
「声を出して笑っても良いのですけど」
「いえいえ。失礼しました、では手紙を預からせていただきますね」
呆れた顔で少しだけ手紙をもって差し出していた手を下げると、理事長は口元に手を当てて小さく深呼吸をして息を整える。そしてもう片方の手を伸ばして手紙を受け取った。そしてその場で封筒をひっくり返して外観を確認してから少し驚いたような顔をした。
「途中で開いたりしなかったのですか?」
どうやら封蝋を確認して未開封であると気づいたらしい。というか、配達途中の手紙を勝手に開けるとか、依頼失敗まっしぐらだろうと冬威が怪訝そうに眉を寄せた。
「え?普通しないだろ。だって手紙を渡してって依頼だぞ?」
「配達は専用の業者が執り行っています。冒険者に依頼をする際は緊急だったり機密事項だったりと、売れば金になる情報が多いのです。それに封蝋は簡単に外れてしまいますから」
「でもそれで蠟が欠けたら開封したってバレるだろ?そしたら依頼は失敗なんじゃねぇの?」
「うまく剥がせば誤魔化せるときもありますよ」
「…なんだよ、覗き見したほうが良かったのか?だったら今から開いてやるからちょっと貸せよ」
理事長の言葉に未開封だったことを怒られているような気分になった冬威はガクンと不機嫌になって、あからさまに顔をしかめて投げやりに言葉を投げる。そしてそのま出して渡したばかりの手紙を受取ろうとするその腕に、ジュリアンが右手を乗せて少しだけ下げた。
「ジュン…」
「落ち着いて、気にしちゃダメだよトーイ」
「だって!見ちゃいけないもんだろ?他人の手紙ってさ。なのに「なんで見なかったんだ」って普通聞く?おかしいよな?…ってかこいつ顔は神樹様なのに性格悪くね?」
ブーブーと文句を言いだした冬威に理事長がさすがにからかいすぎたかと少しだけ申し訳なさそうに眉を寄せた。
「スイマセン。学校には尊い血筋の方も多く在籍しているので、生意気な子供が多いもので。皮肉を言い合うのが挨拶のようなものになってしまって居るんですよ」
「尊い血筋?」
「おそらくだけど、貴族とか王族とか、平民じゃない人たちの事じゃないかな?」
「まじかよ。…え、ってか学校…俺ら入学して勉強しろって言われて…」
「あぁ、そうなのですか?とりあえず手紙の中身を確認させていただきますね」
散々「中身がどうの…」とそう言っていた手紙を開封した理事長の手元を、冬威をはじめ此処にいたメンバーが集中して視線を送ってしまった。今まで全く気にしていなかったのに、話題に上がったとたんに中身が気になりだしたのだ。何が書いてあるのだろうか。しかし持っていたジュリアンはその厚みからあまり枚数が入っているようには感じていなかったので、短い一文か、手紙用の紙1枚に収まる程度の内容だろうと思っていた。
ちなみに、この世界の紙は紙漉きの技術のせいか結構分厚い。それでも薄いと感じたのは、ジュリアンの身体がこの世界に慣れていて、普段利用している、多く流通している紙の正確な厚みを知っていたからだ。ただ、この情報もペニキラに限定されるのだが、理事長が目の前で開いた手紙に入っていた紙が1枚だったことから、その感触はこのワールドでも信じられるデータらしい。まぁ、ジュリアンは意識していやっていたわけでは無いのだが。
中に入っていた手紙は1枚。しかも開いた瞬間に理事長が驚きの表情を浮かべたので、比較的上の方に重要な情報が載っているか、必要な1文しか書いていないのだろうと顔を観察しながらそう考えていたジュリアンは、ふと理事長の視線がこちらを向いていることに気づいた。もう読み終わったのか?開いてまだ数秒な気がするが…何かわからない情報でも乗っていたのだろうか?と無言で首を傾げる。
理事長は声を出す前に視線だけでジュリアンを観察しているようだ。キョロキョロと視線が動くのが少しばかり恥ずかしい。しかし、先ほど冬威の手を下げるために前に出していた右手、その手首にはまった腕輪を見た瞬間に理事長はハッと息をのんで1歩踏み出し、その手をとった。
「わっ…え?あの…」
「この腕輪…まさか神樹が?」
「えぇ、そうですけど。もしかして貴方の物なのですか?」
「いえ、違いますが…」
ジュリアンの腕を丁寧にひっくり返して腕輪を観察する理事長の目は、先ほどまでのフワフワしていた様子と違い真剣そのものだ。別にみられて無くなるわけじゃないので気が済むまで観察させようと放置していたら、軽く息をのんだ理事長がそっと手を放した。
「今までの非礼を詫びます。スイマセンでした」
「…え?」
「つきましては、魔法学校に入学という事でよろしいのですよね。入学するメンバーはこちらのチームのリーダーの判断に任せるという事ですが、皆様ご入学でよろしいですか?」
突然丁寧になった対応に驚いている間にも、彼はドンドン話を進めていく。
「それと、皆様にはこちらで学生寮を手配させていただきたいと思っています。ですが男女別の寮なので、希望があるようでしたら外部に部屋を用意することも可能ですよ。ですが、なるべく学校から近い場所を選んでいただきたいので、学園の敷地外で宿泊場所を用意するとなると一軒家は難しいですが…」
「ちょ、ちょっと待って。覚えらんない。そんでもってみんなと話をして決めないと!」
必要だろう情報がどんどんと出てくるが、全てを記憶することは難しい。慌てた様子で冬威が理事長の声を止めれば、初めて出会った時のようににっこりと笑った。
「では、場所を変えましょう。こちらへどうぞ」
何処へ行くつもりだ?と聞く前に、周囲の風景がガラリと変わった。どうやら転移のような移動魔法を使ったらしい。
初めての体験でシロが目をキラキラさせて驚いている。
せめて一言何か欲しかったと思う自分は間違っていないと信じたい。内心ぶすくれながら冬威とジュリアンが同時にため息を小さく吐く。ハッと顔を見合わせて、お互いに同じことを考えていたと理解した。