115 客、そしてテンプレ?【カラスの様な】
カラスの様な鳥の声が遠くから聞こえる。
日はまだその姿を隠してはいないが既に傾きかけていて、間もなく夜がやってくるだろう。てくてくと歩いていた冬威は、キョロキョロとあたりを見渡した。
すでに森からだいぶ離れていて、あたりは林と草原の間のようなまばらに木が立ち並ぶ道に来ている。
「この辺が良いかな?」
今探しているのは野宿が出来る場所。問いかけた相手はジュリアンだったが、彼が返事をする前に声が上がった。
「本来ならば水辺の近くとか、もう少し身を隠せる木々の側とか色々条件があるんですよの」
得意げに語る彼女はシェルキャッシュ。半ば追い出される形で森を出て、旅について来たエルフの女性。旅慣れない2人にとって、アドバイスをくれる存在は確かに嬉しい物なのだが、同じセリフが何度も続けば「もういいよ。分かったよ。それ聞いたよ」という気分になる。
森から追い出された後、シェルキャッシュは不服そうな顔をしながらも同行を願い出た。イラッとした冬威は即座に断ろうとしたが、神樹様からもお願いされては仕方がない。「お姫様扱いはしません」という前提のもと、同行を許可。そして旅が始まって3回目の夜を迎えようとしている。
あの後すぐにスキルの検証を行い、冬威のスキルは『可能性の種』が有する力を自分の好みにカスタマイズし、空いているスロットにセットできるものだという事が分かった。自分で見るステータス上で『可能性の種』の部分を選択することによって、今冬威が取得しているスキル一覧が出てくるようで、今はその中から空いているスロット分を自分で選択し、装着している。
ただ、『言語理解』を外してしまうと日本語しか理解できなくなるので、読み書きができなくなってしまう。一応空きスロットは4つあるようだったが、1つはこれが埋めてしまう為に実質選択できる力は3つだけだった。
今は「言語理解」「鑑定+3」「痛み耐性」「俊足+2」をセットしている。
ちなみにこれは通常時で、リンクが発動するとこれのほかに強制拝借が出てくる。いったい何なのか…と迷うことなく、これはジュリアンが持つスキルを強制的に借りる者だろうと判断。
そして試した結果、それは正しかった。
取り合えず、剣術の上らしい『操武術』と『必中』をとりあえず入れている。これもきちんとジュリアンと相談して、だ。本当は『インファイター』と迷ったが、『総武術』と『インファイター』を両方強制拝借してしまったらジュリアンの攻撃手段がない。ジュリアンのスキルに魔法系がない間は、とりあえずでも戦闘系のスキルは残した方が良いだろうという結論の上の決定だ。
ただ、ジュリアンに物理適正がないという点は目をつぶって、である。
そしてジュリアンもカードではなく、自分で見れるステータスで調べてみた。その結果はスキルはギルドカードに記載されていたものとほぼ同じだったが、1つ増えているものがあった。
▲▽▲▽
名前:ジュリアン・グロウ
種族:人間
レベル:a%df(偽造でトーイと同じレベル表示)
ギルドランク:1
状態:主「トーイ・サザメ」従属「トーイ・サザメ」
物理適正:-(偽造で2)
魔力適正:○×q$tda(偽造で3)
状態:従属
職業:賢者、蘇りし者
威力:○×1
耐久:○×4
パワー:○×3
スピード:○×5
スキル:
操武術(武器を操る能力。武器であれば何でも)
インファイター(体を使う戦闘スキルを複数集めたので、結合)
献身+3【「スケープゴート」「自己治癒強化」「リンクアシスト」使用可能・ただしリンク発動時に限る】
必中(命中率が上がる)
超聴力+4
職人+2
生活魔法+2
軽業
『アナザーワールド』
▲▽▲▽
…。
あれぇ?おかしいねぇ。『異空間倉庫』って夢の中では聞いたよね。もしかして『異空間倉庫』と書いて「アナザーワールド」って読むものだったのだろうか?確かに賢者さんの言葉遣いは昔の人っぽくて、そんな口調で横文字発音されるのもおかしなものがあるけれどさ。
なんて考えたのは少しの間。
これを発動させてみると、まるで未来からきた青い猫型ロボットが腹のポケットからピンクを扉を出すかのような感じで、木製のシンプルなドアが出現した。
明けてみると、その先は闇。足場だけはあるようだが、どれくらい広いのか、どれくらい天上が高いのか、まったくわからない。中に腕だけ入れて手を打ち鳴らしてみても反響すらしない。ただ、ジュリアン以外の人が開くとそのまま向こう側に行けるだけの普通のドアだった。どうやらスキル発動者が直接開かないと、この闇の世界にはつながらない様だ。
最初は思わずその広い闇に恐怖を感じて扉を閉めてしまったが、何度か勇気を振り絞って突入し、調べた結果、光源のないスーパーフラット状態のただの空間であることが分かった。…確認した範囲で高低差が見つからなかったので、たぶんだけど。
小石を1つ入れて扉を閉めてスキルを解除してみると、ステータスの画面で「アナザーワールド」が選択できるようになり、それを選択すると扉の向こうの闇に置いてきた小石というワードが出てきて、中に何があるかというのが一目瞭然だった。何コレ便利!
