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122 アナザーワールド、そしてすなわち異世界【一瞬にして酸素が消えて】

一瞬にして酸素が消えて、代わりに熱があたりを支配する感覚が広がる。

まとわりつくような熱風に思わず腕で顔を庇ったジュリアンだったが、すぐそばに立っていた冬威は放心状態でポカンとしていた。


先ほど発動させた魔法『ファイヤー』。確かに火を生み出すものだった。

だが、これ自体は火魔法の術ではなく、生活魔法を意識して発動させたはずだ。火が生まれたとしても小さな火種が出現するだけだったはずだった。


「何で、こんな大きな火が…」


呆然と口にした冬威の言葉を聞き終わる前にジュリアンはハッとして顔を眠っているはずの子供に向けた。突然の熱で飛び起きたようで、上体を起こそうとして力が入らず、べしゃりと倒れこんだらしく、不自然な恰好で倒れこんでいた。


「っ!…な、何が…火?」

「ごめんよ、触れられるのは嫌いだと思うけど、少しの間我慢して」

「…っおまえ…消し炭にする気か…!!」


慌ててそちらへ走り寄って、熱風からガードするように抱え込むと火元から遠ざかるように移動する。力なく子供が暴れるが、それを無視して強く抱きしめた。


「トーイ!とりあえず消火だ!」

「え、おぉおう。…って、どうやって!?」

「えぇ!?」

「そもそもこんな大きな火が生活魔法で生まれるなんて思ってなかったんだよ!旅の間に見せてくれたジュンの魔法は普通にライターの火くらいだったじゃん!小さければ自然に消えるって思ってたし…」

「…っち、仕方ない」


自分の力をコントロールして火を消すことが出来れば一番良かったのだけれど、今は病人も居るし悠長なことを言っている場合ではない。ステータス画面からアナザーワールドを選択し、その中の炎に関連するものすべてを選択、削除した。すると同時に肺すら焼くかと思われた熱を生み出していた炎が掻き消えて、あたりに痛いほどの静寂が戻ってくる。


「…消えた…」

「僕のスキル、アナザーワールドの力で火を排除した。迂闊だった。本番に臨む前に実験できたのはいいことだけど、周囲に病人が居るところでするものじゃなかったね。…それにしても、あれが生活魔法?完全な火の魔法に分類される威力に見えたけれど」

「俺に聞くなよ。魔法発動させることが出来たのも初めてなんだぞ?」

「セットしていたのは生活魔法だけど、トーイは火の魔法も使えたよね?」

「スキルは持ってるぞ?ただ、今はそれもセットしていないけど」

「なんだお前ら…人間のクセに魔法知らないのかよ」


いったい何が起きたのか。話し込んでいた2人に突然声がかけられた。声の主は腕の中の子。うっすらと目を開き、顔を上げて喋るその姿は、やはり体調不良が隠せておらず荒い呼吸を繰り返している。思わずジュリアンは抱えていた腕を丁寧に動かし、自分の福の袖でこの子の額から汗をぬぐう。そして再び床に寝せて離れようとしたが、何故か一度激しい拒絶を見せたにもかかわらず、今回はジュリアンの服を掴んで離さなかった。


「??」

「…インフェルノ…」

「インフェルノ?」

「はぁ…はぁ…」

「君…」

「いや…あれよりは、弱いか…」


言葉の意味を尋ねようにも、なんと聞いて良いのか分からない。暫く様子を伺っていれば、再び目を閉じて眠りについてしまったようだ。何故か口元に浮かんでいる子供の笑みを疑問に思うも、下手に言葉を口にしてしまって地雷をうっかり踏みぬいたりしたら大変だ。とオロオロとしていると、そんなジュリアンを見た冬威が小さく噴き出して笑った。


