128 風が吹くまま、気の向くままに
話し合い…というか、静かな言い争いのような物を木の裏側に隠れながら見ていた俺は、自分を拾っただろう人間をジッと観察していた。男2名は人間だ。普段嗅いでいた人間の臭いと若干違うような気もするけれど、身体に見てわかる特徴はない。まずただの人で間違いない。
後からやってきて今怒られている女はエルフだ。耳がとがっているし、植物の爽やかな香りがする。ただ、エルフも俺ら獣人と同じく人間にとっては良い獲物のはず。…でも口ごたえできてるから奴隷じゃないみたいだし、仲間なのかな?
あとの2人の女は…良く分からない。茶色の髪の能天気そうな方は匂いが薄い。生物であることに変わりはないだろうけれど、存在が希薄に感じる。そして2人目、黒髪の女は…正直に言うと怖い。小さいのに1番怖い。
詳しく探ろうと意識を向けると、視線を感じるのかすぐにその金の瞳が此方を見る。
そして『何をしているのだ?』と問い詰めるように細められるとこれ以上視線を向けてはいられない。
見た目は人間なのだけれど、見た通りの存在ではないという事だろう。
ちなみに俺は黒い毛並みに黒い尻尾、尾の先には白い毛が一部分あるが、一応は猫型の獣人だ。これがクロヒョウとかだったら戦闘能力も高いし、ガタイも大きいしで奴隷に落ちても引く手数多だったはず。だけど俺はただの猫。良い所をしいて上げるとすれば…何だろう?高い所から落ちても平気?…いや、スピードが人間よりはあるかな。後は獣人だから基本的に身体は丈夫。今は身長150センチくらいだけれど、大人になれば170センチは行くはず。それでも肉食獣ベースの獣人としては小柄な方な一族だけど。
そういえば、今さらだけれど俺を買った人間は、あいつ等では無かったはずだ。
もっとずんぐりむっくりしていて…あ、無駄に太っているというわけでは無く、筋肉がしっかりついているという意味だ…黒い服を身にまとっていて、そして臭い男だった。
汗や汚れのせいもあるけれど、一番は隠密行動をするために魔物避けの香を使うせいだ。獣人は魔物とは別枠だけど、嗅覚は同じくらい敏感だからその香の臭いの被害を俺も受けていた。
対象が獣人だったら存在をアピールしているようなものだけれど、そいつらは人間のくせに同じ人間をターゲットにして襲っていた。
そして目の前のメンバーは標的としたチームだったはずだ。
俺はその尾行を命じられた。戦闘能力が微妙な反面、隠密行動はぴか一なのだ。それなのに、気を抜いた瞬間に見失って、俺の飼い主に散々殴られて放置された。
そうだ。
俺、結構ひどい怪我していたはずだ。荷物になるから骨や内臓に響くようなものはなかったけれど、食事を貰えなかったり、顔面にパンチくらったりしていたはずだ。それなのに今は怪我してたことを忘れてたくらいには痛くない。
グルグルと回る思考をとりあえずおいておき、話し合っている奴らから視線を外して完全に木の裏側に潜ると木の幹に背中を預けて座り込んだ。
「これから、俺、どうなるのかな…」
不安から思わず声がこぼれてしまう。獣人は仲間意識がすごく高い。だから俺も、両親をはじめとする血族の中では愛情をもらって育てられてきたけれど、普通の猫獣人とは明らかに違う身体的特徴があった。
俺のしっぽは2本あるのだ。
俗にいう猫又っていうやつらしい。詳しくは知らないけれど、先祖返りだとか、魔物と交わったとか、奇形児で半端ものとか、よくわからない噂を村でもたてられたりした。あからさまな暴力はなかったけれど、さりげなく仲間からはじかれたり、遊びに行く約束を伝えられなかったりと避けられてきた。
でも家に帰れば家族がいる。表へなるべく出るなと言われるから、引きこもり生活が続いたけれど、1人ではない。だから全然へっちゃらだった。
家族はいつだって俺を暖かく迎えてくれる。家族が居れば、ほかに何もいらないんだ。そう思ってきた。でも、家族たちだって俺には本音を見せないだけで、大丈夫なはずなかったんだ。
俺のせいでほかの兄弟たちも巻き添えを食らって、俺のせいで物を売ってもらえなかったりして、俺のせいで集会の予定を伝えられなかったりして。
「また、売られちゃうのかな…」
奴隷となってしまったのは、完全に自分のせいだ。村の奴ら全員が俺の家族をいじめている気がして、俺が居なければ丸く収まる気がして、1人で悩んで、1人で勝手に村を出た。そんなところを人間につかまってしまった。でも俺、疫病神みたいだし、仕方ない。
「逃げて生き延びるという手もあるんだよ?」
「!?」
集中して考え込んでしまっていたせいで、こちらに人間が近づいてきていたのに気づかなかった。日々の疲労が集中力を鈍らせたのも原因かもしれない。すぐに行動に起こせるように腰を地面から浮かせて低く構えてから視線を声のした方に向けると、あの暗い空間でそばにいてくれた人間がそばに立っていた。
「人間が怖いのだろう?恨んでいるのだろう?…ならば、俺たちと共に行動する必要はない」
「捨てるのか?奴隷は主から『不要だ』と判断されて、しかるべき手順を踏まずに捨てられたら命が奪われるんだぞ」
「へぇ。あの首輪にそんな効果もあったんだね」
「へぇ、って!今はあんたが俺の主なんだろ?」
「どうして?」
「どうしてだって?だって、前の主からだいぶ距離が離れているはずなのに、どこもいたくないし…」
あれ?そういえばそうだ。首輪は主から離れすぎると警告のようにその径が小さくなり、首が閉まるような魔術が書き込まれていた気がする。でも全然苦しくないし、痛くない。そう思い当たったのが顔に出たのか、目の前の人間は右手をゆっくりとその手を持ち上げて、自分の首を指す様に軽く触れた。ポカンとしてみていたら、俺に「首に気づいて」というアクションだったらしくスッと人差し指を向けられる。
慌てて自分の身体を確認してみたら、首輪がない事に今気づいた。
「うそ!…なんで…」
「まぁ、色々あって首輪は無くなりました。君は自由になったはずだ。どこへでも行くと良い」
「捨てるならどうして助けたの!?」
首輪を外してもらった事を感謝するべきなのに、思わず突っかかってしまった。あ、マズイ。怒らせてしまっただろうか?でも今更家に帰るというのも、気まずいというか、なんというか。
あっという間に後悔の念を抱くも、発言した事は変えることが出来ない。じっと彼を見上げていたら、少し困ったように笑った。
「君が生きていたから」
「え?」
「生きている君を見つけたから」
「俺を…」
「だが、君のいう事も一理ある。命を拾った以上、そこには責任が発生するから」
なんだか難しい事を言っていて、いまいち理解できなかった。だけど、次に続いた言葉に思わず目を見開く。
「何がしたいのか、何処へ行きたいのか。君が決めて、行動すればいい。それが偶然僕らと同じ行き先ならば、一緒に行こう」
何がしたい?なんて聞かれたことが無かった。どこへ行きたい?なんて考えたことが無かった。
だから反射で俺は思わず答えてしまって居たんだ。
「連れていって。一緒にいきたい!」