124 ザバートン、そして偵察【エルフの里に近い村】
エルフの里に近い村。町?…そこらへんの線引きは曖昧で、異世界から来た冬威には良く分からない。ジュリアンは魂だけ異世界人の一応現地人だが、鎖国状態の国から飛んできたために状態としては冬威と同じだ。
「と、言うわけで。殲滅してしまった方が早いと思いますわ」
いま何の話をしているのかというと、目的地であったあの村に入るか否か、という作戦会議をアナザーワールドでしていた。村は目視できるほど近づいたが、まだ村の住人にはこちらの存在は気づかれていないだろうという距離。遠くから覗いただけでも、それなりに門から人の出入りがあるようで、意外とにぎわっているようだ。シロが『偵察行ってくる!』と駆け出しそうになったのをクロが首根っこを掴んで止めて、さて次は…といった時にシェルキャッシュが言ったセリフだった。
「何をもってそういう結論になったのか分からないけど、とりあえず却下」
「どうせあそこには人間と獣人しかいないのでしょう?問題ないと思いますわ」
「それ、この子を保護したあとでも言うんだ?」
シェルキャッシュの物騒なセリフをジュリアンがすぐに切るが、勝気な性格のせいかなおも言い募る彼女に冬威が眠っている子供を指さしてそう問いかけた。すぐに反論しようと口を開きかけるが、とっさに言葉が出なかったようで少しだけ表情をゆがめて口を閉じる。
すぐに「そのことは関係ない」と言わないあたり、少しばかり成長したような気がしないでもない。
この子は先ほど一度目を覚ました時に、ジュリアンが時間をかけて作っていたパン粥を食べさせた。暇な移動時間を有意義に活用しようとグツグツ煮ていた匂いで起きたようだ。かなり衰弱していたようだし、物が食べられるか少しばかり心配したが、それは杞憂に終わった。残したら皆におやつ代わりに振舞ってあげようと思ったのだが、一滴も残らず完食したのだ。少しだけ飲ませた薬と短いながらもしっかりとれた睡眠が効いて、かなり速いスピードで快方にむかっているようだ。大きなけががなかったのもよかった。獣人は身体が強いというのは本当らしい。
本当はミルクがあれば良かったのだけれど、残念なことに栄養価の高いミルクはそれなりに高価でもあるらしく、なおかつ保存がきかないという理由からあまりでまわっていない様だ。生活魔法で出した水を沸騰させて、保存がきくようにカッチカチに乾燥されたパンを煮る。同じく干し肉を途中で居れて味付けとし、粥というかスープのよう、あるものを使った簡単な料理になった。ハーブなどがあればもっと胃に優しそうなお粥になったんだけれどな。
と、脱線しかけた思考を元に戻してジュリアンはスッと立ち上がった。
「ここはすでにエルフの里ではない。人間が多く生息する地域だから、偵察に行くにしても僕かトーイ、それかクロの誰かが適任だと思う」
「なんでクロ?シロもできるよ!?」
「シロ、じゃあ一昨日の夕飯何を食べたか覚えてる?」
「え?それくらいわかるよぉ。…えっとね、えっとね…お肉食べたお肉!」
「何のお肉だったか覚えてる?」
「え、干したお肉じゃないの?」
「シロ、一昨日はお主が川遊びに夢中になったから魚を取って食したではないか」
「あれぇ?そうだっけ?」
「うん。シロはダメだ。俺もそう思う。でもジュリアンが居なくなったらこの場所真っ暗になっちゃうじゃん?そうなると、俺とクロの2人が今有力候補?」
「そうなんだけど、みんな外に出て待機していても大丈夫なんじゃないかとも思うんだよね。僕の推測だけど、ここは隠していないエルフの里に一番近い場所のようだし、そこまで差別意識が高いとは思えないんだよ」
「何をおっしゃってるの?人間はどこに居たって人間ですわよ!?」
「でも、里に来ていた冒険者たちは問題を起こしているようには見えなかったし、実際おとなしく里のルールに従ってくれていたでしょう?」
「…」
「君の気持も分からないでもない。でも、その態度を許すのも今が最後だよ」
椅子などないので地べたにそのまま座っている体勢だが、正座をし直して姿勢を正すとまっすぐにシェルキャッシュを見る。足を抱えるように座っている彼女は、そのジュリアンのまっすぐの視線を受けただけで少しばかり居心地悪そうに身じろぎした。
「確かに、人間は欲深く、そして浅ましい生き物であるかもしれない。でも、そんな人間ばかりではない。種族を理由に差別なんてしない人たちだっているんだ。トーイのように」
顔を黙って聞いていた冬威に向ければ、話に合わせて頷いてくれた。
「偵察は僕とトーイで行く。クロはシロとシェルキャッシュを見ていてくれないかな?」
「なぜ私もシロと同等なんですの?」
「シロは子供すぎるから。君は過激すぎるから」
「なっ!?」
「うむ。まぁ、仕方なかろう。我であればシロの足にも追いつけるし、このエルフの小娘が暴れた時に力で抑えることが出来るだろうしな」
「じゃあ早速動こう。とりあえずアナザーワールドしまうから、出てくれるかな?」
ジュリアンの声に立ち上がり、彼が開いた扉をくぐって外に出る。シロは早速駆け出そうとしたのを慌てて冬威が引き留めていた。それを横目に外に移動させるために眠っている子供を抱き上げる。すると、まるで赤子が親に甘えるように、この子はジュリアンの服をぎゅっと握った。
「して、この子供はどうするのだ?」
最後に外に出たジュリアンを見ながら、クロがそう問いかける。言葉は彼に対してだが、視線は腕の中の子供に向けられていた。
「そっとしておいてあげてくれると、嬉しいかな」
「起きた時はどうするつもりだ?あのスキルの中ではなく外の世界に置くならば、簡単に逃げられるぞ?」
「逃げたいと思って、この子が行動を起こしたならそのまま行かせてあげていいよ」
「…なんだ、助けたかったのではないのか?」
「手は差し出した。その手をこの子が握るのか、それを決めるのは僕たちではない」
「帰ってきた時に居なかったら、トーイは怒るか…悲しむかもしれんぞ?」
「僕たちは珍しいスキルを持ってはいるが、誰にも負けない強力な力ではない。仲間を増やすならば、養えるだけの狩りの腕と金銭面での余裕が必要になる。…今の僕らのチームに居ることが、この子にとって最善であるかもわからない」
「…選ぶのは、自分自身というわけだな」
「面倒をかけてごめんね、クロ」
「構わんさ。長い一生のわずかな時間、たいして苦でもないわ」
「ありがとう」
扉を消して、立てかけていた木の根元に外套を敷きその上に寝せてあげようと下ろすが、なかなか手を離さずに指の間に隙間を作ろうと少しばかり力を入れて握りこむ。離されるのが嫌なのか、子供は唸り声をあげたかが結局目を覚まさずに手は服から外れた。