129 前に立つ、そして前衛【ザバートンでは】
ザバートンでは結局みんなで宿屋で部屋を取り、1泊することにした。
アナザーワールドを使用するかどうかはギリギリまで迷ったが、今を逃すと人間が多くなるエリアになるだろうし、今回くらい宿に泊まれば?というクロの序言に従って宿を選択。名無しの獣人の子を一応しっかり休ませたかったし、いいタイミングだろうと本人以外からは特に反対意見も出なった。
戸惑う様子にジュリアンの言いくるめ(ちょっと脅し)で了承させた感じではあるけれど。
そこで一応医学にあかるい人を探して名無し君を見てもらったが、疲労がたまっているだけで健康体だと言われた。あとちょっと栄養失調ぎみらしいが、そこまで危険ではない。「偏食が酷いですか?今のうちに直さないと大変ですよ」と注意を受けただけにとどまった。彼と同じ獣人が保護者として居ない事にも突っ込まれなかった。戦争とかあるらしいし、孤児も珍しくないのかもしれない。
そしてここでこの子の年齢が9歳であることが判明。その事実に驚愕した一同だったが、獣人は成長が早いらしく10歳でほぼ大人と変わらないらしい。それもあって「保護者は?」とか聞かれずに済んだみたいだが、色々と驚きが満載だった。
容体の詳細については怪我らしい怪我もないと言われて「そうですか」とその場を後にしたのだけれど、薬草を調合して手当てしたシェルキャッシュとジュリアン、そして怪我をした本人はどこか納得できずに首を傾げている。
そんなこんなで宿屋の1室に戻ってきた一同は、一応性別で部屋を分けた男子用の部屋に集まって顔をさいど合わせていた。
「確認したいことも多いけれどとりあえず最初に聞きたいことがあります。というか、決定した方が良い事、かな?」
そう切り出したのはジュリアンだ。冬威がリーダーならば、ジュリアンは参謀だろうか?こういう場合の進行役は彼が適任だという事は明言せずとも理解している。
彼の切り出しに視線が集中するが、その中でジュリアンはまっすぐ獣人の子を見つめた。
「名無し君。君の名前を教えてくれ」
「俺の名前?」
「そう。いつまでも名無しでは困るだろう。医者のところで自発的に名乗ると思ったのに、あの医者も尋ねないし、君も言わなかった」
「そういえば!ってか、なんでその時に言わないの?ジュン。あれじゃカルテの管理とか難しいんじゃない?」
「魔法で記録しているとかならどうなってるのか全く分からないけれど、見た感じこの世界はアナログなものが多いからね。もしかしたらって期待したんだけど…。情報の価値観が低いのか、いちいち容体を記録してデータを残してい無いのかもしれない。もっとも、大きな…それこそ国が管理するような医療施設であれば別だろうけれど。それと、あの時に指摘しなかった理由は、僕らがこの子達を強制的に連れまわしているんじゃないかって変に勘繰られるのを恐れたからだ」
「あぁ、そっか。仲間なら名前くらい知ってるだろうしねぇ。一応首輪外れて奴隷じゃなくなってるわけだし、ここで俺らが知らないと確かに変に不信感を与えるだけだったかも」
「まぁ、この子が獣人側に保護されるならそれでも別に構わなかったけれど…」
「そんなの無理だ!」
ジュリアンの言葉に反論したのは獣人の子だった。思わずといった様子で立ち上がり、こぶしを握って「保護されるなんてありえない」と眉を寄せて表情をゆがめている。
此処で冬威は改めて彼の様子を観察してみた。
身長150センチ程。年齢は9歳らしいがあと1年で大人と言われても「え?マジで?」って感じがはんぱない。童顔なのかな?獣人のため成長が早めで、人間からしてみると実年齢よりは年上に見られがちというのは納得できる。というか、同い年か少し下、あたりに考えていたわけだし。それと、確認したところ性別は男で間違いはない。
黒い髪は肩につかない長さ、前髪も長いままだが、左目を隠す様に2:8程度の割合で分けている。瞳の色も黒だ。片目を隠しているからと言って怪我が有るとかそういう特別な理由はなくて、単純に髪の毛の生え方のせいでこうなってしまう感じだ。短くすればその問題も解決できるだろう。
クロと並ぶと兄弟のようにも見えるのはカラーリングが似ているからだろうな。
そして特徴的なのが2本の尻尾だ。ソレが1本ならば完全に猫であるのだけれど。
…これが原因なんだろうな…と考えていれば、名無し君は自分の事を話し始めた。
2本の尻尾のせいで仲間からも、家族からも腫物扱いされてきたこと。決して愛されていないわけでは無く、愛を知らないわけではない。でも、自分がいるせいで家族が不幸になっていると感じているらしかった。
「そんなの分からないじゃん。家族に聞いてみたわけ?」
「全く同じ存在など無いのですよ?あなたのそれだって個性ではありませんか」
平和な日本出身の冬威と、仲間の絆を大切にしているシェルキャッシュが彼の言葉にそう口をはさむが、反論したのは以外にもジュリアンだった。
「身内であるからこそ、そういう意見を言いにくいという事もある」
「な!…だって、自分たちの子供だろう?!普通家族って無条件で支えあって、愛し合える関係だろう?」
