120 アナザーワールド、そしてすなわち異世界【活用できる力があるのに】
活用できる力があるのに、どうしてそれを世間のために使用しないのか。
そんな事を考えているような考えがありありと出ている表情をしながら、シェルキャッシュは丁寧ながらもかきこむように昼食を終えて外に出て行ってしまった。
奴隷となって捕らわれてしまっている仲間…彼女の場合は獣人ではなくてエルフ限定だろうけれど…そんな人たちを助けることが出来るなら、どうにかしたいと考えているのかもしれない。
だが、もしそうだとしても対象がエルフのみであるなら、協力を拒否するジュリアンに強く反論することは出来ないだろう。
まぁ、何も口にしなかったため何を考えているのかは全くわからないが。
そしてそれは彼女の問題で、人間である…というよりは冬威以外を重視していないジュリアンには正直な話どうでも良い話なのだけれど。
「…なぁ、結局のところ、今わかってるアナザーワールドの力ってものを移動させるだけなの?」
「今のところね」
「それって具体的にはどんな風に?」
食事を必要としないジュリアンが給仕を率先して行い、後片付けに手を出していた時に冬威がそっと声をかけてきた。一応先ほどの説明では『アナザーワールドのスキルのおかげで、首輪が外れた』という簡単な説明だけにとどめていた。それは、チームとして旅を続けるかわからないシェルキャッシュが居たから詳細を語らなかったと冬威は察したらしい。
「トーイは、パソコンの事詳しい方かな?」
「何でパソコン?…まぁ、ネット使って動画見たり、漫画読んだりはしてたけど…詳しいかといわれると微妙かなぁ?」
「でも、何かを作業して、保存したりって経験はあるんじゃない?」
「あぁ。そう言われれば年賀状の絵をパソコンで作ったりしたらフォルダに保存はするけど」
「僕のアナザーワールドの力、見た目がそのフォルダの表示と似てるんだよ」
「え?表示が?」
「やって見せた方が早いかな?…って、ステータス欄て誰かに見せてあげたりできないんだっけ…」
生活魔法の浄化できれいにした食器類をそろえる。木製のそれを重ねてとりあえずその場に置き、自分自身のステータスをいじるためにウィンドウを開いた。
「…ん?」
と、ここで『アナザーワールド』のスキルの隣に変な「…」という部分が現れているのに気づいた。少し前まであの子の首輪を外したり、水たまりを排除したりと、散々いじっていた時にはなかった気がするのだけれど…見間違いか、それとも気づかなかったというのか?
そう不信に思いながらもおもむろにタップ。すると「設定」というフォルダが新たに開いた。
「おやおや」
「え、何?何か起きたの?」
「いよいよこれは、パソコンのシステムに類似してきた」
「え?」
「ちょっと待ってね。…えっと、表示のタブを選択してっと…」
ポチポチと操作するその姿は、ウィンドウが見えていない冬威には空に何か文字を書いているかのような指の動きだった。何をしているのか?と思いながらも黙ってみていると『ポン』と小さな音とともにシースルーのウィンドウ画面が現れた。
「お?」
「これが、アナザーワールドのスキルの力…の、表示画面だよ」
「え?ってことはステータス…は出てないみたい?」
「アナザーワールド限定表示みたいだ。たぶんここから出たら無効になるだろうけど。しかも、対象者も絞れる。今はトーイを名指しして開示しているよ」
「そんなことできちゃうの?しかも名指しってことは、この画面は今俺とジュリアンしか見えないって事か」
「そうだと思う」
どう見えるのか確認しようと冬威は顔を上げてシロを探した。が、すでにクロとともに外に出ていってしまったらしく、この場所にはジュリアンと子供しかいない。しかし、この子を起こすわけにもいかず、あきらめて首を軽く振って視線をジュリアンに戻す。そしてそのままウィンドウへと落とした。
「で…えっと、なになに…?」
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〇つぎはぎの袋(小)
毒薬×3
木製の指輪
-名無し-
ボロボロの肌着(上)
ボロボロの肌着(下)
ボロボロのマント
奴隷の首輪(革)
錆びた小さなナイフ
-トーイー
布の肌着(下)
布のシャツ
布のズボン
布の靴下
革製の靴
鉄の剣
〇布の鞄
下着×3
上着×3
