140 学園、そしてドルァルエクス【大きな壁は】
大きな壁は今まで見てきた物のどれよりも立派にそびえたち、ぐるりと都市を囲んでいる。石のような壁のその高さ目測5メートル。思っていたよりは低いかもしれないが、その上をカバーするように透明な何かが揺らめいている。シャボン玉の表皮というか、何もないように見えるけれど、何かがあるという事なのだろう。
そんな上空をジッと見ていたジュリアンは、これが結界とかバリアとか、いわゆる外敵から内側をまもるための物なのだろうな、と推測した。
入場できる門の前にはすでに人の列ができている。それと同じく出ていく人も居るけれど、その流れはとてもスムーズだ。入り口に近づくとシェルキャッシュがギルドカードを出して身分証明の準備をする。それをに気づいた冬威も首の鎖を引っ張って服の下に入れていたカードを取り出した。
「シェルキャッシュはこの場所に来たことはあるの?」
「ありませんわ」
「え、なのに道案内とか頼まれたの?」
「入ったことが無いだけで、位置関係は把握していましたの。だいぶ前からこの場所に立っている都市ですから」
「なるほどね」
軽い雑談もそこそこに、入場の順番が回ってきた。堂々としているシェルキャッシュはさすがだと思うが、その隣でかなり緊張気味のクラックがカチコチに固まっている。獣人の集落でも外をあまりで歩かなかった彼にとって、初めての都なのだろう。奴隷として人間にこき使われていたという恐怖も感じているのかもしれない。耳は力なくへにょり気味で、尻尾は2本とも自身の足に絡みついていた。顔を上げて前を見て、オロオロと視線をさまよわせてギルドカードを握っている手元に落とす。大丈夫だと慰めるようにシロが彼の背中をバシバシ叩いていたがそんな緊張もいざとなるとあっという間で、通り過ぎてしまえばやっと身体から力が抜けて尻尾がゆらゆらと揺れだした。
まっすぐと続く石畳の両側に様々な店が立ち並ぶ。雰囲気で言えば中世ヨーロッパだろうか?家は大体が2階建てで隣との距離も近く密集していることから、人口の多さも垣間見える。ここら辺には出入り口付近という事もあるのだろう、旅の用品を扱った店だったり、疲れているだろう旅人を出迎える軽食だったり飲み物の出店のようなものも見つけることが出来た。簡易的な店も多々あるけれど、大体がきちんとした店舗を持って営業しているようだ。その中でも特に目を引くのが本屋さんらしい店。あちらにも、こちらにも。書物を扱っているらしい店を見ることが出来る。
「さすが、学園都市というだけあって教材を扱う店が多いのかな」
思わずジュリアンが零した言葉を拾ったクラックは、一度ジュリアンを見上げてから彼の視線を追いかけるように顔をそちらに向けた。
「きょうざい?」
「文房具や、本だよ。多分ソレ以外にもあるみたいだけど」
「ほんやさん?」
「うん。羊皮紙の巻物…こっちだとスクロールっていうのかな?…もあるみたいだけど」
「本って何?」
「え?あ、物語や情報などを文字に書き記した紙の束をまとめたもの…かな?」
「へぇ、面白そうだね」
「知らないの?お店入ってみる?少し見るだけなら立ち寄っても大丈夫だと思うけど」
「ううん、いいよ。だって俺、字読めないし」
「…あ」
そう言われて思い出した。確か冬威も文字が読めなかったはずだ。確か学園都市と言われるだけあってドルァルエクスには学校が多く存在していたはず。ジュリアン自身は神樹様のおすすめもあって魔法を中心に学ぶ学校「ドルチェス」に行く気だったが、冬威たちも同じで良いのだろうか?
説明では魔法を使う騎士を育てる「ブラトーアース」、そして低学年を中心に人材を育てる小中学校に当たる「ハルトブリーチ」があったと記憶しているが…今の年齢で冬威がハルトブリーチに行くのはちょっと厳しいだろう。問題は無いかもしれないが、周囲の目が痛そうだ。それか童顔な日本人のおかげでバレずに潜入で着て、彼の心に傷を負うかも。今夜一度確認しておかないといけないな。
それと預かった手紙は「学園の理事長に」と言われていたが、受け取った前後の話の流れで魔法学校のドルチェスだと思い込んでいたが、学校名は聞かなかった。しまったな、と思いながら眉を寄せると、突然黙ったジュリアンに不思議そうな顔をしてクラックが顔を覗き込むように見上げた。
「何かあった?気分悪い?」
「いや、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
ニコリと笑って見せれば、安心したようにクラックも笑った。そのまま顔を上げたジュリアンは周囲を見渡す。とりあえず前に進んでいた一同だったが、目的地も決まっていないために自然と足が止まっていた。シロは食べ物の屋台に突撃しに行こうとして、クロに捕獲されている。
「さて、これからどうしようね。このまま学園を目指すのか、それとも先にギルドに寄るか…」
「ギルドで何するの?」
「途中で採取した薬草をおろしてお金を得るんだよ。後は宿屋の場所を聞いておきたいかもしれない」
「宿?でもわたくしたちには必要ないのではなくて?」
「道端にポンとドアを放置しておけないでしょう?いくら開け閉めできるのが僕だけだとしてもさ」
「中に入ってドア消しちゃえばいいじゃん。今はもう真っ暗闇じゃないんだし」
そう、森のエリアはドアが無くても中の明るさは外の世界とリンクしていた。中にジュリアンが存在していても、していなくても、同じだったのだ。しかしこの言葉に彼は少しだけ考えて首を横に振った。
「場所を吟味すれば大丈夫かもしれないけれど、ドアの出現した瞬間を見られたりしたら面倒だ。そういった魔法が存在するのかもわからないし、ある程度調べるまでは町中でのアナザーワールドは発動させたくない」
「なるほど。その目くらましとして宿屋ですのね」
「うん。何処か1室でも取れれば、そこにドアおいておけるじゃない?」
「なら、とりあえずギルドに行って、宿屋の情報を貰う…かな?」
自信なさそうに発言したクラックにジュリアンは笑顔で頷いてあげた。彼はこのチームでも良くアイディアを口にするようになってきている。よかった、このままコミュ障こじらせたりしないで。
と、そんな微笑ましい事を考えている間にシェルキャッシュが強気な態度で道行く人を引き留めて道を聞いていた。エルフという珍しい存在に「ちょっと」と声をかけるだけで大体の人が足を止める。
これでもうちょっとおしとやかさが出れば完璧なんじゃないかな。
…いや、このチームの為に動こうとしてくれるだけで、ある意味成長かもしれない。