132 前に立つ、そして前衛【特に何事もなく】
特に何事もなく一晩過ごした一同は、朝食をとった後ザバートンを出て次の目的地を目指すことにした。
エルフの里からここまで1本道だった理由は迷いの森の力が作用しているらしいことを聞いたが、詳しく理解しようとはしていない。とりあえず「○○方面へ行きたいなぁ~」と思いながら歩いているとそちらへ行けるらしいというのでまぁいいか、と気にもしなかった。
これも神樹様の力だとか。すごいな。さすが神とかつくだけはある。
暫く歩いて行くと、だんだんと木々が少なくなり、森から平原に変わっていく。そしてここまで来てやっと、チラホラながら野生の魔物が出てくるようになったので、必然的に戦闘になる回数が増えた。
今まで戦闘がゼロだったのが平和過ぎたようだ。
「トーイ、危ない!」
「うわわ!っと。サンキューな、ラック」
「い、いえ」
一応剣士の冬威はリンクでのスキルの助けと自分自身の成長をもってだいぶ戦い方が様になってきたようだ。ある程度慣れてきたようで、前衛として前に立って切り込み隊長のような役割もしだした。スポーツをやっていたことも関係しているのだろう、敵対する相手の動きを見て行動の先を読むのがとても上手だ。
そんな彼を支えるのは、ジュリアンが渡したナイフを持って冬威の少し後ろに立って構えるクラック。冬威が安全に敵と対峙できるように、敵が複数だった場合は相手の足並みを乱したり、うち漏らしたときにとっさに注意を引いてヘイトを稼いだりと良く動いてくれている。
彼は名前に敬称をつけて呼ぶことを知らなかったらしく、最初から全員を呼び捨てにしている。そのおかげでとても仲がよさそうに見えるのは良い事なのかもしれないが、人と関わって生きていくなら色々と面倒だから、後でマナーだったり目上の人と接するときの対応法を教えてあげた方が良いだろう。
「いつ見ても酷い恰好の魔物ですわね。狩って肉を得ようとも思えないですわ」
「数だけはよく見る魔物だ。どこにでも発生する雑魚であろう」
「シロ、いっきまーす!」
女性陣は切り込んでいく冬威を少し後ろで見ていたが、パラパラと戦いに参加していく。「戦いなんてできませんわ」なんて言い出すかと思ったが、予想を逆に裏切った。なんとシェルキャッシュの戦闘方法が肉弾戦だったのだ。魔法は苦手と聞いていたけどエルフだから弓とか使うと思っていたのに、単純に殴る、蹴るで敵が散っていく。文字通り、散っていく。
どうやら魔法の適正はあるようで、それを外部に排出することを困難としているだけのようだ。体内に魔力を循環させて、身体能力のアップをしているのだろう。そうでなければあの細腕であの威力は説明がつかない。
クロは竜のかぎ爪で切り裂くことが主で、たまにブレスのような炎をぶつけたりしている。
シロは…この子はなんかおかしい。突進していく。敵を跳ねて天高く跳ね上げる。落下して終了。
まるで小さな竜巻だ。フェンリルは風を司るらしいし…間違ってはいないな、うん。
そしてジュリアンは全体を見ながら後方で待機。動かないことがリンクをつなげている冬威の為になるのだから仕方がない。その代わりに広い視野で戦場を見て、戦闘中のメンバーに注意を促したり、怪我をした時の為のフォローについたりと裏で動いていた。
今彼らが対峙しているのは「プレタ」という人型の魔物だ。
人型と言っても、ゴブリンのようにガッチリした体格ではなく、細い手足に禿げた頭、ぎょろりとした目で立とうと思えば立てる骨格をしているのにも関わらず四つん這いで這いまわる気持ち悪い奴だ。
初めて遭遇した時はリアルに甲高い悲鳴を上げた冬威は、地球に生息している黒光りするイニシャルGの虫を想像したらしい。思った以上に移動速度が速く、一瞬見間違えるのも仕方ないと思う。声は挙げなかったがジュリアンも一瞬フリーズしたほどだ。
ちなみにこの情報は冬威の鑑定ではなく、資料を読み漁って脳内に入っていたジュリアンから出た情報だ。広い範囲で出現するが、サイズも小さく戦闘能力も低いため数匹程度では脅威ではないが、数が集まるとかなり迷惑な存在になる。
稲穂を食い荒らすイナゴのように。
何度か繰り返した戦闘は一瞬ヒヤヒヤさせる場面もあったが大きな怪我もなく終了し、後方待機していたジュリアンのところにみんなが帰ってくる。それを温かいおしぼりと飲み物を用意して出迎えるのも、数度目となればもはや慣れたもので、各自自分のコップを決めてそれを手にしていく。
「お疲れ様」
ジュリアンがねぎらいの言葉を掛ければ、おっさんのような声を出しつつ顔をおしぼりでふいていた冬威がニカリと笑った。
「見てた?俺強くなったっしょ!?」
「うん、初めての戦闘の時とは全然違うね」
「人型の魔物っていうのはまだちょっと抵抗があるんだけど、プレタなら慣れてきた。それに人型だからこそかな?動きの初動が分かりやすくて動きやすいんだよね」
「それは君の目がもともと良かったのもあるんじゃないかな。それにしても…」
此処で言葉を切ったジュリアンは自分の周りに集まった仲間たちを見渡した。
皆の戦い方を一言でいうと、冬威は剣士、クラックはシーフ、シェルキャッシュは格闘家、シロとクロは獣枠で考えるとして。
「みんな接近戦が主の近距離タイプだね」
「あ~」
冬威が気の抜けた言葉を吐いた。
今でこそジュリアンは後方待機だが、最初は普通に戦いに参加していたのだ。リンクを使わない状態でどれほど戦えるのかも試したかったのもある。落ちこぼれだったとはいえ兵士として鍛えた体はそれなりに戦闘能力があり、この草原の敵であれば問題なく倒せる。しかし、みんながみんな近距離の為に戦場がごちゃごちゃになって逆に動きにくかったのだ。
此方の戦闘員に対して、敵が少ないというのも理由として挙げられるが、こちら側の戦う意欲が強いのに、譲り合う精神がまだ育っていないというのも原因の一つだ。
これを見て、ジュリアンは前に出るのをやめた。
そんな話が聞こえたのだろう、クロがムッとした表情でこちらを見る。
「我はブレスを使えるぞ。どうだ、遠距離がいるではないか」
「そうだね。でも広範囲、高威力のブレスじゃ近距離で戦う仲間を巻き込むでしょう?」
「む」
「だから1度しか使わなかったんじゃないのかな?」
「…標的に群れるのが悪い」
ようするに、パーティーメンバーのバランスが悪いのだ。魔法を学べばジュリアンは遠距離、シェルキャッシュは…いつまでこのチームに居るのか分からないから深く考えないとして。
「…弓、やってみようかな」
せめて何かの形で貢献しようとジュリアンはため息を吐き出した。