013 旅立ち、そして違和感【確かに急ぎの旅路ではある】
確かに急ぎの旅路ではある。
だからこそ馬の脚は極力止めずに、途中で交換するわずかな時間のみ休憩としたのだが、それでもずっと馬車の中に居る勇者たちは大丈夫だろうかと、エンリケは馬車と並んで馬を駆けながら考えていた。
「…若かったな」
途中で中からアクションがあった。何かを話していたようだったが、ガラスのせいか馬車の走る騒音が大きかったせいか、何を言ったかは分からなかった。そもそも声を出したのかすら分からなかったのだが、一応呼ばれているような気がして責任者であるゴールズジーザに報告したのだが首を横に振るばかり。
とりあえず停止は出来ないという意味なのだろう。
「女性…だったな」
まっすぐ前を向いて、数名の騎士が護衛の為に囲む馬車の隣を並走しながらも考える。
年齢は自分より下だろう。20を超えていないと推測できる。戦えるのかと不安になるくらい細身に見えたが、決して華奢というわけではないという印象を受けた。ちなみにもう1人は存在を彼女の隣に感じたけれど、不透明なガラスのおかげでおぼろげだ。
この国に危機が訪れると国王が隣国に打診してきてもらう勇者。その存在はこの国の支えになっているといっても過言ではない。エンリケは自分がこの国ではそれなりに腕が立つと思っていたが、それでも悪意の種の前にまったく歯が立たなかった。敵と正面から交戦したわけではなかったので自分では全然ダメだとも思っていないが、1人では到底太刀打ち出来はしないだろう。それなのに勇者としてこの国に来る人はたった1人、時に数名のみでこの事態を終息させてみせる。しかも今回は男女のペアだという。
同じ人間であるのか甚だ疑問だ。…もちろん、そんな事考えているだけで口には出さないが。
エンリケは一般人と同じ扱いの騎士だった。実家の位は高めではあるが、後を継ぐ可能性も低い三男坊には伝えられない情報だった。勇者召喚の真実は限られた一部のみが知る事実。勇者が異世界から呼ばれていることも本当は半ば連れ去るようにこの国に連れてこられていることも、どうやって戦っているのかも知らない。
だからこそわずかに広がる噂程度の情報を、信じるほかないのだ。
「見えてきた。スピードを上げる」
先導するかのように前を走っていたゴールズジーザが目的地の町を視界に入れて声を上げた。顔はしっかり前を向いていたので考え込んでいたとは思われなかったようだだが、ワンテンポ遅れて視線を上げる。
視線の先に見えるのはホーロウグ。そう言えば残してきた部下、ジュリアンはちゃんと休んでいるだろうか。変なところで律儀なくせに、全体的にトロいという印象がある彼。きっと立ち直ったとしても戦闘に行くのは怖がるだろう。騎士としては致命的なトラウマを負ってしまっただろうから。
と考えつつ、全体的にスピードを上げた馬車に合わせて少しばかり速度を早め、なおかつ隣の馬車を追い抜かすようにしてゴールズジーザに近づく。
「ゴールズジーザ様、先に行って受け入れの準備を…」
「必要ない。すでに目と鼻の先、今から出ても到着に僅かな差しか生まれないだろう」
「ですが、もうすぐ日が落ちます。寝床の準備だけでも申し伝えておく必要が…」
「必要ない。勇者様方は早期帰還をお望みだ。このままホーロウグを経由し、最終目的地アンドラの町へ向かう」
「え?お言葉ですが、まさか夜に戦闘を行うのですか?」
「勇者様の力は絶大だ。時間帯など関係ない」
おいおい。マジで勇者って人間じゃないのか?…なんて、そんなことを考えながらも少し上体を後ろに倒して覗き込むように馬車を見る。不透明なガラスからは中の様子ははっきりと見えないが、ぼんやりと見える肌色は座席にへばりつくように横になっているようだった。朝から今まで走りっぱなしの馬車の中。途中ではさんだ休憩は馬を変えるために足を止めた数十分程度で、安全の為にと彼らが出てくることはなかった。
やはり疲れている気がする。
「…ゴールズジーザ様、やはり休んでいただくべきかと。どうやら疲れが出ているようですので」
そこまで言われてゴールズジーザはエンリケと同じく馬車の中に視線を向けた。何やら少しばかりの時間考えていたようだが、ちらりと馬車を操っている御者を一瞥し仕方ないといった仕草で息を吐いた。
「仕方ない。勇者様がおられなくては意味がない、出発は早朝に変更する」
「わかりました」
「だが空いた時間を無駄にはできない。騎士の方々にはアンドラの様子を探っておいてもらいたい」
「…わかりました。では伝達のために先に行かせていただきます」
口調は命令ではなかったが、ここで嫌だとはいう事はできない。必死な思いをして逃げてきた町に今から向かへというのか、と内心愚痴をこぼしたが了解の旨を伝えて鞭を振り上げた。
“ピシリ”という鞭の音で速度を上げた馬はグングンと馬車を引き離していく。その際一緒に王都から出た騎士仲間に視線を向けた。即席の部隊のために年齢も階級もバラバラだが、少なくともゴールズジーザの命令には従うだろう。
本来なら下っ端が伝令役として走るのだが、頼み込んで集まってもらったという立場上顎で誰かを使う事はできない。頭も良いし戦闘能力もあるほうなのだが、年齢も若く、今回初めての副隊長という地位をもらっただけあって、ここで威張り散らすには経験が圧倒的に足りていないのだ。年齢が遥か上の人もいるのにエンリケが代表として対応しているのは貴族という肩書と今回の当事者のため情報に明るいからというだけ。
少しばかり息がつまると感じ苦笑いしながら、本当の自分の部下がいる町へと急いだ。