137 レベルアップ、そしてcheatの片鱗【入れ替わるように窓際に】
入れ替わるように窓際に座った冬威は、ナイフを手入れしているクラックがジッと自分を見ているのに気付いてそちらを向いた。パッとそちらを振り向いても、彼のまっすぐな視線が外れることは無い。
何かを考え込んでいるのか、ナイフを拭く手も止まってしまっている。そんな様子に冬威はどうしたんだろう?と首を傾げた。
「どうかした?」
「…いえ」
「いえ、って。そんなまっすぐ見つめられちゃうと照れちゃうよ?」
「…はい」
冬威の言葉が聞こえているのかいないのか、彼の言葉はクラックの耳を素通りしているらしい。声を投げかけるとわずかな間をあけてから一言だけ返してくる。これはきっと何かを考え込んでいるな、と察した冬威はじっと見つめるクラックの顔の前で一度パチンと手を叩いた。
彼の目の前で、ゆっくりとした動作をもって行った行動であったが、それでも考え込んでいたクラックは驚いたらしく肩が大げさに跳ねる。
「わ!」
「戻ってきた?帰ってきた?」
「あ、ご、ごめんなさい」
「いや、別にいいけども。何か…考え込んでたでしょ?心配事とか相談したい事とかあった?」
「な、何でもないんだ。けど…」
「けど?そうもったいぶった態度取られるととても気になるよ」
「別にもったいぶってるって訳じゃ…」
そんなことを言いながらもクラックはぽつりぽつりと思いを口にした。
まずはジュリアンと冬威、2人がどこの国の人間かという質問。人間の事について詳しく知っていたわけでは無かったが、奴隷にされてあまり時間をおかずに同じ人間に助けられたこともあって、獣人を奴隷とするのは一般的な事なのか否か、分からないから教えてほしいというまっとうな理由があった。
これは確かに教えてなかったけれど、正直に『異世界から召喚されました、異世界から転生してきました』なんて話すわけにはいかない。しかも、ほかの国が獣人をどう扱ってるかなんていう情勢も分からない。
「俺はとっても遠い所から来たんだよ。ジュンもな。しかも閉鎖的で、俺たちがこの国に来たのは本当に偶然だったんだ。運が悪ければ俺たちは出会っていなかっただろうね」
「そんなところから…」
「だから、俺たちはこのあたりの常識が良く分かっていないんだよ」
「え?常識って、何処に行っても同じじゃないの?」
「暮らす場所が違えばそういった事柄は変わってくるんだよ。今俺たちは靴のままでこの部屋に入ってるけど、本来俺が住んでる場所では土足厳禁だからね」
「へぇ~」
と、その場でなんとか誤魔化した。
…いや、あまり誤魔化せてないけど。でも、こういう事なら冬威じゃなくてジュリアンに聞けばいいのに、とクラックに聞いてみたら、意外な答えが返ってきた。
「なんだか、少し聞きづらくて」
「なんで?俺よか色々知ってるし、人当たりも良い感じじゃね?どちらかというとジュンの方が声かけやすい気がするけども」
「うん、まぁ、そうなんだけど…でも、何となく壁を感じるんだ」
「壁?…壁って、つまり…拒絶してるって事?」
「勘違いかもしれないんだけど。…俺の事気遣ってくれるし、武器も服もお願いする前に用意してくれたし、確かに優しい。でも…なんだろう?1歩引いてるっていうか、距離を縮めようと近づいても、さりげなく離れてしまうっていうか…。…いや、まだであって数日だ。仲間だって、思ってくれていないのかもしれない」
ショボンと視線を下げるクラックの気持ちを表す様に、耳はへにゃんと力なく垂れてしまった。でも逆に言うならであって数日でそこまで懐くなんて、本当に警戒心が薄い事なのだけれど、平和な世界から来た冬威と閉鎖的な生活を続けてきたクラックは2人して違和感を感じることが出来ずにいた。
「ただね、なんだか…物欲が薄いっていうか、いろいろとどうでも良いって思ってるような気がして」
「え、だれが?ジュンが?何」
「悪い意味じゃない…いや、ある意味で悪い意味なのかもしれないけれど…う~ん、うまく言えないなぁ…」
モヤモヤと感じる違和感のような変な感じをうまく表現できずに顔をしかめるクラックを見て、冬威も腕を組む。だが、彼が言うような態度を冬威は感じたことが無かった。
最初からジュリアンは冬威に助けの手を差し出してくれたし、右も左も分からない状態だと知って出来る限りのフォローをくれた。
戦いの面では剣術の指導をはじめとして、レベルアップに付き合ってくれるし、リンクなんて一方的なスキルの使用を咎めることは無い。
「拒絶…ねぇ」
そういえば転生の弊害で食事や睡眠がとれないらしいという話は聞いた。
それがクラックに対して違和感を与えているのかもしれない。そういえばこの事実は何処まで話していいのだろうか?彼に教えるにしても、自分が勝手に伝えて良い事ではないだろうと冬威は考え、組んでいた腕を解いてクラックの頭をポンと軽くたたいた。そしてそのまま手をどかさずに、毛並みを堪能するかのように頭を撫でる。そんな当然の事に驚いたクラックは、どうしていいか分からずにぴしりと身体を硬直させた。
「う?ん?え?」
「ラックが感じる違和感がどんなものなのか、俺にはちょっと分からない。ごめんな」
「う、ううん。良いんだ。ホント、勘違いかもしれないし。でも、俺の家族の事おかしいって分かってから、何だか相手が俺の事どう思ってるのかな?って心配になるようになっちゃって…そしたらなんか、ジュリアンは俺の事、嫌いなのかなって感じちゃって…」
「ふふっ、お前そんな簡単に俺ら信じちゃって良い訳?また騙されちゃうかもしれないよ?」
「う、うん。それはジュリアンにも言われたんだけど…」
「あ、そうなの」
嫌われてるかな?って思って心配になるくらいには、このチームが好きらしい。ジュリアンがみんなをどう思っているのかは分からないけれど、少なくとも嫌いではないだろうと思うと伝えると、やっとへにゃっとしていた耳が立ち上がった。
「どうすればもっと好きになってもらえるかな?」
「どうすればって、別に特別な努力は必要ないと思うけど」
「そうなの?」
「好きになるのに理由は必要ないだろ?嫌いになるには理由が必要かもだけど」
「おぉ!そうなのか!」
「…ってどっかの偉い人が言ってた気がする」
「そうなのかぁ」
恋愛話ではないが、人を好きになる、嫌いになる、なんてどこか哲学っぽい話に発展した2人はジュリアンが出てくるまで意外と白熱した意見を言い合っていた。
「…以上の事から、俺の方がジュンの事好きだから!理解もしてるし!」
「俺だって、身軽さを武器に守るもん!まけないもん!」
「…え?何やってんの?」