「僕たちは彼の姿に忌避感を感じていない。それは、そういう存在を物語だったり、アニメだったり、ゲームだったり、そういった媒体で知っていて、ある程度慣れているからだ」
「む?…今それ関係なくない?」
「何を言っているのか良くわかりませんわ」
突然話を変えた様にも感じた言葉に眉を寄せれば、ジュリアンはいたって冷静な態度を崩さずに視線をまっすぐ冬威に向けた。
「例えば、トーイ。君が将来結婚して、生まれてきた子供に指が6本あったらどうする?」
「え!?」
「指の数程度ならば、パッと見は分からないから問題はないかもしれない。では、例えば子供に、目が1つしかなかったらどうする?」
「…え」
「1つ目といえば、よくサイクロプスなんかがあげられるね。全く知らない姿でもないか。…でも、自分の子供だからこそ「どうして普通の子と違うんだ」という考えを抱くはずだ。そして逆にそれが他人の子供であれば「うちの子じゃなくてよかった」と安堵する。僕だったら、きっとそういう感情を抱くと思う」
「…」
「別に貶したいわけじゃない。僕はそういう人を直接見たことは無いから何とも言えないけれど、ニュースでそういう人が居るらしいことは聞いたことがある。真実か嘘か、は分からないけど。だからこれは僕個人の意見だ。でも、この気持ちに共感できる人は多いと思う」
想像して黙ってしまった冬威はそのままで、今度はシェルキャッシュに視線を移した。
「そして君は、現に仲間の1人を強く拒絶していたね」
「…あれは…」
「言っている事と、これまでの行動が釣り合っていないよ」
「だってあれは、エルフではないからですわ!仲間では無い、そう判断するのも当然というもので…」
「では、エルフであるという判断は何処でするのかな?僕からしてみれば外見的特徴はエルフのそれだったけれど」
「流れている血が違うではありませんか!」
「では、もしもこの名無し君が魔物との混血であった場合は、仲間を拒絶する理由が出来るね」
「そ…そういう意味では…」
このやり取りは当事者である獣人の子の目の前で行われていた。当然その会話をずっと聞いていたわけで、若干涙目になって俯く彼にやっとジュリアンは顔を向ける。
「僕は人間だ。決して強者ではない。それどころか、弱者の分類に入るだろうが、一応ごく一般的な存在だと思っている。だから、世間一般が持つ考えを口にした。それは君にとってどうだった?つらい事だっただろうか?」
視線を感じているためにジュリアンが自分に話しかけていると分かった獣人の子は、きゅっと唇をかみしめた状態で顔をあげた。しかし返事をすることが出来ない。口を開いたら泣きそうな気がしたからだ。
いったいなぜ今この話をしたんだろうか?話の流れ的に仕方なかったのだろうか。
でも、自分をのけ者にして話し合われるよりは、堂々と話してもらえた方が若干の安堵を感じるのも事実だった。
「人間は臆病だ。自分と違う存在を恐れる。だけど、僕は獣人を忌避してはいない」
「…?」
「仲間うちでは…いや、同じ仲間だからこそ目につく嫌な場所っていうのはあるものだ。ならば、君はどうするべきだと思う?」
「俺…は…」
「僕だったら違う仲間を探しに行くよ。君はどうする?どうしたい?」
そんないきなり質問されても、思考はこんがらがるばかりでまとまらない。思わず再び視線を落としてしまえば、気まずい沈黙が降りる。それを何とかしなくて必死に言葉を探したが…
「…わから…ない…」
そういうのが精いっぱいだった。それでもジュリアンは一度頷くのみで、呆れた様子は見せなかった。
「暫くじっくり考えておいで。どうせ1泊はするよていだし、時間はある。さっきは勢いもあって「連れて行って」という言葉を了承したけれど、ここに残るのも1つの手段だよ」
この場所ならば悪い人間が町中に入ってこないだろうし、もう奴隷に戻ることは無いだろうという打算もある。このまま平和ボケしていた冬威や、子供の獣人に対して罪悪感を感じているようなシェルキャッシュと一緒にぬるま湯の中に居たら、自分の現状を見失うかもしれない。
獣人を珍しく感じる自分たちにとって、2本の尻尾があるからなんだ?という気持ちしかないのだ。そのことを分かってくれというには彼は幼すぎただろうか。
「予定では明日、この町を出発するんだよね。今のうちに買い物を済ませておこうと思う。ギルドもないみたいだったし、お金儲けが出来ないならば連泊する余裕はないからね」
あえて悪役っぽく突っ込んだことを言ったけれど、考えをまとめる時間を与えようとジュリアンは1人立ち上がった。冬威とシェルキャッシュ、そして獣人の子は黙ったまま視線を送る事しかしないが、扉が閉まる寸前でシロがパッと立ち上がり、駆け出した。
「シロもいく~!」
「あ、おい。お前は邪魔になってしまうだろう?」
もう子守になれ始めているクロが手を伸ばしかけるが、閉じかけた扉の隙間に手を入れて止めたシロはクルリと顔だけ振り返ってにっこり笑った。
「クロはみんなをみていてよ。クロが1番変なんだから、きっと大丈夫だよ!」
「え?変?」
確かに身体的特徴で言えば竜であるクロが1番すごいのかもしれないが。問い詰める間もなく、扉の隙間からするりと外へ出て行ったシロを送るように、パタンと静かに扉が閉じる音が響いた。