115 客、そしてテンプレ?【窓さえ開けてあれば】
窓さえ開けてあれば、外とつながるわけだから酸欠とか気にしなくて大丈夫だよね。
そんなことを考え付いたジュリアンは、みんなが寝静まった後で扉の内側でちいさなたき火を起こしてみた。
このアナザーワールドは大体25度ほどの適温で保たれているので、必要を感じての火おこしではなく、単純に興味をもっての行動だ。
生活魔法の小さな火を使い、木の枝はそこらへんのを拾ってきたのだが、きちんと乾燥させていないおかげで少し癖のある煙が発生してしまっている。コレ煙いな、みんな起きちゃうかな?なんて考え付いてアナザーワルドを操作した結果、器用なことに指定した物体だけ外へ排出できるという事が分かった。今発生している煙も、それだけ狙って外に流すことが可能のようだ。ただ、今外にモクモクと出してしまうと、いくら暗いとはいえ臭いが漂って、まわりに何かいた場合警戒されてしまう事につながるかもしれないので、今は素直に火を消しておくことにする。
「…ふぅ。することがないと暇…だね」
殆どの生命は睡眠を必要とする。長く起きていられる種であっても、ずっと眠らずに活動できるなんて存在に出会った事はない。眠るという事は生きる上では仕方のない行動で、必要としない自分がおかしいのだという事も理解している。
「町に着いたら装備もそうだけど、何か読めるものの購入も考えた方が良いかもしれないな。…あ、そうだ。職人スキルがプラスになってるから、シロに靴を作ってあげたみたいに積極的に活用していけるようにしてみようかな。今はまだ所持金も少ないし…」
1人で起きているとついつい独り言が口から出てしまう。聞いている人はいないし、寝ている彼らを起こすような声量ではないけれど、そのことに気づいて口元に手を当てて、ジュリアンは苦笑いを零した。
そんな時…。
「…だ…わかって…め…」
「ん?」
何やら話し声が外から聞こえてきた。燃えカスを木の枝で突いていたジュリアンは手を止めて、空耳だったのか確認するために耳をすませる。
「…から…言って…。…にして…」
声量はそれほど大きくはない。小声で話しているような感じだが、それでも聞こえるという事は近い場所に居るのだろう。そっと窓から外を見てみた。
意外と近い場所にいる3つの影。黒い服を着ているのか夜の闇にまぎれて見づらいが、2つは人間の男性のようなシルエットに見える。1つは小柄で、女性か子供といったところだろうか。言い合っている大人の間に挟まれて、縮こまっているようだ。斜めかけの鞄のようなもの以外に持ち物はなさそうだ。アイテムボックスのようなアイテムがあるなら、話は別だけれど。
「…こんな夜更けに何事だろう?」
観察しながら今自分たちが居るだろうあたりを思い出す。エルフの森を出てからまっすぐにドルァルエクスを目指しているが、当然すぐ隣に位置しているというわけでは無い。まずは近くの町に行くという事で、外を出歩いたことがあるシェルキャッシュの案内に従い森に一番近い人の町を目指していた。彼女の話ではもう遠くないという話だったので、あの3体の影が冒険者であるならば、その町に所属している者だろう。
こんな時間にこのような場所に居るという事は、依頼を受けて町を出たはいいが、予想以上に時間がかかって戻れなかったと想像できる。
また、別の可能性として自分たちと同じ移動中の旅人か何かで、途中で夜になってしまい困っているとか。
「ただ…なぁ…」
一通り彼らが善人であると想定して考えてみたが、冒険者であれば魔物を相手に戦ったり、採取したりしたものを入れたりともう少し荷物が多いだろうし、旅人であっても夜は危険だと分かるはずだから火すら起こさずにフラフラしているなんて少しおかしい。自分たちみたいな完璧な安全を確保できる場所があるならば話は別だが、身軽そうな恰好で黒い服装というのも怪しさ満点だ。ビジュアル的に。
「だ、だから、本当なんだよ」
小柄な影が大きい2人にカツアゲされているように見える。喧嘩するのは勝手だけれど、もう少し離れた場所でしてくれてもいいのに。扉の窓に指をかけてため息を吐いた。
「へっぷし!!」
「「「「!!」」」」
気を抜いたタイミングで、シロがくしゃみをした。かわいらしいその声に反応したのは自分だけではない。
黒い影がこちらを向いた。視線がずれた小さな影は、その場に丸くなってしまう。
「…何か聞こえなかったか?」
「聞こえた。咳…いや、くしゃみ?」
話しながらこちらに近づいてくる影に思わず2歩ほど後退るが、とりあえず眠っている皆を起こさなくてはと身を翻した。
「うーん…なんだぁ~?…分かってんのかぁ~?」
「むにゅ~…」
と、このタイミングで今度は冬威の寝言だ。結構な声量で呟いてくれたおかげで、シロが眉を寄せて変な顔をしている。なんというバッドタイミングなのだ。思わず硬直してしまった身体を動かそうとする前に、ちらりとドアを一瞥した。
「…何もないな」
「やっぱ気のせい?いや、でも確かに聞こえたぞ?」
「結界でも張っているのか?だとしたら…かなり金持ちなパーティーじゃないか?」
「…あれ?」
シロのくしゃみに反応したが、それより大きかった冬威の寝言には反応がないようだ。今もこちらに気づいた様子はない。
デザインのせいか、扉は夜の闇のおかげで完全に木に見えているらしい。すぐ前をウロチョロしている様子が良く分かる。
「あえて気配を残してるのかもしれねぇ」
「本隊はここには居ないって事か。もっと広範囲を探すぞ!」
「くっそ、子供ばかりと思って油断した」
短いやり取りの後、大きな影2つは走り去っていった。が、小さな影はその場に蹲って震え始める。とりあえず危機は去ったようだが…
「なんで、気づかなかった?…シロと、冬威の違いは何?」
腕を組んで考え込むジュリアン。性別…というか、種族の違いはあるけれど、だとしたら冬威の寝言の後のつぶやきも聞き取られてしまってもおかしくない。仲間は皆眠っていた。という事は、何か別の問題があったのだ。そう考えて、ハッとする。
「…ドアに、触れていたな…」
シロがくしゃみをしたときは、ドアに指が触れていた。しかし、冬威が寝言をつぶやいたときは離れた場所に立っていた。これはジュリアンのスキルだ。発動主が傍に居るか否かでこうも変わる物なのだろうか。
「検証が必要だな。…まぁ、とりあえず今は…何事も無くて良かった」
再びドアに近づいて、触れないようにして外を覗く。
見える範囲に小さな影が依然として蹲っているが、それを気に掛ける道理はない。
襲撃するかもしれなかった奴らの仲間、あるいは脅迫されてついてきているのかもしれないけれど、そんなこと此方には全く関係のない事だ。
朝になる前に移動するか、くたばるかしてもらいたい。
中途半端な状態で冬威が見つけたら、きっと抱え込もうとするだろうから。
そんなことを考えながら座り込めば、クロが身じろぎをした。顔をそちらに向けると、金色の瞳と視線がぶつかる。しかし、ジュリアンは穏やかに微笑んだだけで、何も言わなかった。