099 黒、そして賢者の称号【どこまで正直に話すべきか】
どこまで正直に話すべきか。
全て語るか、適度に隠すか。
自分がジュリアンという人間で、前世の記憶があると最初に言った。
日本に居たことがあるという事を、冬威は知って理解している。
では、約3年の寿命で死ぬことを繰り返していると語るべきか?…それはおそらく否。
明確な時間を明かすことは、今の関係を崩すことになりかねない。必要以上に心配させたくないし、気を使わせたくない。
だが、遠くない離別という発言を聞いてしまっている。
身体が弱いとか適当に話を作るか?…いや、これも否。
嘘はダメだ。いつか絶対不思議に思う時が来るだろう。曖昧な設定は、そのキャラクターを貫き通すことも難しい。
では、何処まで話して、何処を伏せるか。
真実のみを語り、おかしくない理由をつけて未来の別れをにおわせる。
そんな説明ができるだろうか?
「まずは、最初に言っておくけど。僕はトーイを信じられなくて、このことを言わなかったわけじゃないよ」
「…うん」
かがんだ姿勢のままだと少し辛く、ジュリアンはその場に膝をついて正座をするような恰好になった。それを見て冬威も地面に手をついている姿勢からジュリアンを見習うように正座をする。
まじめな話になるだろう空気を感じたクロが立ち上がり、なぜか一緒に聞く体勢を作っていたシェルキャッシュに向かって唸り声をあげた。
「きゃぁ!いきなり何なをするのよこの魔物は!」
「クロ、彼女は…」
とっさに襲うのかと勘違いして慌てて手を伸ばしかけるが、クロは今まで使っていた肉声ではなくて、テレパシーの力で返事を返した。
『分かっておる、この森の里の者であろう?だが、今一緒に話を聞かせるべき相手ではないだろう』
「…ごめん。ありがとうね」
『ふん。まったく手を煩わせ負って。後で見返りを要求するぞ!』
「分かったよ。僕にできる事ならば、喜んで」
ジュリアンの返事を聞いて、にやりと口の端をゆがめて笑った…ように見えたクロ。そのまま“ガウッ!!”とシェルキャッシュに吠えて、徐々に距離を開けさせる。かなり上手なディフェンスをしているようで、抜けようと横移動する彼女の進行方向を俊敏な動きでふさぎ、後ろへと押していく。本気で襲う気がないと分かっているのか、じりじりとではあるが後退するシェルキャッシュは、チラチラとではあるがジュリアンを睨むように見た。
「ちょっと!貴方のペットではありませんの!?躾がなっておりませんわよ!」
「ごめん、後できちんと話しておくね」
「後で!?今なさいな!!」
元気よく文句を言ってくるが、その距離はだんだんと開き、ついに木々の隙間に姿は隠れて見えなくなった。そのまま彼女の文句を言う声が遠く聞こえなくなるまでそのままで待ち、静寂が場を包んだ頃を見計らって彼女を見送っていた視線を冬威に戻す。と、その間ずっとジュリアンを見ていたのか、すぐに冬威の視線とぶつかった。
「覚えているかい?最初に出会った時。僕は魔物に襲われて、重傷を負い、そして前世を思い出した。そう言ったよね」
「覚えてる。俺がこの世界に来るきっかけになった事件だったんだろう?そして生死の境をさまよって、前世を思い出したって」
「そう。魔物が出てきて襲われた、それは嘘じゃないよ。でも…その時に負ったのは『重症』なんてものじゃなかったんだ」
「重症なんてものじゃない?それってどういう事?」
「殺された。…死んだんだよ、僕」
え?という単純な声も出せず、冬威は目を見開いた。
殺された?でも今生きているじゃないか。死んだなんて言っても信じられない。そんな考えが顔に出ていたのだろうジュリアンはそっと目を伏せた。
「信じられないのも分かるよ。僕も、他者からそう言われたらその人の頭を疑うからね」
「そ、そんな事…」
「良いんだ。変な事言ってるって分かってるから。でも、とりあえず嘘は言わない。それだけは信じて?」
「分かった」
信じているという気持ちを込めて力強く頷いて見せれば、ジュリアンはスッと視線を上げた。冬威には分からないことかもしれないけれど、先ほどのピンクのキノコ処分しといてよかった。もしあれがあったら、また喧嘩になったかもしれない。
「どうして今生きているのか、負った重症はどうなったのか。そこは僕にもわかっていないんだ」
「魔法で治したんじゃないの?」
「手術じゃ治らないだろうから、十中八九そうだろうね。でも、魔法が効くのは生きている者に対してだけだ。死んでしまったものは、蘇ることはない」
「じゃあ、死んでなかったんだ」
