012 旅立ち、そして違和感【それではお気をつけて】
「それではお気をつけて。無事にご帰還されることを願っております」
馬車に乗り込んで窓からツフェリアーナに見送られてからだいぶ時間が経過した。
あの儀式の後すぐに出発するという事で、春香と冬威は用意された馬車に乗り、ゴールズジーザは一人で別の馬に乗る。そして彼らを護衛するかのように町に出てから騎士らしき格好の人が数名合流していた。
町を出るまでは「マジ車とかわんない!」ってくらいの速度で走っていた馬車だったが、今は自転車で走っているくらいの速度に落ち着いていた。生きている馬が引いているのだ、ずっと速度を保っているのは難しいのだろう。魔物退治という事でスピード勝負なのではないのか?と疑問に感じたりもしたのだが、いろいろひっくるめて今の状況が最善なのだろうと思い返す。
「そういえばさ、だれか合流してたよね?」
「誰か?…あぁ、なんか騎士みたいな人のこと?」
「うん。町中だと色々都合があるから外で待ち合わせしたにしてもさ、顔合わせくらいしてもよくない?名前も教えてもらえてないじゃん」
運動部だから、というわけではないけれど春香は結構礼儀にうるさい。たとえ数時間の付き合いで別れるとしても、1つの仕事を共にするメンバーなのだ、気分よく任務をこなしたいという気もあるのかもしれない。しかし相手側はそう思っていないのか、合流してしばらくたつ騎士たちも誰も声をかけてはこない。それがちょっと納得いかない様子だった。
適当な性格の冬威ではあったが、軽い自己紹介くらいは自分もするな、こういう場合。と考えてちらりと外を見る。ただ、一度儀式のときに抱いた不信感はだんだんと胸の内で大きくなってきており、冬威は話しかけられないならあまり交流を持ちたくないと思っていたので春香ほど不服を感じていなかったのだ。
「もしかしたらお昼の時間にするんじゃないの?自己紹介。馬車って俺初めて乗るから勝手がわからないけど、走行中に窓…って、これはめごろしじゃん。窓があかないならドア開けるしかない。それはちょっと危険なんじゃないの?」
「…そうかなぁ?」
冬威の言葉にも納得いかないという声色で返事をするが、確かに今ドアを開けるのは危険なのかもしれないと考え直したようだ。じっと視線を窓へと向けて、外の様子を見始める。小さな窓はガラスの製法技術がいまいちなのか透明度は低い。しかも馬車のドアは外から鍵をかけるタイプで、今現在密室なのだ。ただ走行中にドアを開けようとは思っていないので、そのことにまったく気が付いていなかったのだが。
「なんかさ、すっごい不安なんだけど」
「不安?…なんで?」
「なんでって言われると…うまく言えないんだけど…、力の使い方教えてくれたりとか、どんな敵と対峙するのかとか、いろいろ教えてくれてもいいと思わない?」
「それは…そうね。私たちが自分で戦うわけじゃないという事だけしか聞いていないものね」
もうすぐ帰れるという事が1番で春香はあまり変な空気を感じてはいなかったようだ。それでも冬威がそう口にすると納得したような顔で窓をコンコンとたたいた。
「すいません!ちょっと聞きたいことがあるんですけど!」
隣を並走している騎馬兵に声をかけてみたのだが、音に反応してこちらを見ただけでこちらの問いかけに堪えない。さらに数回同じことを繰り返してみたのだが、首を傾げるような動作をして少し先を走っているゴールズジーザに何やら声をかけている。
「…ちょっと何あれ。感じ悪」
無視されたと感じた春香はそう言って鼻を鳴らし椅子に座り腕を組むが、冬威は何をしゃべっているのかと窓に耳をくっつけた。
**********
馬車が出て町から出たとき、魔物出没の情報を持ってきていた騎士、エンリケと合流した。
こちらが止まると後ろをついてきた馬車も一度停止する。それを見て彼はゴールズジーザの前で馬を降りると膝をついた。
「私、エンリケ・フクスと申します。辺境巡回監視隊の副隊長として進行中、悪意の種の出没と遭遇し、勇者様派遣を願った者です」
「そうですか、貴方が」
馬の上でゴールズジーザがそう声をかけ、彼もまた馬を降りた。階級を見れば騎士の副隊長と教会の神官は神官のほうが地位が上だが、エンリケの名前で貴族であると判断して彼も丁寧なあいさつを返すべきだと考えたのだ。
「私は神官のゴールズジーザ、今回の魔物討伐に戦闘員として派遣されました」
「戦闘員ですか?…あの、勇者様は…」
勇者を使った戦闘方法は神の力を使うという事もあり、地位ある人間のみに真実が語られる。そのため一般人は他国の勇者と呼ばれる人間がこの国に来て、その勇者たる力を使って倒してくれるという言葉がそのまま信じられている。貴族という事で彼は知っている人間かと思ったが、エンリケの言葉で一般人と同じくらいの認識しかないと判断。そして慌てることもなく用意されていた文句を口にする。
「勇者様をサポートするのが神官としての務めなのです。一般の方は教会の神官は神のお告げを聞くだけの力しかないと思われがちですが、場合によっては神聖な力は魔物にとって有効な攻撃力となるのです。今回は来ていただいた勇者様が子供というよりは大人に近く、完全な大人というにはまだ幼い年頃の方のため、色々な面でサポートできるようにと私が付いたのです」
「なるほど。さすがはゴールズジーザ様、そのお名前は聞き及んでおります。勇者様とともに魔物を屠る、勇者様が力ならば、ゴールズジーザ様は知識である。勇者と賢者という立場であると有名です」
「いやいや、そのようなことは。それよりも、ほかの方々は?」
お世辞の言い合いになりそうな空気を読んでこの話を切り上げるべく、エンリケの後ろにいる数名の騎士を見る。その視線を受けて後ろに控えていた騎士たちはそろって敬礼を返した。
「あぁ、彼らはゴールズジーザ様と勇者様を護衛するためにメンバーを集めました。情報が行っているかわかりませんが、私が率いていた部隊はほぼ全滅させられてしまい、安全に勇者様方を護送するために急きょ集めたのです。…ですが、心配はしないでください、急ごしらえのチームではありますが、腕は確かの者たちですから」
「そうですか。ありがとうございます。…とりあえず出発しましょう、話は移動しながらでもできます。あまり長く立ち止まっては居られません」
「勇者様にご挨拶は…?」
「今は少しでも進みたい。途中で休憩を入れる予定ですので、その際に」
「了解しました」
そう返事をすると軽く一礼してから馬に乗るエンリケ。それに合わせて後ろの騎士たちも自分の馬にまたがる。そして馬車を護衛するように配置についた。それを見てゴールズジーザも再度馬にまたがるが、その表情は険しい。
「…聞いていないぞ。まさか伯爵家の言葉を無下にすることはできないし。…面倒なことになった」
ぽつりつぶやいた言葉は、真実を知っている馬車を操縦していた御者にのみ届いたようだ。馬の手綱を握りながら周囲を見渡し、ゴールズジーザと同じような険しい顔で一度ゆっくり頷いた。