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107 クリエイト、そして変身【どうすればあの時】

どうすればあの時、僕は2人を救えたのだろうか。


日本語が聞こえた、それはすぐに分かった。そしてすぐに行動を開始したはずだったのに、助けられたのは1名だけ。自分は全力を尽くしただろうか。


もしもペニキラが今まで多くの日本人…いや、日本人とは限らないけれど、別の世界の人間を強引にこちらに呼んで、自分たちの世界をまもるためだけの、それこそ生贄としていたのだとしたら。そのなかのたった1名を助けたところで大局になんの変化も起きないのかもしれない。


でもさ、違うじゃん?

そういう事じゃないだろう?


僕は何でもできるスーパーマンじゃないんだ。

この両手で抱えられるものなんてたかが知れてるし、多くのモノを取りこぼしているのを自覚している。

その中で頑張って腕を伸ばせば捕まえることが出来て、一生懸命手繰り寄せれば抱えていられるものがあるなら、頑張ろうかなって思うじゃないか。


「たとえ、共に歩むことが出来ないと分かっていても…」


ぽつりと呟いた言葉は気泡となって、まっすぐ前に伸びていく。


…ん?

気泡?


ここでジュリアンはハッとした。

今自分はどこにいる?口から吐かれた気泡がまっすぐ視線上を離れていくことから、水の中にあおむけで漂っているのだろうと察することが出来るのだが、全然息苦しく感じなかった。

食事は出来ない身体だけれど、呼吸は必要としていたはずなのに…


「おかしい。今まで森の…エルフの里で一晩止めてもらって…まさか、また罠にでもはめられた?」


そう思い至って首をひねり、水底と思われる方を向いた。光がまったく差し込まず、底も見えない暗闇が広がっている。フワフワと漂う身体はゆっくりと下方へ吸い込まれていくような錯覚さえ感じた。

本当は位置が動いているのかどうかは目印となるようなものが無いので分からないけれど。


「もしかして夢?…いや、夢であるはずがない。僕は生きている間に、眠ることは出来ないはずだから…」


誘いこまれるような、吸い込まれるような。そんな水底の闇から視線を上げて気泡が昇って行った方向を見る。ぼんやりとだが明かりがあるようにも見える…けれど、暗さはあまり変わらないように感じる。ただ、なぜか自分の姿ははっきり見ることが出来た。その証拠に自分の視界を遮るように、前髪がゆらゆらと揺れている。


「連れ込まれた?いったい誰に、いつの間に…」


思考の海に沈みかけた時、蛍のような青い光が漂って近づいてきた。眼には見えず、感じることもできない潮の流れに乗っているのかと思ったが、その光は自らの意志でその場にとどまるとジュリアンの周囲をクルリと回る。


“汝、警戒したるぞや?”


睨むようなジュリアンの視線に気づいたらしい光がそう尋ねてきた。警戒というよりは、驚愕なのだけど。というか、空気は存在していないならばこんな明確に音は拾えないはずなのだけれど、と少し驚きながらも返事を返す。


「そりゃ、いきなりこんな状態になっていれば、少しくらい驚きもします」


おおっと。こちらも普通に会話する感覚で声を出すことが出来た。これは幻覚世界が濃厚だろうか。


“心配無用。ここは汝の中。汝の夢。汝、自身にとりて、害になるはづは無し”

「ここが、僕の夢の中…だって?まさか、そんなはずはないよ。…いったい何を企んでいるの?」


『ここはおまえの中。おまえの夢。おまえ自身にとって、害になるはずはない』そんなことを言われても、素直に信じられるはずがない。眠れない毎日を生きてきたのだ。他人に言われるより自分で体験した事の方が信じられる。全く緩まない警戒心に呆れた様に、青い光はゆらゆらと揺れた。


“我は汝。然し汝は、我にてはなし。我は只の称号。只の名”

「君は僕。だけど僕は君じゃない。…どういう事?ただの称号で、ただの名前って言っても…」


ここでハッとした。称号、そういえば、新しくとったものがある。意図して取得したものでは無かったけれど、何かしら力を持っているとしたら可能性が高いものが1つ。


「もしかして…君は“賢者”?」

“さもあり。然し、其の名、其の称号。只其れのみ”

「君は称号。賢者の称号って事か。でも、賢者の称号…って意志があるの?なんだか称号って、あだ名みたいなイメージあったから斬新っていうか…」

“我は只の装置にすぎず。賢者と勇者をつなげるが役目。いざ、選ぶが良い。賢者は其の名の通り、賢き者。全知全能の能力有し、勇敢なる者傍にて支ふ”