「即死じゃなかったかもしれないけれど、腹に大穴あけられて、生きていられる人間はいないと思うよ」
「大穴…」
これは本当の事だ。この力をもらった時に説明も受けたけれど、致命傷が治る仕組みは「入った死体でその世界を活動できるようにするため」という話だったはず。どうやって治しているのか、その手段をジュリアンは知らない。
「生きながらえた方法は分からない。ただ、一度死んだことで、記憶が引っ張られたんだと思う」
「引っ張られた?」
「そう。本来ならば現れるはずじゃなかった意識が、混ざってしまったんだ」
「前世の…記憶か…」
思わず口をはさんだ冬威だったが、その言葉にジュリアンは頷く。
全てを話してしまう事は憚られた。ただ、おおざっぱに真実をつなげる。それでも聞いている冬威には衝撃が強かったのか、表情が幾分かこわばったようだ。
「そして、その代償として、僕は生きるための欲を失った」
「欲…欲望?」
「そうだよ」
「それがさっき話してた、食事の件?」
「そうだよ」
「液体だけって、言ってた」
「うん。言った」
「俺、気づかなかったよ…」
「気づかれないようにしていたんだ。話すタイミングを、掴めなくて」
ここで初めて視線を落とした冬威は、モゴモゴと何かを言いかけているようだ。その様子に急かすでもなく、ジュリアンはただ彼の反応を待つ。
暫く迷った様子だったが、うつむいたまま彼は口を開いた。
「ジュンは、人間なの?」
「たぶんね。…でも、本当のところどうなのか分からない」
そんな返事に驚いた様子で顔を上げた冬威に、ジュリアンは穏やかな笑顔を向ける。相手を馬鹿にしているわけでは無い。恐怖を与えないようにと思っての行動だったが、何処か突き放されるのを覚悟する胸の内を隠しているようだった。
「自分自身、亡霊とか、ゾンビとか、そういうジャンルに分けられても仕方ないんじゃないかって思ってるんだ」
「でも、生きてるだろう!」
「見た目は生きてる。…心臓は動いていて、呼吸もしてる。切れば血が出るし、病気にもかかる。でも、食事は出来ない。眠ることもない。綺麗な人に欲情することもない」
「あ…失った欲…」
「これは、生きてるって言っていいのだろうか?」
長い長い旅の中で、全てではなくともここまで情報を公開した相手は今までいなかっただろう。長い旅路に疲れを感じ、リタイアしたいと思った事もある。だが、死が逃げ道にならない以上、自分からこのゲームを降りることが出来ないのだ。
そんな状況を冬威は知らないはずなのだが、よっぽど疲れた顔をしたらしい。ズリズリと冬威は距離を縮めて、その手を伸ばしジュリアンの肩に手を乗せた。
「ギルドカードがバグってたのは、そのせい?」
「正確なところは分からないけど可能性はあると思う」
「じゃあ…離別っていうのは?」
「僕は既に躯と同じ。いつどうなるか分からないから」
「だから、言わなかったって事?…寂しいから、言わなかった…」
こっそり聞いてしまった事を思い出して、整理するように小声でつぶやく。
これには返事を求めていないだろうと感じたジュリアンが黙ると、冬威もしばらく口を噤んだ。
風が通り抜けていく。
サワサワと葉が揺れて、鳥の声があたりから聞こえる。
命に満ちた森の中で、何処かジュリアンが浮いて見えた。
自分は死体だといったからだろうか。
ゾワリと服の下で立つ鳥肌を感じ、次に彼を失う未来を考えて恐怖を覚えて両手でがっしりと肩を掴む。
今目の前にいる彼は、幻ではないのだ。
「話してくれてありがとう。でも関係ない。気にしない。死体だってゾンビだって構わない!」
「トーイ?」
「ジュン…ジュリアン!」
「な、なに?」
「ほら。名を呼んだら応えてくれる。俺の体調とか気にしてくれる。目的の為に手伝ってくれてる。…ちょっと頼りにしっぱなしな気もするけれど、俺にはジュンが必要なんだよ!独り旅は怖いし!」
冬威の勢いに一瞬ポカンとしてしまうが、困ったようにジュリアンは笑った。そして肩に乗っている彼の手に自分の手をそっと重ねる。
「ありがとう。こんな僕を、受け入れてくれて。…最後の一言が無ければ、もっと格好良かった気もするけれど」
「うるさいな。いいんだよ、クールキャラはジュンが担当すれば。俺はオチャラケワイルドキャラ路線で行くから」
「ワイルド?おちゃらけキャラは納得だけど」
「まじか。あとはワイルドを取得すれば…」
「その2つって共存できるタイプなのかな?」
「…生肉でも食ってみる?」
「わぁ。ワイルドだね」
意識してふざけつつ控えめに笑いあう2人。
互いに重ねたその手は確かに暖かかった。
…女性成分が足りない…