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131 前に立つ、そして前衛【クロはもう居るから…】

「ク(ロはもう居るから…じゃあブ)ラックなんてどう?」


宿に戻ったジュリアンとシロを待っていたのは、獣人の子の名前付けだった。もっと殺伐としているか、冬威とシェルキャッシュの2人のおかげでなごやかになっているか…と想像していたがどちらも違う。

いや、どちらかといえばホノボノ穏やかといえるだろうか?

すでにこの世界でシロとクロという名前を考えていたジュリアンの事を知っていた冬威は、また安直な名前を考えるんだろうな…と思いながら彼に意見を求めてみたのだ。

僅かな時間考えた後の発現は、心の中の考えが分からない周囲にはそれなりにいい案に思われたようだった。


「く…らっく?」

「クラック、ですの?…あまり聞かない名前ですわね」

「俺的には特に違和感感じないけど…おかしい感じするの?俺らあまりこの国の常識分からないから、この名前は絶対ないわ!ってのがあったら教えてほしいんだけども」

「特別おかしいとは思いませんわよ?」


シェルキャッシュの反応は悪くはない。

悪い意味を持つような言葉、というわけではない様だ。しかし自分で言っておきながらジュリアンは少しだけ眉を寄せて渋い表情をした。

クラック。

音だけ見れば悪く無いかもしれない。だが、これを英語として考えると、その意味は「裂け目」「ひび割れ」といった亀裂を連想させるものだ。仲間の中で異質な存在だった彼にそのことを伝えるべきか…いや、ダメだな。

何となく考えついた、で良いだろう。実際深く考えずに発言したのは嘘じゃないし。

オペラなどの公演で公演を成功させようとする、いわゆるサクラ的な集団も「クラック」って言うらしいし、成功させようとする、丸く収めようとする、そういった意味を教えてあげよう。名前の意味について知りたいと尋ねてきたら、であるけれど。


「それで…お主はそれでよいのか?獣の子よ。自身の名なるぞ?」


クロが獣人の子に判断を促せば、みんなの視線が集中する。少しばかり迷った様子で彼は視線をウロウロさせたが、最終的に頷いた。


「うん。俺、クラックで良い」

「もっと格好いい名前を自分で考えることもできるんだぜ?…まぁ、俺からは有力な案を出してあげられなかったけれど」

「良いんだ。名前、俺だけの名前。誰かからもらった、初めての…」


心なしか目をキラキラさせて嬉しそうな獣人の子、改めクラックにジュリアンは首を少しだけ傾げた。


「ちなみに、今までなんて呼ばれていたのかな?お前、とかが主?」

「それも多かったけど、親からは「坊や」兄弟からは「お兄ちゃん」もしくは「弟よ」って呼ばれていたよ」

「兄弟多いの?」

「どうだろう?俺の家は俺の上に姉と兄が1人ずつ、下に弟が2人いたよ」

「5人兄弟?」

「多いけど、びっくりするほどの数ではないね」

「だな。…でもその中で名前で呼ばれたことが無いなんて。ほかの奴の名前は?」

「…えぇっと。実は名前で呼び合ってるのを聞いたことなくて。だから俺に名前が無いのも違和感なかったっていうか…」


このクラックの発言に顔を見合わせる一同。少しだけ上体を傾けて、気持ち内緒話で冬威が口を開く。まぁそんな事しても近距離で皆固まっているのだ。聞こえないなんて事は無いのだけれど。


「もしかして、獣人って名前つける習慣無いの?」


これに反論したのはシェルキャッシュだ。悔しい事だけれど、彼女はこの中では一番常識を知っている。


「おそらく、そんなことは無いと思いますわ。わたくし獣人たちが名前で呼び合ってやり取りをしているのを見た事ありますもの」

「じゃあ、やっぱ異例なんだ」

「あ。でもさ、地球も昔は名前がある人の方が珍しいというか、地位が無いと名前なんて無かったじゃない?特に女性は○○の娘、とか○○屋の女将、とかそういう区別してたでしょう。そんな感じで、チームの中でも力がある権力者とか、狩りや戦いに出る成人男性しか名前が持てないとか」

「あぁ~…あ?」


此処で混乱の波紋を生み出したのはジュリアン。思ったことを口にしただけだが、よけいに分からなくなった。数秒ののち、早々に考えることを放棄した冬威は、顔をクラックに向ける。


「とりあえず、君は今日からクラックだ。もしかしたら本当の名前があるのかもしれないから、仮名ってことで良いよね?」

「うん。別に仮じゃなくても良いけど…」

「まぁ、それは君の好きだよ。自由に決めちゃって」

「…分かった」


自分だけの名前、というものが嬉しいらしく、2本の尻尾がまるで犬のようにゆらゆらと左右に揺れる。それを見ながら冬威は顎に手を当てて試案気に視線を斜め上に飛ばした。


「クラック…だと、あだ名は何だろう?クラ?かな?」

「あ、あだな?俺にあだ名も考えてくれるの?」

「短いと呼びやすいからね、いざって時。ジュンだって、本当はジュリアンだけど俺縮めてジュンって呼んでるんだ」

「そうなんだ…」


もしかしたらずっと「ジュン」だと思っていたのかもしれない。驚いたように尻尾をピンと立てて冬威とジュリアンをチラチラと見比べるクラックに、ジュリアンが苦笑いをこぼしながら口を開いた。


「縮めるなら『ラック』が呼びやすいんじゃない?」

「ラック?普通最初の数文字じゃないの?」

「必ずしもそうとは限らないよ。俺だってそれならジュリでしょ?」

「あ。ホントだ」

「それだと女性っぽいから、ジュンって呼んで欲しくて。それに、ラック…LUCKと書けば意味は『運』。しかも『幸運』を意味する言葉になる。今までよりも、幸せが多いと良いなって」

