116 客、そしてテンプレ?【翌朝。】
翌朝。
アナザーワールドの中で身支度を終えて、簡単に朝食を済ませる。
旅の準備は初めてではなかったけれど、実際の旅の途中で連日野宿をする経験はこの世界では初めてだ。最初は神樹様にすべて任せて荷造りもしてしまった為、日持ちする干し肉が主で、それ以外にドライフルーツなどもあったけれど、アナザーワールドという倉庫が使えるならちゃんとした機材を用意して、食事の用意をしてもいいかもしれない。
ドアの窓のおかげで、太陽の光を取り入れた室内…と言って良いのか分からないが…空間は行動するうえで問題ない程度の光源を確保できており、なんの問題もなく準備を完了させる。
さて、出発しよう。と扉を開けてすぐに、ジュリアンは昨晩の小さな影が依然としてその場所に丸まっているのに気づいた。しかしそちらを一瞥すらすることなく、視界の端でその姿を確認するだけで、声を上げたりもしない。
黒い外套を纏っていることもあり、草の生い茂った藪に蹲る姿は正直発見しずらい。気づかずにスルーするなら、それでいいのだ。
…と、思っていたのだけれど。
「うん?」
この場の違和感に気づいたのはシロだった。ふと立ち止まって顔を少し上げる。そしてしきりに鼻をヒクつかせて、臭いをかいでいるようだ。
クロは昨晩の騒動に気づいていて、そのうえで黙っていた。どうするのだ?という視線をジュリアンに向けてきたが、此処でシロの行動を妨害する理由もない。これで気づいたなら仕方ないだろうと、色々と諦めつつ肩をすくめてみせるだけにとどめた。
「なに?どうかした?シロ」
「なんだか、変なにおいする」
「え?臭い?…俺くさい?お風呂無いからジュンに浄化かけてもらったんだけど、もしかして臭ってるの?」
「ううん、トーイじゃない。知らない臭いが混じってる感じ」
「…どういうこと?」
立ち止まったシロに気づいた冬威が、少し戻って彼女の隣に並ぶ。クロはすでにシロの側に居たので、3人で固まっているのをそのさらに後ろに居たジュリアンは見つめていた。と、ここでみんなが付いてきていないことに気づいたシェルキャッシュが少し慌てて戻ってくる。
「ちょっと、いきなり止まって何なんですの?何かあるなら声をかけてくれてもよろしいのではなくて?」
「う~んとね、まだ分かんないの~」
「分からない?」
「何かあるよな、無いような…。たぶん、あっちの方から」
焦ったのが恥ずかしいのか若干早口でまくし立てるシェルキャッシュに対して、シロはのんびりとこめかみに指を当てて考えている。そして、においをたどっだ先を指させば、その先を追うようにシェルキャッシュと冬威がそちらへ視線を向けた。
「あっち?…あれ?」
それは言われてやっと気づく程、周囲に溶け込んだ黒い塊。昨晩の客だったものに気づいた冬威は怪訝そうに眉を寄せた。
「何ですの?ゴミ?」
「分かんないけど、何かあるな。ジュン、あれなんだと思う?」
ピクリとも動かないソレを見て、冬威はジュリアンに意見を求めた。気づかなければそのままでもよかったが、尋ねられてしまったら答えるべきだろう。チラリと黒い塊を見てから、ジュリアンは冬威に視線を戻した。
「なんだろうね」
「サイズ的に、荷物…だと大きすぎますわ。人間かしら」
「昨晩、扉の前まで何かが来ていた気配はあったよ」
「マジ!?なんで起こしてくれなかったの!?」
「僕の『アナザーワールド』の扉は、僕にしか開けられなかったじゃないか。中からも、そして外からも。だから、僕が招き入れさえしなければ、問題ないと思ったんだよ」
「う…まぁ、実際そうだったみたいだけど…じゃあ、その時に落としたか、忘れたかしたんかな?」
「あんな大きな荷物、落としたら誰だって気づきますわよ」
少しばかり距離があるが、その大きさは周囲の雑草のおかげである程度把握ができる。荷物だったら「あんな大荷物どうやって忘れていくんだろう?」なんて考えていた冬威の考えを読んだかのようなタイミングで、シェルキャッシュが突っ込んだ。確かに、と思いながらゆっくり近づいていく冬威。側に待機しつつも、ジュリアンは止めることなく後に続いた。その後にはシェルキャッシュ達女性陣が続く。