水筒
小型ナイフ
毛布
木製の皿×4
木製のフォーク×4
木製の…
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今ここにはシェルキャッシュの荷物やシロ、クロの着替えなども置いてある。そのためズラズラと出てくる物の名前に対して冬威はパーッと目を通した。やり方は聞かずともタッチパネルを操作するように指を動かしている。さすがは現代っ子だ。
「なるほど。この一段下がっている所は、その上の名前のやつに属してるって感じなんだな」
「そうだね。今トーイが所持して装備している物は衣類を覗けば剣だけだね。あっている?」
「うん。あってる。それにしても、俺の名前はあるのにジュンの名前はないね?」
「たぶん術者だからじゃないかな?…そこんところは良く分からないけど」
「まぁ、それなら納得だけど…って、俺の名前カタカナなのは何でだ?」
「…たぶん、僕のせいかな」
「どういう事?」
「この世界で生活してきた記憶のせいか、漢字の文化が薄れているというか…普通に呼ぶとき冬威で「とうい」じゃなく、英名っぽく「トーイ」って感覚になってしまって居るんだよね」
「良く分からないけど、分かった。という事にしておく」
「ごめん」
「良いって。別に極端に違うわけじゃないし」
「ありがとね。ところでこの布の鞄の小型ナイフは?いつから持ってたの?」
「あぁ、たぶん採取用に神樹様がくれた奴だ。大きな剣だけだと不便だからって。…確認してないけど、そんな事言われた気がする」
「あ、なるほど」
「とりあえず、見え方は分かったよ。で、どうやって移動させるの?」
「移動と言っても、例えばあそこにある食器を手元に持ってくる、という移動じゃないんだ」
「ん?…じゃあ、どういう…」
「えっとね…」
説明するより見せたほうが早いと、ジュリアンはウィンドウを操作して冬威が装備している剣を彼の名前の上に持って行った。
-カシャン-
乾いた金属音を鳴らして、剣がジュリアンの足元に出現する。いや、冬威の腰から移動したのだ。
「え?…あれ?うっそ!まったく分かんなかった!」
「君の下にあった剣を上に上げた。つまりフォルダ移動だ。君から装備を外したって事」
「すっげ!これ使えばスリとか絶対気づかれないじゃん!」
「いや、このアナザーワールド内限定の能力だと思うよ」
「ま、そうだよな。…じゃあ、逆に装備させることもできるの?」
「どうだろ?やってみようか」
そこで先ほどとは逆に、冬威の上に移動した剣をもとの位置に戻してみる。その間、冬威は自分が装備していた腰のあたりを凝視していた。
ジュリアンの足元に落ちていた剣が、移動させて指をウィンドウから離した瞬間に消え、次の瞬間には元あった冬威の腰に移動していた。突如現れた剣の重みに少しばかり上体が揺れたが、手品のようなその光景に目をキラキラとさせて冬威がジュリアンを見る。
「すごいぞ!ちゃんと戻ってきた!」
「そうだね。外すことは出来ていたけど、つけることが出来るとは思わなかった。…あ、じゃあちょっとまってね」
「何?」
そう言って、ジュリアンは自分の右腕についていた腕輪を引き抜いた。外そうと意識した瞬間に直径が少しばかり大きくなり、取り外しが可能になる。神樹様がくれたシンプルな腕輪だ。
「これを君に装備させてみよう」
「なんで?普通に腕輪だから、腕に出るんじゃないの?」
「剣を君に装備させたときは、もともとトーイが持っていた武器だっただろう?装備させたというよりは、元に戻したと言った方が良い」
「そうだね。…あ、そうか。腕輪は俺の装備品じゃないから」
「そう。腕にちゃんとはまるのか、装備が可能なら、右と左、どちらの腕に出るのか。検証してみようと思って」
「OK良いよ。どんとこい!」
冬威の承諾を確認してから、ジュリアンは自分から外してアナザーワールド上に表示されるようになった腕輪を冬威の下に移動させた。すると、今までは出てこなかったウィンドウが新たに開示される。
-移動先選択-
それを詳しく見てみると、冬威のどの部分に装備させるか、という選択ができる様だった。
「なるほどね。これは便利かも」
「できた?」
「装備場所を選択できるみたいだ。腕輪ってアイテム名もついてるけれど、腕に限らずアンクレットのように足首につけることも出来そうだよ」
「ほぉ。こりゃまた便利だな」