103 召喚勇者×転生賢者
『いったい何事だ!?お前たち、大事ないか!?』
アーケロが完全に巨木に姿を変えるのを眺めてい居るところにクロが慌てた様子で戻ってきた。その場に居た神樹様を見て眉を寄せ…ているように見えるが本当のところは不明…睨むように見つめるクロにこの森の里の人だと説明をしてあげた。
「彼は…あれ、彼でいいのかな?彼女なのかな?」
「私は樹です。特に性別はありませんので、どちらでも」
「じゃあ、彼って言わせてもらいます。…彼は神樹様と言って、この森にあるエルフの里に暮らしている人なんだよ」
「なんだかとっても偉そうな人。族長って訳じゃ無いみたいだったけど、神って名前についちゃってるから崇め奉られる対象なのかもな」
そんな冬威の言葉を聞きながら、クロはその場に腰を落として上を見上げ、神樹様の顔を見るように視線を上げた。
『ほう。こやつがこの森の主か』
「ヌシだなんて。そんなに格が高い存在じゃありませんよ」
『何を言うか。昨晩から我らが懸命に2人を捜索していたにも関わらず、こやつらどころか里の存在すら隠し通した。竜の鼻を惑わすとは恐れ入る』
神樹様がすごいというようなセリフだが、感覚を欺かれたのが頭にきているのかその声色はだいぶ冷たい。怒ってるのか?と内心ハラハラしながら冬威は何とか会話に割り込んだ。
「神樹様はこの森と里を守っているんだよな?俺たち一般人が竜の友達がいるなんて知らなかっただろうし、クロは強そうで危険度高そうだったから、里をまもろうとしただけなんじゃないの?」
『そうであろうな。だが、たかが人樹にそこまで感覚を惑わせるような術が使えるとは思えぬ。欺きやすい人間やエルフなどの人族ならともかく、魔物の頂点ともいえる竜をだますなど…」
あれ?話をそらしたはずだったのに、なんだかあまり効果が無さそうだ。どうしてだ?と頭を抱えた冬威だったが、様子を伺うようにしていた神樹様がスッと右手を胸元に当てて礼の姿勢をとると目を伏せて軽く会釈をした。
「すべては賢者様のおかげです」
「賢者様って…ジュン?」
「いや、僕じゃないと思う。だって神樹様に出会ったのも初めてだし、賢者の称号取り立てだし」
「先代賢者様は、こうなる未来を予測しておいででした」
「…は?」
「この森に人間の男性2名の迷い人が訪れる事、そして勇者の存在に引っ張られて、賢者が再来するという事」
「じゃあ…俺らの未来も分かるって事!?」
あらかじめ2人の訪問を知っていたという神樹様に、冬威が食いついた。未来を知る、その力があればこの旅の難易度が低くなるかもしれない。どういうルートで行けばいいのか、帰還するまでにどれ位の時間がかかるのか、そして旅は成功するのか、しないのか。
そんな気持ちを察したらしい神樹様は、胸に手を当てた姿勢のままで申し訳なさそうに眉を寄せた。
「すいません。私が知っているのは、賢者の再来と、その賢者をこの国デンタティタルの学校へ導くべきであるという事だけです」
「は?ってか学校?」
「はい。急ぐ旅であるという事は理解しております。限られた時間しか、残されていないという事も。ですから…いえ、だからこそ賢者様はおっしゃいました。『まずは力の使い方をデンタティタル国で学ぶべきである。この国は魔術が盛んで、発展している。そして世界中から入学を目指す魔術の先進国であり、人種も豊富。差別も極端ではないから、比較的受け入れやすい地域だろう。この世界を学び、慣れない力を学習するのにデンタティタルほど適した国はないだろう』と。私もそう思います。勇者と賢者の力は膨大で、知らずに使えば暴力となる。先ほどの雨のように」
思わず口を噤んでしまった。
訳も分からずに放った攻撃は、アーケロを中心に火柱を上げて、鎮火させようとした力はどういうわけか豪雨となり身体を叩いた。コントロールの仕方は確かに学んだ方が良いとは思うけれど、長期間同じ場所に拘束されてしまうのはいかがなものか。
「神樹様、貴方のおっしゃることも分かります。ですがそれでも、僕たちは先を急がなくては」
「理由を伺っても?」
「命がかかっているんです。彼、トーイの友達の」
「命がかかっているのは貴方も同じですよ。ジュリアン。力の使い方を間違えれば、自分が。そうでなければ周囲の者が巻き添えをくらう事になる」
「…」
もしもここで危ないのがジュリアンだけだと言われたとしたら、先を急ぐ道を選んだだろう。しかし、周囲に迷惑が掛かるという言葉に、視線をさまよわせて最終的に足元に落とす。考え込んでいるようだ。声に出してくれたなら、相談にも乗ることが出来るのに。やるせない気分を感じながらも、付いてきてもらっている側の冬威はジュリアンのそんな動作をジッと見ていが、威を決して小さく頷き、視線をまっすぐに神樹様に向けた。
「どれくらいの期間、学校に通う事になるんですか?」
「それはお二方の成績によります。成績優秀者の最短記録は6か月と聞いています」
「途中で退学は出来ますか?」
「理由がしっかりとしていれば、問題はないでしょう」
「入学に関して必要なものは?俺たちお金もそうだけど、後ろ盾とかまったくないよ?」
「それは心配には及びませんよ。私が推薦状を書きますから」
「なんですと!?神樹様ってマジで偉い人!?」
「マジで、というのはどのような意味なのか分かりかねますが、地位や立場がすごいわけではありませんよ。ただ、ほかの方々より少し長生きだったから、お友達も多いのです」
「神樹様といえど人樹の種なんだよね?あまり移動できなくて引きこもってる印象があったけど」
「それは賢者様に裏技を教えてもらったんです」
「裏技って…」
「ちょっと待って、トーイ。学校に行く方向に話が向かっているけれど、本当にそれでいいの?学校と言えど魔法の技術を学ぶなら、僕がメインでトーイは…」
「時間を持て余す事にはならないでしょう」
「え?」
考え込んでいるジュリアンの目の前でのやり取りに、思わず口をはさんでしまった。魔法を学ぶのであれば、魔法が使えない冬威は退屈だろうと思ったわけだが、神樹様の説明でスキルを持つ冬威も決して魔法が使えないわけでは無いだろうとの事。
「ようは、場が足りないだけだと思います。場数です。色々な体験が必要なんです」
「でも…」
幾分か学校に行く方向に気持ちが傾いていることは否めない。しかしやはり、先を急ぐべきだろうかとジュリアンが迷えば、冬威は明るく笑って見せた。
「行ってみようよ、学校。賢者様がそう予言したんだろ?なら、きっと意味があるんだって」
「…」
「そりゃさ、心配だよ。早く迎えに行ってあげないとって急ぐ気持ちも確かにある。でもさ、このまま焦ったままじゃ、何となくダメな気もするんだよ」
「トーイ」
「つき合わせちゃってごめん。でも俺、学校にも行ってみたいんだ」
ジュリアンは自分の事よりも他者を優先させる傾向にあると理解していた冬威は、あえて「自分が行きたい」と言って彼を頷かせた。
顔どころか名前すら知らない賢者様。その言葉を信じて寄り道をする。
もしもペニキラについたときに最悪の事態になっていたら、許さないから。
胸の内でそんなことを考える冬威を、クロがジッと見つめていた。