綺麗に丸くなっているのか、外套からはみ出している部分はなく、いったい何なのか見た目では判断が出来ない。そう思って冬威は途中で丁度いいサイズの棒を拾い上げて、最初に黒い塊を突っついてみた。
「おい。寝てんのか?起きろて。……反応無いな」
「生物ではないか、すでに遺体か…」
「変な事言うなよジュン!この布めくるの怖くなったじゃんか!」
「だったら、放置して行ってもいいと思うよ。僕たちの持ち物ではないんだ。無理に抱える必要はない」
「そうかもだけど…」
「例えばこれが貴重品だとして。本当の持ち主が悪い奴だったら『盗まれた』なんて嘘を言って追いつめられるかもしれない」
「え」
「例えばこれが遺体だとして。どうして助けなかった?お前が殺したのか?なんて後で責められるかもしれない」
「まさか、そんなあからさまな嘘で…」
「忘れたのかい?ここは日本じゃない。この世界では地位がすべてで平民は貴族には権力で勝てない。彼らの嘘は、周囲の真実になる」
「でもそれくらい調べればわかるだろ?」
「調べる人間が、いい人だったらいいね」
「う…」
あっさりしているジュリアンの言葉に思わず振り返った冬威は、続く正論に思わず言葉を詰まらせた。これはあくまで一例であり、絶対こうなるわけでは無い。ただ、こういう可能性もあることを考えて、落とし物をどうするか考えろと暗に言われて視線が思わず泳いでしまった。
「…っ」
そんな問題物の近くで騒いでしまったせいだろうか。黒い塊がピクリと動いた。思わずそれを凝視してしまった冬威は、チラチラとジュリアンと黒い物体を交互に見つめる。
とても気になる。でも、ジュリアンの話を聞いてビビった。でも気になる!そんな内面が手に取るようにわかる。
昨晩その姿をシルエットだけで確認していたジュリアンは、深いため息を1つ吐き出して冬威が持っている枝をそっと奪った。
「分かったよ。僕がめくる。だから少し下がって、何が出てきても騒がないでよ?」
「う…分かった。ごめん」
「いいよ、気にしないで」
ショボンと肩を落とす冬威をそっと押して、2歩ほど下がらせた後で外套のすそ部分に枝を差し入れて器用にひっかけ、一気にめくる。すぐに顔をそむけることが出来るように顔を反らし気味だった冬威は、思わず目を剝いた。
「え、えぇ!?」
そこに居たのは見た目13歳ほどの小柄な体躯の人。ボサボサの髪はその容姿を隠し、性別は分からない。ただ、その頭にある三角の耳と、腰のあたりから伸びる細長い尻尾が、ただの人間ではないと主張していた。
「獣人?ですの?」
これに驚いたのはシェルキャッシュも一緒で、思わずといった様子で言葉が漏れる。そんな驚きを背後に感じながら、ジュリアン冷静に手を伸ばし、首筋に触れた。
「脈はあるみたいだ。ただ、少し体温が高い気がする。獣人の平均体温がどのくらいか分からないけれど」
「それって、熱があるって事?」
「人間だったら、それが当てはまるね」
「だったらこの子も体調を崩しているのだわ。見た目に違いはあるけれど、わたくしたちとそう変わらないはずだもの」
「ど、どうすんのさ!?」
「まずは薬草を…」
「薬草?シロ知ってるよ!取ってくる?」
「お、お願いしてもいいのか?…って、一人で行くな!ぜったい迷子になるだろが!」
「仕方ない、我が付きそう。しばし待て」
騒がしくなった一同に、ジュリアンは再度溜息を吐き出した。
しぶといね。死んではいなかったか。
まったく、絶妙なタイミングで現れてくれたものだ。
ほら、皆は君を助けようとしているよ。
そのせいで前進の足が止まってしまった。
時間は有限だというのに、どうしてくれるんだ。
不満は思っても口には出さない。冬威がどう思っているかは知っているけれど、このチームのリーダーは冬威だとジュリアンは思っている。君がこの先を生きる世界だ。
今どうするかの決定も、君がしたらいい。
安静に寝かせられる場所を探し始めた冬威たちを見て、ジュリアンはしまったばかりの扉を再度出現させた。