118 客、そしてテンプレ?【アナザーワールドの中】
アナザーワールドの中、苦しそうな呼吸を繰り返す子の額に乗せたタオルを生活魔法で濡らし、少しだけ離れたその場で絞る。当然水たまりができるわけだが、後でステータスのアナザーワールドの部分で「水」という項目が出現しているか確認して、その後で削除したり移動したりできるかもしれない。実験だ実験。
採集した薬草はシェルキャッシュがクスリにしてすでに飲ませた。効能は体力の回復。ゲームで考えると…なんだろうか?体力っていうとスタミナに当たるのかな?
それにしても、さすが森の民。薬草を薬にする作業は手慣れていて、とても鮮やかな作業だった。別の世界で薬師として働いたりしたこともあるけれど、この世界の常識はいまいちまだ分かっていない。後で自分も勉強しておきたいと思うけど、彼女は教えてくれるだろうか。
視線は子供を見つめたまま、ジュリアンは唯一の壁であるドアに背中をつけて、地べたに腰を下ろして考え込んでいた。
今更だけど、もう1度自分が持っている力を改めて確認してみようと思う。
この世界で得たスキルではなく、自分が持って世界を渡っている力だ。
何種類も使い分けているように見える場合もあるけれど、基本的に使う力は2つだ。
1つはかなり細かく分類するならば、静電気を自由に発生させる力。
これだけ聞くと何とショボイ…と感じるが、その電流は微細ゆえに生物の体に影響を与える。ある時は脳からの信号と誤認させて身体を強制的に動かしたり、植物の成長を促してあっという間に成長させたり。
また、その力をエコーの様に使って、侵入している異物を発見したり、不具合を調べたりすることが出来る。ただ気を付けなければいけないのが、この力による成長促進は術者であるジュリアンではなく、この力を受けている対象の体力を大きく削る。
当たり前だ。ジュリアンは促進しているだけで、変化するのは対象者。そのせいで、見ただけで衰弱していると分かるこの子にも、この力を使えない。
そしてもう1つは植物とつながる力。
魂の種を使えば、植物を介して遠くの様子を見聞きすることが出来る。種の植物が成長した範囲であれば、たとえ地中であっても死角がなくなるほど有能な力だが、1つの世界で1つだけしか種を使う事が出来ないために、使うタイミングは見極めないといけない。
「ふぅ…」
結局現状では特にできることがないな、と確認した時だった。
「はっ…っ」
子供ががばりと跳ね起きた。薬のおかげで少しばかり体力が回復してきて、動けるようになったのかもしれない。ただ、相変わらず呼吸は荒く、顔色もよさそうには見えないけれど。起きた時に取った姿勢が、偶然にもジュリアンに背中を向けていたために存在を認識されていない様だ。警戒して怯えた様にあたりをキョロキョロと見渡すこの子にそっと声をかけた。
「体調はどう?」
「っ!?」
ピクンと耳を動かしてからこちらを振り返る。その動きは素早かったが、体調不良であるという事が分かるほどグラグラと頭が揺れた。
「あまり無理に動かないほうが良いよ。熱があるみたいなんだ。一応薬は飲ませてあげられたのだけれど…」
「くそっ、人間め!」
側に寄ろうと立ち上がったジュリアンに向かって、獣人の子がとびかかってきた。さすがに少し驚いたが、物理適性などなくても魂にしみ込んだ接近戦の身体の動きがこの肉体に降りていく。
爪を伸ばした右手を突き出し、突きを狙った一撃をわずかな足さばきのみでその子の内側に入って手首を叩く事で勢いを大きく反らし、攻撃の向きを強制的に変えた。
慌てて体勢を立て直して向き直るこの子に、呆れた様に溜息を吐いた。
「…一応、保護している立場なんだけれど」
「うるさい!…誰が人間など…」
あ~ぁ、コレ彼女にそっくり。こんなことなら中に待機していてもらうべきだったかもしれない。
それにしても、いったいこの世界の人間は悪事に手を染めているのだろうか。すべてがそういう人間ではないと思いたいけれど、と頭を抱えながらも、ジュリアンは身体を横向きに構え右手を胸の位置に持ってきた。
「どうせ死ぬんだ。それならお前も道連れにしてやる!」
いったい弱った身体の何処にそれほどまでの力を残していたのか。それとも憎しみが身体を動かす原動力になっているのだろうか。少し寂しく思いながらも、弱っていてヨロヨロの動きでは避ける必要すら感じない。
「落ち着きなさい。僕らは君を殺そうとは思っていない」
「っ!」
とりあえず説得は続けるが、素直に聞くとも思えない。仕方ないと思いながらも、一度握った拳を開いて、顔側面に平手をかました。うまい具合にヒットしたようで、ヨタヨタとたたらを踏む子供を倒れないように支えると、力を振り絞って暴れだすが、これ以上はこの子がせっかく取り戻した体力も無駄に消費してしまうだけだと感じて、ビリッと強めの電流を利用して身体の自由を一時的に奪った。
突然動かなくなった自分の身体に驚いたのだろう子供が、オロオロと視線をさまよわせるようすを見ながらも、無言で抱え上げて先ほど寝ていた場所に戻す。
「っ!!」
「安心して…って言っても出来ないのかもしれないけれど。君を拾ったのは成り行きだ。救おうとする理由は僕の仲間が君を哀れと思ったから。死にたくないならおとなしくしていなさい。…まぁ、僕たちには力も物資も足りていないから、苦痛を伸ばすだけになるかもしれないけれどね」
「どう…いう…」
「おや、驚いた。麻痺状態でしゃべれるのか。…言葉の通りだよ。一応君の体力を回復させるポーションを即席で作って、服用させた。だが、体力を底上げしただけだ。君がもし病気にかかっているなら、その原因である病原菌を特定するに至っていない」
「わから…ない…何…言って…」
「無理にしゃべらなくてもいいよ。…そうか、こちらでは病気はあっても病原菌というウイルスの事は知らないか…。体力を取り戻す手助けしかできない。風邪程度なら何とかなるかもしれないが…」
「獣人は強い。…死ぬもんか…」
「…そうか」
悔しいのか、悲しいのか。ポロポロと涙を流し始めた子供にそっと毛布代わりのタオルケットをかけてあげて、そっと涙をぬぐってあげた。
すると何故だかその行動に驚いたらしい子供が、目を見開いてジュリアンを凝視するものだから、思わず苦笑いがこぼれてしまう。
いったいなぜそれほどまでに驚いたのか。理由を知りたいとも思うけれど、しかし、今は無理に理由を吐かせて無駄な体力を使わせるべきではない。
母が子供にするように、布団の上から胸元に手を置いて一定のリズムで優しくたたいた。
「今はおやすみ。たとえ身体が強くても、回復させるには休息が必要だ」
その瞳は動揺に揺れて、しばらく睨むように目を細めていたが、それでも涙が止まらなかった。
流れるたびに優しくふき取る。その行動を繰り返すうちに、子供は再び眠りに落ちて行った。