何度かの検証によって、これは純粋に、アナザーワールド、別の空間という認識でいいという事が判明。無機物だったり、魔物の死体だったり、生物でなければ触れている物をこの空間に送ることが出来た。
ただ、自分たち人間や生きている個体が行き来するには扉を出す必要があるが、アイテムボックスと同位と考えてよさそうだ。
そして今では、これをキャンプ地として活用している。
「扉を立てかけていても大丈夫な太めの木とかあると良いんだけれど」
「やっと休憩ですの?もうくたくたですわ」
「そりゃ、そんな靴であるってたらそうなるわな」
「次の町で装備を一新しようね」
「別によくない?こいつがこれでいいってんならさ。無理についてくる必要ないんだぜ?」
「こいつだなんて!失礼ですわよ。わたくしの名前を忘れてしまったのかしら?」
口を開けばすぐに喧嘩だ。何気に仲がいいんじゃないか?なんて考えてしまう。クスクスと笑いながら、ジュリアンは少しだけ道から外れた場所にある木の方に歩いて行った。後から続く冬威たちも文句は言わずにそのあとを追いかける。
「この木なら傍にもう1本生えてるし、ここに木製のドアが立ってても分からないかも」
「今度は窓付きのにしてくれよ?」
「無音状態は辛いですわ」
「ふふっ、分かったよ」
このアナザーワールドの扉は今のところ2つからデザインを選べた。1つは最初に出てきた、超シンプルな気の扉。何気に小さめで、大柄な人だと少し窮屈かもしれない。ドアノブも木製で、自然の中に立っていてもあまり分からない。木に立てかけておけば、普通に太めの木の枝に見えるのだ。
そしてもう1つは、その扉に小さな覗き窓のようなものが付いたもの。
何が違うのか?と検証してみたが、窓がない扉だと完全にアナザーワールドとこの世界とを分断してしまうのか、外の様子がまったくわからないという事が分かった。
扉を閉めると光源がなくなり、耳が痛くなるほどの静寂に耐えかねて、1日目はドアを開けっぱなしにして外にジュリアンが見張りとして陣取り、夜を過ごした。
2日目に窓付きを使い、窓を開けていれば外の様子が分かることが分かり、虫の音色や風の音など自然の音も運んできたため、シロやクロもこちらの方が安心すると言われ、こちらを主に使う事にしたのだ。
「今度、この中で火とか燃やしても大丈夫か試してみようか」
「そうだな。そうすれば窓がないドアでも火の音で幾分か気がまぎれるかも」
「だが注意するのだぞ、トーイ、ジュリアン。火は空気なくして燃えることは出来ぬ」
「…クロ!怖い事言うなよ!」
「怖い事いった?ねぇ、ジュリアン、クロ怖い事言った?」
「密室だと…酸素が…って、シロには難しい話だったかな」
「酸欠は怖い。何が怖いって、気づいたときには身体が動かなくなってるんだろ?どうやって検証するんだよ」
「そうだなぁ…哀れな魔物を1体犠牲に…」
「そうなるよな!」
そんなことを言いながらも、ジュリアンはスキルでアナザーワールドを発動させて、扉を木々の間に立てかけた。