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さくら、さくら

前のやつとは区切って読んでください。


 卒業式のとき、わたしは涙を流さなかった。

 思い出がなかったわけじゃないし、悲しくないわけじゃないけど、泣いてブサイクになった顔を見られたくなかったから。


 三年前の入学式、はじめての制服にドキドキして、ペンを落としてしまった。

 気付かず歩いていたわたしの肩を叩いて、ペンを差し出してくれた。彼の微笑みをわたしはいつまでも忘れることはないだろう。

 きっかけなんてそんなもんだ。


 神様、勇気をください。

 柄にもないことを呟いてみる。


 卒業式は滞りなく進み、お別れの時間がやって来た。

 男子は男子、女子は女子で打ち上げを行うので、彼と制服を着て会うのは今日が最期かもしれない。

「晴太!」

 振り向いてキョトンとする顔に、壇上に立ったときよりも心臓が脈打った。

「いっしょに帰ろ」


 練習の時は退屈すぎて不満しかなかったけど、卒業式当日になると、やっぱり込み上げてくるものはある。

「でも男子は誰も泣いてなかったね」

「美月も泣かなかったじゃん」

 名前を呼ばれてドキッてする。

 やっぱり慣れない。

 わたしのことを名前で呼ぶのは彼だけだ。

「お化粧が崩れるのがいやだったの」

「化粧してんの?」

 覗きこむように見つめてくる。ほんとうに無神経だ。

「あー、ほんとだ」

「どう美人?」

「あんまり変わらん」

「失礼な」

 ケラケラと笑う横顔を見て、わたしは妙に切なくなった。


 春風が吹く。

 短く切られた彼の髪が靡く。

 カラカラと自転車の車輪が回る音。


「この道はじめて通る」

 少しだけ前を歩いていたわたしが横道にそれると、彼は少しだけ驚いたような声をあげた。

「え、そうなの。わたしはいつもこの通学路だよ」

「そういえば一緒に帰るのも久しぶりだな。いつも俺の帰り道に合わせてくれてたんだ」

 晴太とわたしは中学三年間、ずっと、同じクラスだった。腐れ縁というより、副担任のウラ先生に頼みこんだからかもしれない。

『こればかりは権限ないですからね……』

 何てニタニタ笑ってたくせに、きっちり仕事してくれるのだから、感謝してもしきれない。

 そのお陰でわたしたちは数えきれない思い出を共有することができた。

「修学旅行のこと、覚えてる?」

「いつの?」

「八ヶ岳」

「あー、スキー合宿か」

「うん」

 白樺の並木道。露天から帰る男子の一団の中に彼がいるのを見つけたわたしは、恥ずかしくなって親友のゆっこの背中に隠れたのだ。

 そんなわたしをからかって、ゆっこはその一団に声をかけた。

 男子グループと女子グループとで星を見よう、って。

「ねぇ、キャンプファイアのあと、みんなで星を見たじゃん」

「そういえば、あったなぁ」

「流れ星が流れてさ、わたしが指差したら、晴太見逃してて不機嫌になったよね」

「そんなことあったけ。星を見たとこまでは覚えてるんだけど」

「あったんだよ。見逃したあと、言ってたもん。いっつも見逃すんだよなぁー、って」

「全然おぼえてない」

「ふふ」

「なにが面白いんだよ」

 わたしにつられて晴太も笑いながら聞いてきた。

「そのあとにさ、まあ美月が見たならそれでいいかって」

「細かいとこまでよく覚えてんな」

「すごく記憶に残ってんだ。晴太らしい発言だなって思ってさ」

 あのあと、わたしは彼に告白しようとした。

 雰囲気もよかったし、二人きりになれたし、こんなチャンスまたとない、って。

 だけど白い息を吐き出してボンヤリ空を見上げる彼の目線は遠くて、結局なにも言えなかった。

 わたしが言葉を言いかける度に、なにかを察したように悲しそうな顔をするから。

 だけど、今日は逃げない。

 逃げたら一生後悔する。

 結果なんてわかんないし、高校になったら別の道を行くのだから。

 出来ればいい結果がいいけど、彼に思いが伝えられればソレでいい。

 これはわたしのエゴだ。


「おー、すっげぇ」

 角を曲がったところで空を見上げた晴太が大きな声をあげた。

 星を見たときと同じ声で。

「ほんとだ、すごいね」


 満開の桜。


 知っていた。

 わざとこの道を通るように計算して歩いたのだ。

 少しでも思い出を増やしたくて。

 少しでも一緒に歩きたくて。

「ねぇ、晴太、一緒に写真撮ろ」

 一歩だけ前に出て、わたしは彼に頭を下げた。

「えー。やだよ」

「な、なんでよ。撮ろうよ。桜」

「写真苦手なんだよなぁ」