「…え?」


意味がまだ良く分からない。説明をもっと要求しようとした時、脳内…いや、視線の前にパソコンのウィンドウが開くような感覚で膨大な情報が提示された。


「うわ!…何、コレ…って…もしかしてスキル?」

“選べ。さうすれば、其の力汝のものに”

「選んだものが、僕の力に?…じゃあ、選ばなかったものは?」

“可能性として、勇敢なる者に流る”


いつの間にか危機感は薄れていて、この光の言葉も信じてみようか、なんて気持ちになっている。光の言葉を聞きながら、眼は膨大な情報を追いかけていた。

選び取れば自分の物に、選ばなかったものは勇敢なる者…明言したわけでは無いが、十中八九勇者である冬威に現れる可能性があるって事だろうか。そのウィンドウにはスキルらしいワードがたくさん並んでいて、触れることで色が付き、選択ができるようだった。

ためしに適当に見える範囲すべての物に色を付けてみたけれど、選択拒否されることはない。


「コレ、選べる数に限りは無いのかい?」


思わず問いかけてみれば、光はまるで首を振るようにフルフルと横に動く。

返答は“無い。選んだ分、そのすべて”だった。丁寧なことに「すべて選択」ボタンも存在しているが『物乞い』なんて取らないほうが良さそうなものまである。冬威に行くくらいなら自分が…とも思うが、とりあえず内容を把握するために全部手でやることにする。

そして今度はよく情報を見ていって気づいたが、スキルの中には重複するような物も存在した。例えば、『火魔法・初級』『火魔法・中級』『火魔法・上級』などだ。

こういう場合は上級だけ取得すればいいのでは?と思ったが、考えている間ウィンドウに触れていたことで長押し判定でも出たのか、詳細なデータが開示された。


『火魔法・上級』

広範囲、高威力の攻撃が主。中級時に比べて消費魔力が多くなるが、操作性も向上。

取得条件:火魔法中級を取得


という事は、全て揃っていないとダメなんだろう。自分は魔力特化だからこういったタイプの魔法はそろえてもいいかもしれない。逆に冬威は物理特価だから、そういったものは残す。

そんなことを考えながら、スキルを選択していく。中には『褒める』なんてスキルもあって、使いどころが分からないものも多かった。しかしあらかたすべてに目を通し、時間をかけて取捨選択を完了。

魔力特化で作ってみたのだけれど…


「やっぱ、無しだよな…」


終わったのか?とでも言いたそうにずっと沈黙していた光が近づいてくるが、折角選んだそのすべてを解除した。


「完了だよ」

“選択せざりたり”

「選ばない。これも選択だろう」

“なにゆえ”

「…君は言ったね。勇者と賢者をつなぐって。僕が選ばなければ、その力は可能性として勇者…冬威に流れるって事だろう?」

“…”

「僕の寿命は、短いからね。彼に可能性を、残してあげたいんだ」


緩やかに明滅を始めた光は、落ち込んでいるようにも見えた。しかし、その言葉は先ほどまでと変わらない調子で紡がれる。


“分かりき。にては、贈物なり。1つの力2つに分けて、其の片割れ汝にあぐる”

「贈物…プレゼント?勝手にいいの?賢者の称号さん」

“構ぞなし。我は汝。我は、おのが身辛かるは嫌なり”

「…そっか」


君は私と言うくらいだ。どこかで一蓮托生、運命共同体となっているのかもしれない。全くその自覚は無かったのだけれど。光が一瞬だけ強く光った後、ポンと音がしてスキル取得の画面が現れた。


手にしたのは『異空間倉庫』その内容は言わずもがな。「アイテムボックス」という奴らしい。しかも魔力適正値に比例して、容量が変化するらしい。


「これ、半分でこの性能ってことは、完全体だとどうなるの?」

“異空間そのもの。収納容量、そのすべて”

「それはまた…」


凄い。と続けようとした言葉は、穏やかに明滅していた光が緊急信号でも出すかのように短い間隔で点滅を始めたことで思わず口を閉じた。どうした?と問いかけようとして、目の前のウィンドウから選ばなかったスキルがオレンジ色の明るい光を纏って飛び出してきた。


「うわ!…え。何?」


ピョンピョンと、まるで意思を持ったかのように画面から飛び出した文字は、明るい光を放ちながらジュリアンの周囲をグルグルと回り始める。1つ2つなら綺麗だけれど、それが何十、何百にもなるとその明るさに目がくらんだ。


「っ!?」


思わず両腕で顔を覆い隠す。

そしてその光に飲まれてあたりが白い闇に包まれた瞬間、まるでロケットが発射するような勢いでその光はどこかへと飛んで行った。

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