「おぉ!なんかかっけぇ!じゃああだ名はラックだな」

「う、うん!」


最初はビクビクしてツンツンした態度だったクラックだが、もうすでにニコニコ笑顔で対話が出来ている。人間に奴隷にされていたにしては、適応が早いというか性格が擦れていない。それはきっと、幸せ…だったとは限らないけれど、家族の元で最近まで普通に生きてきたことが関係しているのかもしれない。

閉ざされた世界から今、その扉を開いたのだ。

どう生きるかは彼、クラックの自由だ。


心の声が誰にもばれないで良かった、色々聞かれてたら残念感が半端ないな。と思いながらジュリアンは買ってきた服を取り出した。名前を呼んでから、まずは無言で包みを差し出す。


「これは?」

「服だよ。見たところ、荷物は持っていないようだったから。せめて3着くらいは無いとね」

「あ、ありがと。でも俺、お金の代わりになるようなもの何にも持ってない…」

「いいよ、古着だし。それほど高くなかったから。それと、これも」


手を伸ばしかけてオロオロとしたクラックの両手に包みを押し付けると、反射でつかんだのでジュリアンは手を放した。困った様子で包みを抱えるが、やはり嬉しいのだろう。揺れるしっぽは素直だ。

その包みの上に、帰り際に目についた小さなナイフをそっと乗せた。


「…」


差し出された刃物に思わずピシリと固まるクラック。目を見開いて驚いてから、おずおずと視線を上げてジュリアンを見る。困惑しているようだが、その理由は分からない。軽く首を傾げて見せれば、モゴモゴと口をさせてから小さな声を出した。


「俺…獣人だよ?」

「知ってるよ」

「俺、猫だけど、大人になったら人間より強いよ?」

「そうなの?頼りになるね」

「武器、持ってて良いの?奴隷でもないのに…」

「なんだ。そんなこと気にしてたの?」


他者を傷つけるのが嫌だとか、ナイフ嫌いとか、そういう理由かと思っていたジュリアンは、もしかしたら冬威のせいで自分も日本の平和ボケがうつったかも、なんて苦笑いを浮かべる。クラックに荷物を持たせたままという少し無理のある恰好をさせつつ、彼の右手にジュリアンはそのナイフを握らせた。

黒い柄に、木の鞘がついている、形で言えばごく一般的なサバイバルナイフだ。


「すぐわかると思うけれど、僕はパーティーの中で唯一戦闘技能を持っていない」

「魔法はこれから磨く予定なんだよ」


冬威のちゃちゃを受けながらも、視線はそらさずにまっすぐにクラックを見つめて、ナイフを持たせたクラックの手を、上から優しく握った。


「肉弾戦が得意なら、使わなくても良いけれど、採取だったり解体だったり、刃物を使う機会は多いと思うんだ。そうでしょう?」

「…うん」

「それにね、見て?これ。綺麗な銀色」


数センチだけさやから引き抜けば、わずかな光に反射してキラリと光る銀色の刀身が現れた。

磨かれたそれは、冒険者が雑に扱う剣よりは綺麗な輝きを放っているが、別に高価であるとか、特殊効果がついているとか、そういったモノはない普通のナイフ。

少しばかりきょとんとしてナイフを見ていた視線を上げてジュリアンを見たクラックは、抱えていた服の包みを足元に下ろしてから今度は自分で鞘からナイフを抜いてみた。

完全にあらわになった刀身は、窓から入る光を反射してキラキラと輝いている。


「…」

「只のナイフだよ。殺傷能力も…あまりないかな。リーチも短いし。扱えるよね?」

「綺麗…大丈夫。いや、その…でも、武器まで…」

「銀のナイフはね、俺が生まれた場所では幸運や魔よけを象徴する金属って言われていたんだ」


パッとみんなの視線が集中する。クラックだけではなく、シェルキャッシュやクロまで興味を示したようだ。驚きで目を丸くするクラックに、この子は感情が豊かだな、なんて考えながらジュリアンは目を伏せた。


「その中でも銀のナイフは、魔から人を守る物『クレテンザ』と呼ばれる。クレテンザは信用という意味があって、銀のナイフを持つ人は信用できるなんて言われたりした。…残念なことに、このナイフが純銀製かはわからないんだけど、そのしきたりにあやかってみようと思って」

「信用…信じられる、人…」

「君が良い子だって分かったからね。そういう子の周りには、人は集まってくるものさ」

「うん。…うん」


その場所にべしゃりと座ってしまったクラックは、鞘に戻したナイフを抱えて嬉しそうに目に涙をためた。今まで黙って我慢していたらしいシロが一番最初に突撃していき、クロがやれやれという顔でクラックの側による。

そんな様子を見ながら、シェルキャッシュも何とも言えない顔で笑っていたが、冬威だけはこっそりとジュリアンに近づく。


「銀のナイフ…それって、毒に反応するってやつ?」

「…うん、そうだよ」

「そのことは伝えなくていいの?毒に反応するって」

「地球の知識だからね。それに純銀じゃないし、伝えたところで望んだ成果が出るわけないから」

「そっか」

「正直なところを言うと、彼は小柄だし、筋肉の付き方から肉弾戦が得意とは思えなかった。でも使わなくても、武器を持っているという事実は精神的に安心できるでしょう?奴隷としてこき使っていた人間と一緒に居るわけだし。この世界では特に命が軽いからね」


そんなジュリアンの説明に冬威はフッと小さく噴き出して笑う。ジュリアンが怪訝そうに彼を見ればにやりと笑って返した。


「なんだかんだ言って、いちばんやさしいのはジュンだよな」

「…そんな事ないよ」

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