「ねぇ、お願い」

「……わかったよ。一枚だけだかんな」

「ありがと!」

 わたしはポケットからスマホを取り出して、片手を思いっきり伸ばして、カメラを見た。角張った彼の肩がわたしの肩に触れる、それだけで心臓が口から飛び出そうだ。

 願わくば、友達として撮る最後の一枚になりますように。

「はいチーズ!」

 きごちない作り笑いが画面一杯に広がる。ふてくされたようにそっぽをむく仕草も、彼らしくて、とっても良い。

「あとで俺にも送っといて」

「なんだかんだで、晴太も欲しいんじゃん」

「そりゃ、中学最後だからな」

「……そうだね。最後だもんね」

 センチメンタルな気持ちになって、わたし達は再び歩き出した。

 青い空はピンク色の桜に覆われ、見たことがないくらい綺麗なグラデーションを作り出していた。

「まあ、もう会えなくなるわけじゃないし」

「え」

「これが、今生の別れってわけじゃないだろ」

「でも、いろんな人と疎遠になるよ。もう会わない人もたくさんいるだろうし」

「さよならって言葉は一方通行じゃないと思うよ」

「どういう意味?」

「さよならは受け入れる人がいる時だけ使えるってこと」

「なんだか、かっこいいね」

「好きな漫画の台詞だしね」

「なによ、それ!」

 晴太は声をあげてケラケラと笑った。笑顔が眩しすぎて、涙が出そうになった。


 桜並木が途絶えた。

 温暖化のお陰で早く咲いた桜にわたしは密かにお礼を言った。


 見慣れたいつもの道に戻る。

 この道を行って三叉路に行き当たったところが、分かれ道だ。

 左と右とで、わたしと晴太は離ればなれになる。

「ねぇ、晴太は将来どうすんの?」

「高校は普通に行くよ。勉強して、教育学科がある大学に進むつもり」

「え、なんで?」

「将来教師になりたいんだ」

 いままで夢の話なんて気恥ずかしくて全然出来なかった。

 高校受験を乗り越えた矢先に、大学のことまで見据えている晴太がかっこよく見えた。

「うん。似合いそう」

「そうかな。友達とかはめっちゃバカにするんだけど」

「ううん。そんなことないよ。晴太、優しいもん」

「初めて言われたよ」

「正面から言うのを恥ずかしがってるだけだよ。でも、教師もいいけど、お医者さんとかも、似合いそうだね」

「いや、教師じゃなきゃだめなんだ」

「なんで?」

 晴太は少しだけ恥ずかしそうに鼻の頭をぽりぽりと、掻いた。

「子供が困ってるときに手を差しのべられる大人に、なりたいんだ」

 晴太は照れたように目線を逸らした。

「こんな夢、子供っぽいかな」

 首を降る。ああ、なんて素敵なんだろう。

 麗らかな陽気にわたしはぼんやりとしてしまった。春の匂いがする。


 三叉路についた。カーブミラーが太陽を反射して何でもないブロック塀に光を与えていた。

 道はまだ続くけど、わたしにとっては袋小路だ。

 どんなことにも、終わりが来る。

 晴太と過ごす時間、楽しかったけど、同時に辛かった。

 でももう、それもおしまいだ。

「美月。それじゃあ、またな」

「あ、うん。また……」

 晴太が軽く手を挙げ、右の道に向かって、歩き出す。自転車の回転音が遠くなる。紺のブレザーが小さくなる。

 別れはいつもあっさりだ。

 感傷もなにも、与えてくれない。

 なんで、なんで、なんで、あんなシンプルな思いを伝える言葉がでないの?

 わたしはいつも彼の背中をみてばかりだ。

 言葉がでない。このままじゃ晴太は遠くに行ってしまう。

 なんて、言えばいい? どんな言葉にすれば良い?

「はるた」

 口内だけの小さな声。

 だめだ、だめだ、だめだ、だめだ。

 覚悟なんて甘かった。肝心なところでわたしは臆病者だ。怖いんだ。晴太との心地のよい関係が終わるのが。

「あ」

 涙が出そうになったわたしの視線の先に、晴太の後頭部に乗っかった桜の花びらが見えた。

 満開の桜の下で、他愛のない会話を思い出す。

「まって!」

 言うんだ。背中じゃなくて、隣を歩きたいって。

「ん?」

 サドルに股がろうとしていた晴太が足を止めて、振り返る。桜の花びらがヒラヒラと舞って地面に落ちた。

 さよなら、じゃなくて、またね、って言ってくれた、

 あなたに期待していいですか?

「あのね、晴太」

「……」

「わたし、ずっと」

 喉が渇いてカラカラだ。

 ああ、届け、届け、届け。


「晴太のこと、好きだったの」

 春の木漏れ日は、眩しくて彼の顔が霞んで見えた。

 



 


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