112 手紙、そしてお使い【何度ぶら下がる足を】
何度ぶら下がる足をやり過ごしただろうか。
冬威が気づいてからは3度ほど、足をブラブラさせている彼女…もう名前出してもいいかな?いや、もしかしたら違う人かもしれないからまだ、やめておこう…は気づいていないと思っているのか通過すると先回りを繰り返し、今度はとうとう道の方にせり出している枝に乗るようになった。
それでも鬱蒼と茂っている森の中の緑のトンネル状態の道では、彼女の姿は葉が覆い隠してきちんと把握することは出来ないのだけれど、それでも視界に入る目線ちょうどな位置に足をぶら下げられるととっても邪魔だ。いい加減諦めるか姿を現すかすればいいのに。そんなことを考えている冬威の目の前にそれは落ちてきた。
“ごとり”
音だけ聞いてもとても重そうなそれは、彼女がはいていたピンヒール。一瞬呆けて足を止めた冬威だったが、ゆっくりと瞬きをしてからそれをまたいでやり過ごすことにした。
「ちょっと!さっきから無視ばかりして、それもどうして拾わないんですの!?」
またもやスルーする気満々の一行に痺れを切らしたらしい彼女…シェルキャッシュがやっと木から降りてきて姿を現す。どうやら勘違いなどではなく、ずっと無視されてきたことに気づいたようだ。そして不機嫌そうな顔はそのままで、ビシリと冬威に人差し指を突き付けた。
「やっと出てきてくれたか…」
思わずそう呟やいてしまったのはシルチェだったが、運のいいことにその言葉は傍に居たトズラカルネにしか聞こえなかったようだ。しかしトズラカルネも同じようなことは考えていたようで、苦笑いを浮かべてポンと肩をたたきねぎらいをみせる。そんな2人の目の前で、やっと出てきたシェルキャッシュと声を指をさされた冬威が騒ぎ始めた。
「どうして?って言われても…昨日森の中で拾った時は放っておいてほしそうじゃなかった?」
「何処をどう見てそう思われたのかしら?」
「だって、「落としたでしょ?」って靴を拾ってあげたら『自分で拾える』って言い返してきたじゃんか」
「それはわざと落としたからですわ!」
「へぇ。じゃあ今のはわざとじゃなかったわけ?」
「そ、そうです。ついうっかり靴が足から落ちてしまったのですわ」
「やっぱりそんな靴で木登りなんかするからだよ」
「私はエルフなのよ!?靴が落ちたくらいでどうにかなるようなことにはならないわ」
「じゃあ、やっぱり拾わなくて良いんじゃん。落ちるかもって分かっていてその靴はいているんでしょ?」
「信じられないわ。それでも男なの?女性の態度がなっていないにもほどがありますわ。もしかして貴方、わたくしを馬鹿にしていらっしゃるのかしら!」
「もー!!!」
ああいえばこう言う!と頭をガシガシとかきむしって冬威が声を上げれば、おとなしく見ていたジュリアンが身をかがめて靴を拾った。
「では、どうぞ、シェルキャッシュ様」
「まったく、言われる前に行動できないのかしら?これだから人間は…」
彼に対してもブチブチと文句を言い始めたシェルキャッシュにさすがの冬威も怒りを感じて文句を言ってやろうと1歩踏み出すが、軽く手を上げるだけでジュリアンが止めた。不服そうな視線を彼に向けると、ジュリアンはいつも通り穏やかな表情でまっすぐシェルキャッシュを見ている。
「それで、シェルキャッシュ様。貴方はどうしてこちらに?」
「なによ。ここはエルフの森、エルフの里ですわ。私が居てはおかしいとでも?」
「では偶然出会った、というわけですね」
「えぇ、そうなるわね」
「そうですか。では、人間嫌いのシェルキャッシュ様のためにも、僕たちは急いで森を出ようと思います」
「え?」
「もともと出ていく予定だったのです。お見送りに来ていただけたのかと期待しましたが…」
「冗談はやめてちょうだい。なぜ私が…」
「ですので。僕たちは先を急ぎます」
「はっ。そうやって女性を森の中に置いて行くのね。これだから…」
「ここはエルフの森、エルフの里」
「…何ですの、いきなり」
「つまりあなたのテリトリーであり、庭と同じ」
「だからなんだと言うのかしら」
「たかが散歩の途中で出会ったからと言って、拘束されるいわれはありません。エスコートが欲しいなら、最初から一人で出かけるな、と申しているのです。それともここは、神樹様の守りを抜けた危険地帯に入りますか?」
「あ、あなた…」
だんだんと食い気味に返事を返し始めた2人の会話。一応丁寧な口調のジュリアンだったが、だんだんと声の温度が下がっていく錯覚を覚える程、彼の機嫌は急降下したようだ。ジュリアンのこんな不機嫌な声色を初めて聞いた冬威は思わずポカンとしてしまうが、その背中にシロが張り付いたことでハッとした。
「ど、どうした?シロ。怖いのか?…俺もだけど」
「空気がピリピリするよ、トーイ」
「ピリピリ?」
「うむ。良く分からんが、木々が揺れているというか、森が振動しているというか…」
「なんだそれ?良く分かんないぞ、クロ。…シルチェさんとトズさんは何か感じる?」
そう言って首をひねって背後を見ると、エルフの2人は警戒の色を強くした視線を周囲に向けていた。思わず冬威もジュリアンたちから数歩下がって彼らに近づく。
「何?何か起きたの?俺も警戒するべき?」
「いや、危険な生物の感じではない。ただ…不穏な空気…というか…」
「森のざわめき?でも、あんたたちを回収した夜とはちょっと違うわね。地震の前触れというか、土砂崩れの前兆というか、言い表せないけど危険な雰囲気って間隔かねぇ?」
人間だから鈍感なのか?と小首をかしげてみた冬威だったが、ザワザワと次第に揺れが大きくなっていく周りの木々にやっと異変を感知した。思わず首を大きく振って周囲を確認してしまうが、シルチェが言った通り特に生物が居る様には見えない。
此処まで来てシェルキャッシュもようやく周りの異変に気付いたようだ。言い争い…というか、一方的に難癖をつけていた口を閉ざして顔を上げ、周囲を探るように視線を走らせた。
「なんだこれ!よくあることなの!?風もないのに揺れてるよ!木が!」
「いや、こんなこと初めてだ!」
「まだ神樹様の守りの中のはずなんだけどねぇ!とりあえず集まりな!」
危険に備えてまとまろうとトズラカルネが声を張り上げると同時に、突風が吹き抜けた。
“残念だよ…まぁ、こうなるだろうとは思っていたけれどね”
「え、神樹様!?」
一瞬聞こえた声にシェルキャッシュが反応するが、次の瞬間ふわりと身体が浮かんでそれどころではなくなった。
「「「え?」」」
不測の事態に備えたはずだったが、思わずこぼれてしまった言葉は図らずもみんな同じものだった。
そのまま風に流されるようにして森の道を流されて、やっと地面に足がついたときにはすでに森の外にまで運ばれていた。