133 その狂気、気づかれること無く…
まっすぐ伸びる1本道は背の低い木がまばらに生えているだけで、周囲に大きく視界を遮るものが無くはるか遠くまで見渡せる。しかし見渡せるという事は逆に、身を隠す場所も無いという事だ。
そんな道から外れた場所、比較的葉が生い茂っている木の陰に男が2人身を小さくしていた。
「やっぱりこちらの道に戻って来てしまったか」
「途中までは良かったと思ったけど…ザバートンに1回でも入らないとエルフの里にはいけないってのはやはり本当みたいだな」
彼らはエルフの里を目指してこの辺をうろついていた。しかし、あの里の守りが固いという事は周知の事実。そのため里に入るための切符となるザバートンへの侵入を試みていたのだ。
しかし『地図上ではここにある』という情報通り道はまっすぐ伸びているのだが、ザバートンへたどり着くことは出来ず、そのまま進んでいくと森のような場所に入りはするのだが、1本道をまっすぐ歩居ているのにも関わらず気が付くと歩いていた道を逆走しているという不可思議な事態に陥る。
これが迷いの力か…と戦慄したのは記憶に新しい。
「まぁ、その報告は事前にうけていたからこういう事態も想定していたが。それよりも…あの獣はうまく村に入れただろうか?」
「さてねぇ。追跡中に姿見失ったしあいつ相当弱ってたし、奇跡的にあの人間グループに拾われたならあるいはって感じ?あの獣が残り香が強いって言った場所に適当に放置したけど…」
「弱ってたのはお前が金をケチって世話しないからだろ?」
「だって奴隷じゃねぇか。使えもしないのに金なんてかけてらんねぇだろ」
小さな声でやり取りされる会話の内容は穏やかではない。
彼らは上下ともに黒い色で統一されていて、荷物も極力小さく軽くしている。そして特徴的なのがその香り。人間には分からない独特のお香のような香りは魔物を避ける効果があるが、そのせいで獣人にも存在が気づかれてしまうという欠点については考えていない様だ。
「とりあえず道は1本だ。あのチームがどちらの方向へ行くのか分からないが、木々が多い道で見かけたからエルフの里からの帰り道だった可能性が高い」
「ザバートンで宿泊したら、エルフの里じゃなくて人間の国の方に来る、はずだよな」
「奴隷の首輪はそのままだから、いざとなったら命令して戻らせる事も出来るし、傍の冒険者を絞め殺せって命令も出せるな」
「まぁ、単純に里と村の往復してる奴らじゃねぇと良いんだが…」
「そればっかりは運に任せるしかないだろうが、見たところ若そうなチームだったじゃないか。そういう伝達係は信用の関係でもう少し年配の冒険者を使うもんじゃねぇの?」
「まぁ、名声とか実力とかを見るならそうだと思うがよ…」
「とりあえず今の俺たちに出来ることは、エルフの里へ続くこの道の監視、そして奴隷の獣の回収…いや、接触か?」
「奴隷にエルフたちを外におびき出してもらうっての?…そううまくいくかねぇ?」
「ダメもとだ。本格的にやばそうなら奴隷のケモノは切る。それでいいだろ?」
「はいはいっと」
小さな木の影で話をまとめる大人2人、傍から見ると何とも間抜けな姿であるが、それを見ている人は居ないのがいささか残念である。
「じゃあ、期限はどうする?あの奴隷を放置してそろそろ3日か。そのまま捨て置かれていたなら死んでいるかもしれんぞ」
「それは困るな。あれでもそれなりの値段がしたんだ、まだどっかに転がってるなら回収しなくては」
「でも、どこら辺に置いてきたかもう分からないじゃないか」
「木々が此処よりは生えていた土地だった。もう少しエルフの里寄りだろう。だが…この場所を離れるのもなんだかなぁ」
「二手に分かれるか?命令権がある俺が奴隷探しに行けば強制的に立たせて走らせて帰ってこれるぜ?」
「だがそれで奴隷があのチームと一緒に此方に来たらまずい」
「道沿いに行けば遭遇できるだろ」
「そしたら1人で立ち向かう事になるぞ?奴隷は居るが、まだ餓鬼だった。戦力として数えるのは不安だ」
「じゃあ…やっぱペアで動くしかねぇじゃねぇか。あ~ぁ、金儲けの話は良いんだけど、人数不足どうにかしてほしいよな」
「そうだよな。奴隷をそろえるにしても、あんなはした金じゃ、頑張っても使い道の少ない小さい奴隷2体が限界だよな」
「いっそ、エルフを捕まえたら奴隷にして調教するか?」
「おぉ、それはいい案かもしれないぞ。どっちにしろ育てなきゃなんねぇなら、すでに地が出来てる個体の方が楽そうだ」
低い木の陰に精一杯身を隠して、今後の作戦を練る男たち。
此処は地図が役に立たない迷いの森に挟まれた1本道。
手放した奴隷にはすでに首輪がついていないという事を知らず、自分たちが今どの位置に居るのかもわからない。
ザバートンを出た冒険者たちはそのまま都市部を目指して歩き出しているが、彼らが居るのはいまだ、森の中のエルフの里と、それを守護する村の間。
何処までも続く、1本道。
いくらこの道をたどっても、目的地へと導いてはくれない。