「なんだかんだ言って、寂しいんじゃねぇの?」

「トーイ…」

「年齢は正確なとこ分かんねぇけど、この子見た目もまだちいっこいから本当に子供だろう?」

「おそらくね。でも、小型種であれば、この体格で大人って事もあり得るかもしれないよ?」

「いや、こいつは大きくなるよ。手足もサイズが大きいし、そんな気がするんだ。それに何て言うかこう、獣っていうか野生の生物ってさ、早熟なやつが殆どじゃん?」

「早熟…まぁ、自然界ではいつまでも子供でいることは不利にしかならないからね」

「だからさ、見ただけで小さいって分かるこいつ、ホントに幼いんじゃないかって思うんだよね」

「…確かに。犬や猫などは1歳でもう殆ど成獣だよね」

「だとしたらさ、何らかの理由で家族と離れて、人間に捕まって、精神的にも肉体的にも苦痛を強いられて…って生活してきたんかな?って思うと…」

「可哀そう?」

「こんなこと、俺が思ったところで何ともならないのかもしれないけどな。シェルキャッシュの話とか聞いてると、この世界は理不尽が多いなって、思うんだよ」

「それで、寂しそうって訳ね」


後で嫌がられたら困ると手を放そうとしていたジュリアンだったが、冬威の話に小さく頷いてその手を止めた。握る拳を優しく上から包んでやって苦笑いを浮かべ、枕の代わりに膝を提供する。いわゆる膝枕だ。

冬威の言う通り、しっかりとした手、そして足の骨を持っているようだ。これはまだ大きくなるだろうと予想するのは難しくない。しかし、それにしては軽い身体だ。あまりきちんとした栄養を取れていなかったのだろう。


「悪い人間はたくさんいる。でも、そんな奴ばかりじゃないって、知っていてもらいたいんだ。…俺、間違っているかな?」

「トーイ、君がしたいならそうすればいい。だけど、この世界の事に胸を痛める必要はない。この世界の人間の罪は、この世界の命が償うべきだから」


優しいのに。どこか冷たい。ジュリアンのそんな言葉に思わず言葉がつまってしまい、次の瞬間にはうつむいてしまう。間違っていない。彼の言葉は正しい。自分はこの世界の人間じゃない。それなのに、彼に…ジュリアンにそれを言われるのがとても悲しい。

そんな冬威の胸の内など知る由もないジュリアンは、この話は終わりだとばかりに話題を変えた。


「インフェルノ。意味は分かる?」

「…え?…確か火に関係していたような気がする」


当然話題を変えたことを指摘する冬威ではない。何事もなかった風を装って、腕を組んで返事を返した。


「まぁ、間違いではないね。inferno、その意味は『大火』もしくは『地獄さながらの光景』という意味にとられることもある」

「地獄…」

「地獄の中でも灼熱地獄だ。どちらにせよ、火や熱が関係しているワードだね」

「で、それがどうした?」

「この子、インフェルノだろうか?と言葉を零したよね?」

「そんな丁寧じゃなかった気がするけど、そんな事言ったな」

「つまり、さっきの火魔法は、生活魔法じゃない。かといって普通の火魔法じゃないかもしれない」

「…何が言いたいのか分からないよ?」


少しの間考え込むように口を噤んだジュリアンは、膝のに乗る子の頭を優しく撫でながら目を伏せた。そして数秒、再び口を開いたが、その声には疑問の色が強く乗るセリフだった。


「僕も、詳しくは分からない。でも、生活魔法程弱くはない事は確かだよね」

「まぁ、あれが生活魔法だったら使えねぇと思うくらいには強力だったと思う」

「インフェルノって名前がつく程強い魔法なら、発動させれば地獄さながらの光景を生み出しかねないほど凶悪な魔法だとしてもおかしくないよね」

「…まぁ、ライターの火で『インフェルノ!』とかやってたら頭疑うわな」

「だからつまり…」

「つまり?」


子を撫でていた手を止めて、視線を冬威に戻す。まだ確信は持てていないが、可能性は高いだろうという気持ちをもって一度小さく頷いた。


「あれは、初級じゃない。中級か、上級の下位、程度の威力があると思う」

「うん。で?」

「あれは生活魔法じゃない」

「うん?で?だから?」

「君は、魔法を使ったんだよ」

「うん。…ん?どういう事?」

「僕のスキルじゃない。君が持つスキルを使用して、魔法を使用したんだ」

「…」


言われたことを胸の内で復唱してみた。自分が持っているスキル。確かに魔法のスキルは持っていた。でも使えないことも確認していた。それなのに、今自分のスキルを使用して魔法を使った?まさかそんな。

だってスキルをセットしてすらいなかったんだよ?


「…は?」


そんな混乱をまき散らしながら、コテンと冬威は首を傾げて最大級の疑問符をぶつけた。

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